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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
【番外編】俺の大切な魔法使いへ
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X 月 X 日



今日、予定通りあいつが家に来た。

きみも、直接魔法使いの仲間から話を聞いて、いろいろと納得することもあったように思う。

ただ、あいつでも、どうしてもきみの頑なな気持ちは変えられなかったんだよな。

本当に、期待を裏切らない頑固さだよ。

だから俺は、最後の手段を口にした。


もしきみが俺の病気を魔法で治すことを諦めないのなら、俺の記憶からきみに関わることをすべて消してくれと、あいつに頼んだ。


そう言ったときのきみの顔は、思っていた以上にショックを受けていたようで、若干心苦しかった。

でも、それくらい本気なんだということを、どうしてもきみにわかってほしかったんだ。

より現実的な、離婚という手段も一瞬は考えたけど、それだと相続や他の面でもきみに不利益になってしまうと判断した。


俺の意図を汲んでくれたあいつは、すぐに記憶操作を了承してくれたけど、そのせいできみは更に顔を強張らせていた。

でも、俺の本気度はようやく伝わってくれたようで、きみは渋々ながらも、自分の魔法を俺の病気治療には使わないと誓ってくれた。


それを聞いて、俺は、本当に、心の底からホッとした。

でも、このときは言わなかったけど、実は、とてつもなく嬉しかった。

きみが、自分の命をすり減らしてまでも俺を救いたいと思ってくれたことが、泣きそうになるほど嬉しかったんだ。

それから、一日でも長くきみと一緒にいたいと、それまで以上にもっと強く思った。


明後日からは入院生活がはじまる。

その前に、きみを説得できて本当によかった。

あいつにも、きみのことをちゃんと会って頼めたし、ひとまず、入院前にやっておきたかったことは済ませられた。


正直、これから自分の体がどうなるのかは不安だ。

これまでにも何人もの癌患者さんを見てきたし、その過酷な闘病も目の当たりにしてきた。

そんな過酷な日々が、これからは俺の日常となるのだ。

それが怖い。

でも、その後のことはもっと怖い。

何人もの患者さんとの別れを経験してきたけど……いや、経験してきたからこそ、怖いのかもしれない。

でも、きみの前ではそんな弱音は絶対に吐かないことに決めた。

意地でも、歯を食いしばって、平気な顔で治療してやる。

少しでも長く、一日でも一時間でも一分でも一秒でも長くきみと一緒にいられるように、神様でも仏様でも魔法使い様でも誰でもいいから、どうかその願いを叶えてほしい。


………待てよ。きみに知られたくないと言いながら、ここにそれを書いたら意味がないのか?

まあ、いいか。この日記には、俺の偽りのない気持ちを綴ると決めたんだからな。

多少の矛盾は笑って見逃してほしい。


さあ、いよいよ入院生活のはじまりだ。

きみが看病疲れしないことを、心の底から願うよ。





X 月 X 日



入院生活は思っていたよりは平和だった。

といっても、治療が順調だったとういうわけではない。

入院し、検査を重ねた結果、抗がん剤治療を受ければ12か月、抗がん剤治療を受けなければその三分の一ほどだと説明され、抗がん剤治療を受けないことを選んだからだ。


もちろん、その選択はきみと二人で考えに考え抜いた末に決めたことだけど、決断するまでの間、いや決断した後も、きみがずっと何かを堪えてるような顔をしていたのが辛かった。

癌患者さんやそのご家族と接したとき、患者さん本人よりも患者さんを支える周りの人の方が心身ともに疲弊されていると感じることが多々あった。

だからきっと、きみにも相当の苦労をかけてしまうのだと思う。

それを考えると、俺は自分の命が終わりに向かっていることよりも辛かった。


………いや、やめよう。こんな辛い苦しい悲しい話ばかりを記して、あとで読み返すきみが暗い気持ちになるのは本意じゃないから。

入院生活中も、笑える話はたくさんあったしね。

きみの淹れた紅茶を病室で飲むためにすったもんだあったこととか、

個室を選んだせいで、俺の仕事仲間が入れ代わり立ち代わりやってきて休憩していったこととか、

魔法使いが何人もお見舞いに来てくれたおかげで、未発見?の魔法使いが何人も見つかったこととか、

そうそう、きみの癒しの魔法が人間以外にも通用するって証明した出来事もあったっけ。



きみが病院の敷地で弱って動けなくなった白いヘビを助けたと嬉しそうに言いながら病室に入ってきた直後、俺の病室の窓にその白いヘビが現れたんだ。

彼…か彼女かはわからないけど、ヘビはシャーッと舌を出して何かを訴えてた。

知らない人間が見たら怒ったり威嚇してるように感じたかもしれないけど、俺は全然そんなふうに思わなかった。

きっと、きみにお礼を伝えに来たんだろうなと思ったし、きみも、「元気になったのね」と、とても嬉しそうにしていたから。

さすがに、病室にヘビを入れるわけにはいかなかったけど、向こうもそれは認識していたのか、しばらく何か語りかけてから帰っていく姿を見て、俺は改めてきみの魔法の凄さを思い知ったんだ。



同時に、やっぱり、俺だけのためにきみの魔法を使わせるわけにはいかないとも思った。

きみの魔法は人間だけでなく、動物までも(もしかしたら植物や自然にあるすべてのものも)癒すのだから。

使い方によっては、自然災害を防いだり、農業にだって役立てるかもしれない。

そんな特別な魔法を、俺の治療に使わせたりしなくて本当によかった。



俺は、本当にすごい人と結婚したんだな。

本気でそう思うよ。

きみは俺の自慢で、誇りだ。

だから、きみにはたくさんの人を救ってほしいと思う。

俺がいなくなった世界でも。

俺は、きみがたくさんの人々を癒したり救ったりすることを、誰よりも願っているよ。










誤字のお知らせをいただき、ありがとうございました。



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