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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
【番外編】俺の大切な魔法使いへ
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X 月 X 日



きみと話をしたいのに、なかなか決心がつかない。

今の俺がきみの紅茶のおかげで元気でいられることについて、ちゃんと話さないといけないのはわかってる。

でも勇気が出ないんだ。

だってそう口にしてしまえば、きっともう、今みたいな穏やかな日常は永遠に訪れないだろうから。

俺は、きみが俺に魔法を使うのを制止しなくちゃいけないから。

そうじゃないと、これからどんどんきみの負担になっていってしまう。

でも、きみが俺に回復の魔法を使わなくなったら、きっと、俺はすぐに命の期限を迎えてしまうのだろう。

つまり、残されたきみと俺の時間は、きみ次第ということだ。

そして、俺がきみにそれについて問う行為は、今の穏やかな時間の終わりのはじまりになるだろう。



情けないことを言うよ。

俺は、まだ、きみと離れたくない。


告知されてから今までじゅうぶんな時間があったにもかかわらず、未だその覚悟はできてなかったんだ。

俺自身は、もうとっくに腹をくくったつもりでいたのに、いざそのときがリアルに迫ってくると、とたんに怖気づいてしまった。

きみと離れたくない。

きみにさよならを言いたくない。

きみとまだ一緒にいたい。

きみとまだ話をしたい。


死にたくない。



一日経ち、二日経ち、三日経っても、俺はその想いを断ち切ることができなかった。

その間もきみの体に負担をかけ続けていると知りながらも、俺は、それを止めることができなかったんだ。


自分がこんなに臆病で弱い人間だなんて知らなかった。

偉そうに人の命に関わる仕事をしていたくせに、自分のことになるととたんに情けなない人間になってしまう。

こんな夫で、ごめん。

きみの体を思い遣る素振りで、実は自分のことが一番大切だったんだ。


だけど、きみも、何か薄々俺の内心を察しているような気はしていた。

それは無理もないだろう。

俺がきみの紅茶を飲まなかったあの日、俺は一気に体調を悪化させたにもかかわらず、きみの紅茶を飲んで、きみに手を握られたことで完全回復してしまったのだから。

俺の性格や勘の良さを知っているきみなら、俺がきみの魔法に気付いたと想定できるはずだ。

でも、きみは特に何も言ってはこなかった。

きっと、きみも、俺と同じ気持ちだったのだろう。たぶん。


お互いに離れたくなくて、もっと一緒にいたいと願っている。

でもそれが自然に反しているということも、わかってる。

わかっていながらも、俺もきみも、何も言い出せなかったんだ。


だけど、そろそろ決心しなくちゃいけない。


だって、よくよく注意して見ていると、きみは、間違いなく痩せてきているのだから。


でも、絶対にきみからは言い出さないだろう。

だったら、俺から伝えなくちゃいけない。

きみが、俺を生かし続けるせいで倒れてしまう前に。





X 月 X 日



今日も、きみに何も話せなかった。

でも間違いなく、きみも何かを考えなら、俺のそばにいる。

そうだろ?

今日のきみは、どこか怯えてるようにも見えたよ。

たぶん、俺が何かを言い出すんじゃないかとハラハラしてるのだと思う。

当たってるだろ?


だめだよな。わかってる。

でも、この幸せな時間を俺から壊すなんて、やっぱり無理だ。


ただただ怖い。今が穏やかであれば穏やかなほど、幸せなら幸せなほど、自分で終わらせるのが怖いんだ。

どうしようもなく怖い。


俺はどうしようもなく弱い人間だ。

卑怯者で、臆病者だ。

きみが自分の体力をすり減らして俺を生かせてくれてるとわかってるくせに、それに甘え切っているんだからな。


でも、毎晩、きみの紅茶を飲まなかったあの日に自分の体に起こったことが生々しく蘇ってくるんだ。

自分の死をあんなに近くに感じたことなんてはじめてだった。

死んだら、もうきみに会えない。

きみと話すことも、きみの紅茶を飲んだり手料理を食べることも、これからの未来を相談することも、明日の予定を教え合うことも、ドラマや映画の感想を言い合うことも、仕事の愚痴を聞いてもらうことも、「しょうがない人ね」と呆れられることも、「元気を出して」と励ましてもらうことも、抱きしめることも、キスすることも、きみの匂いを感じることも、何もかもできなくなるんだ。


俺のたったひと言で、すべてが終わる。



俺はどうしようもなく、弱い人間だ。

この日記を読んだきみが、こんなにも情けない本当の俺を知って、幻滅しないだろうか。

でも、綺麗事を書き綴ってかっこつけるほどの余裕はないんだ。

だって、もし俺が決断したら、明日の朝には死んでいるかもしれないのに。

今の俺には、とてもじゃないけど嘘で整えた日記なんて書いてる余裕はなかった。


でも本当は、こんな弱い俺をきみには知られたくない。


ああ、もうめちゃくちゃだ。

自分で書いててもよくわからない。


どうか明日も、朝が訪れますように。





X 月 X 日



今日も、言い出せなかった。





X 月 X 日



今日も決心がつかなかった。





X 月 X 日



今日こそはと思ったものの、だめだった。





X 月 X 日



今日もだめだった。明日こそ……





X 月 X 日



とうとうきみが倒れてしまった。

担当医が言うには睡眠不足だということらしいけど、それだけじゃないかもしれない。

ただでさえ、入院患者を看病する家族は心身ともに疲弊するのに、それ以上の負担を俺はきみに与えてしまっているのだ。

なのにきみは、少し横になっただけで、すぐに俺に温かい紅茶を淹れてくれた。



もう、そろそろ、その時が来たのかもしれない。











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