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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
【番外編】俺の大切な魔法使いへ
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X 月 X 日



ようやく、きみとちゃんと話すことができた。

俺が「話があると」言うと、きみも何かを察したようだった。

俺が躊躇いに躊躇っていたこの時間は、きみの覚悟が固まるためにも必要な時間だったのかもしれない。


でもきみは、「もう俺に魔法を使うのをやめてほしい」と言った俺に、なかなか頷かなかった。


私はまだ一緒にいたい。そんなに私と一緒にいたくないの?あともう少しだけ……

きみは泣きながら俺に縋るように訴えてきた。

そんなきみを見て、俺の決心がぐらつかないわけはなかった。

激しく動揺したし、あっという間にまた躊躇いが大きくなってきた。

でも、俺はやっぱり、俺自身よりもきみの方が大事なんだ。

俺がいくら長生きしたとしても、きみが倒れてしまうなら全然嬉しくなんかない。

もし逆の立場なら、きみだって同じだろう?

だから迷いに迷う心を振り切って、きみに何度も説得した。

俺のことを想うなら、もう、終わりにしてほしいと。

それでもきみが頷かなかった場合、俺は、また最後の手段を行使するつもりでいた。

何のことを言ってるのか、もう想像つくだろ?

あいつに頼んで、俺の記憶からきみを消すことだよ。


だけど、ぎりぎりのところで、きみは大粒の涙をこぼしながらも納得してくれたんだ。


朝からはじまった話し合いは、夕方になって、ようやく結論を迎えられた。



明日、担当医や関係者に俺ときみの結論を伝えることにした。

そこで、魔法のことを知らない俺の両親や親族、仕事関係者に聞かせる筋書きを相談しなければならない。

嘘をつくことになるのは心苦しいけど、全員が全員、魔法や魔法使いを理解できるわけもないからね。

知らないで平和に暮らせるなら、それに越したことはない。

その段取りがまとまれば、いよいよ退院だ。

そして俺は、きみと暮らす家に戻って、そこで人生の終わりを迎える。



不思議と、今は静かな森の中にいるように心が落ち着いている。

わりと冷静だ。

きみとの時間の終わりまでカウントダウンがはじまったというのに。


死を迎え入れた人というのは、こういう心境になるのだろうか。

それとも、直前になってまた狼狽えるのだろうか。

だとしても、俺には、まだやらなければならないことがある。

この日記だって、最期には書けなくなるだろうから、それまでにきみに書き残しておきたいことがいくつもあるんだ。

それから、あいつにも会わなきゃならない。

なんだか入院中よりも忙しくなりそうだ。

だからもう少しだけ、きみの魔法と紅茶に甘えてもいいかな。





X 月 X 日



やっと退院が決まった。

明日だ。


同僚である担当医と相談した結果、

末期癌だった俺は積極的な治療を受けず、残された時間を慣れ親しんだ自宅で好きなように過ごして最期を迎えることになった……

という設定になった。

今後、両親や親族、友人に仕事関係者、魔法のことを知らない相手にはそう説明することになる。

それはまるきりの嘘ではないものの、ほとんどが嘘だ。

親しい相手にもそうやって嘘をつかなくてはならない。

俺がいなくなったあともきみはその嘘をつき続けなくてはならないこと、申し訳ないと思ってる。

ごめん。

きみは優しい人だから、仲の良い人にずっと嘘をつかなくちゃいけないなんて、きっと罪悪感や心苦しさを抱え続けることになるだろう。

本当にすまないと思ってる。

でもきっときみのことだから、俺が今謝ったところで、笑って平気な顔を見せて俺を安心させようとするに違いない。

そうわかってるから、俺も、今は必要以上の「ありがとう」も「ごめん」も言わないよ。

ただ、俺が今、いや、これからもずっと、常に全身全霊で「ありがとう」と「ごめん」をきみに伝えたいと思っていることは、ここに書いておく。



担当医と今後のことを話し合ったあと、きみに荷物を持ち帰ってもらってる間に、実はあいつに病室まで来てもらっていた。

退院が決まったことを告げると、あいつは神妙な面持ちになったよ。

流石親友だけあって、詳しく聞かずとも、俺の考えそうなことは丸わかりだったようだ。

「もう決めたのか?」と聞いてきたあいつは、なんだか泣きそうな顔に見えた。

あ、これはあいつには黙っておいてくれ。あいつは意外と照れ屋だから、機嫌を損ねてしまうかもしれない。

でもあいつは、死を迎え入れることにした俺の選択を、静かに見守ると言ってくれた。

だから俺は、あいつにいくつかの頼みごとをした。

同じ魔法使いとして、MMMコンサルティングの同僚として、きみが困っていたら支えてやってほしい。

もし万が一にも、きみが俺のあとを追うようなことにならないように、しばらくはよく見ておいてほしい。

きみが寂しさに負けそうになっていたら、そばにいてやってほしい。

俺に遠慮はいらないから、きみが嫌がらない限りは、そうしてやってほしいと伝えた。

以前にも似たようなことは頼んでいたけど、あいつは、きっとこれが元気な俺との最後の会話になると理解したのだろう、以前よりも真剣な顔で「お前を裏切るようなことはしないから安心してくれ」と答えた。

だから俺は、今度こそ「裏切り」とは何を意味するのかを尋ねようと思った。

でも、やっぱり、できなかった。

こんなところでも弱さが出てきてしまったんだ。

俺は本当に臆病で情けないな。

そして、ずるい男だとも思う。

だって、もし、あいつの言う「裏切り」が、俺の想像通りの意味合いだとしたら、俺はそれを聞いて何と答えるべきなのかわからないから。

俺が何のことを言ってるのか、きみにもわかってるのだろうか。

わからないのなら、ごめん。この部分は忘れてほしい。

でももし、俺が何のことを言ってるのかわかるなら、俺がタイムリミットを目前に控えた現在でさえ答えを導き出せずにいることを、知っていてほしい。

もしこの先俺が何らかの決断をきみに打ち明けたとしても、それは決して簡単に出した結論じゃないことを、わかってほしいんだ。


ああ、もう夜が明けそうだ。

これがこの病室で迎える最後の夜明けだと思うと、感慨深いものがあるな。

さあ、帰ろう。我が家に。










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