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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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「―――っ!」


腕の中で、男が身を竦ませる。


「や、やめろ!」


奥から ”兄ちゃん” が叫ぶ。


「兄ちゃん……!ごめん、俺……俺、兄ちゃんの、借金、返したくて………」


俺の腕に囲われ、その中でぎりぎりの声で訴える。


「だって、兄ちゃんは、化け物って、言われてた、俺を、助けて、くれた……から……」



その震えるような声も、被害者面な言い訳も、俺を一層苛立たせるだけで、俺はまったく躊躇せず腕に力を加えはじめた。

こいつらの事情なんて知りたくもない。

クソが。


男の首に、俺の腕がグッと入り込んでいく。

喉を潰していく感覚がダイレクトに伝わってくる。

それでも俺に、躊躇いは皆無だった。


「く……っ、苦し………っ」

「黙れ」


さらに腕に力をこめると、”MMMコンサルティング” の彼らが制止を口にしはじめた。


「何してるんですか?」


水を落とした女。


「あなたが手を下す必要はありませんよ!」


ベビーフェイスの男。


「ストップ!ストップっす!」


パーカの男。


「やめるんだ!冷静になりなさい!」


カジュアルスーツの男。


犯人を取り押さえている彼らはその場を離れることはできない。


スカーフの女は男を抱えたまま俺を見てきたが、すぐに男に顔を戻した。


そうしてる間にも俺の腕はどんどん男の首を絞めていく。


「……っ…………」


背後からでは男の表情が歪んでいくのを目視できないが、俺は淡々と、男の苦悶の息が千切れていくのを追いかけた。

淡々と。

男が、どうなっても構わないと思った。



「やめてください!死んじゃう!」


唯一手の空いていた、水を落とした若い女が俺に向かって突進してくるが、俺は一瞥を打ち返した。


「――っ!」


女の足が不自然に止まる。

それが女の意志なのか、俺の睨みに怯んだせいなのか、それとも俺が何らかの力(・・・・・)を放ったせいなのか、何が原因なのかはわからない。


ただ、俺の体の芯が、爆発しそうに熱くなっていた。



「っ…………、………」


男の息が、さらに薄まっていく。

それを聞いても、俺は腕をゆるめなかった。

男が死ぬかもしれない、そう思っても、何も感じなかった。


こいつは、自分さえよければ他人を傷付けても平気な人間なんだ。

平気で盗みを働き、危害を加える。

そのうえ、あの男の命を今、奪おうとしている………!



「――――死」

『それ以上はだめだ』



死ね。

迷わずそう告げようとした俺を止めたのは、イヤホンから聞こえてきた彼の声だった。


イヤホンからしか聞こえてこないその声にギクリとし、腕が止まる。


倒れてる男を見ると、彼は仰向けのままだった。

なのに俺の姿や行動をすべて把握しているように告げたのだ。



『その腕を離すんだ』



細く小さいのに、他の誰よりも威厳のある制止だった。


「でもこいつは、自分の勝手な都合で強盗を企てたうえ、大勢の人を危険に晒したんだ!しかも、あなたを……」


あなたを殺したとは、言えなかった。

例え未来がわかっていたとしても、もう普通のボリュームでは話せなくなってたとしても、まだ彼は、ここに生きているのだから。



『うん、気持ちはわかるよ。でも、どんな大義や正義があったとしても、暴力を伴えばそれはただのテロリストだ』

「―――っ!」



思わず、息を呑み込んだ。


どんな正義があったとしても………


その言葉が、すっと心にブレーキを踏ませたのだ。


今にも燃えだしそうに熱かった感情が、氷水に浸かったように冷却されていく。


決してこの男への怒りが消えたわけではないが、その怒りの感情を俯瞰で見るもう一つの感情を得られたような、土砂降りの雨の中、やっと傘をさせたような、視界の景色が変わる瞬間を迎えたのだ。


俺は静かに、腕から力を抜いた。

その反動で、男が激しく咳き込んだ。

呼吸が戻ってきた証拠だ。



『……そう。その調子で殺気を鎮めて、深く呼吸してごらん』


言われるままに、息を吸って、吐き出す。

腕はまだ男の首にまわっているが、もう絞め殺そうとは思わなかった。


背後では、”MMMコンサルティング” の彼らの緊迫感がわずかに和らぐのを感じた。


だが、俺以外の状況は何ら変わっていないのだ。


爆破犯を取り押さえてることも、長身の男の命が燃え尽きそうになっていることも。



『うん、とても上手だ………っ……』

「もうしゃべらないで!」


男のセリフが途切れると、すかさず女が懇願するように叫ぶ。



『大丈夫、だよ………まだ、その時(・・・・)じゃ、ないから……ね』


細切れになっていく言葉に、三人の犯人以外は全員が胸を軋ませたことだろう。

ほんの数時間前に出会ったばかりの俺だって例外ではない。

逆に胸を軋ませない者などいないはずだ。

男の口にした ”その時” が、何を意味するのか知っているのなら。


それを聞いたスカーフの女は、男を抱えながらもふいっと横向き、込み上げてくるものを必死に逃そうとしているようだった。



『………未発見(・・・)、くん………、聞こえる、かい………?』



イヤホンからは、男が俺に呼びかけた。

その声は、さらに弱まってるように聞こえた。



「聞こえます」

『……きみはね、俺がスカウト…した、最後の、”魔法…使い” だ………』


だいぶ辛そうになっていく男の話し声が、知り合ってたった数時間の俺の心までをも(えぐ)ってくる。


『最後なんて、言わないでください……』


スカーフの女の囁きが、イヤホンから漏れてくる。

同感だ。

俺で最後だなんて……


だが、男のそばにいた二人の犯人には、男の弱弱しいセリフも正確にキャッチしたのだろう。


「魔法使いって……やっぱこいつらおかしいん…んんっ!」


犯人から言葉を奪ったのは、水を落とした女だった。

彼女は両手を掲げ、何か(・・)を操ってるようにも思えたが、それと同時に、さっきからゲホゲホ咳き込んでいた俺が捕えてる男からも、その音がなくなったのだ。


三人は自分の声や息遣いが聞こえなくなって慌てるが、それぞれに身動きを封じられているので、どうすることもできない。


俺は大人しくさせる意図で、わずかにまた力を込めた。

すると、男は俺の意図を察したのだろう、すぐ静かになった。

奥の二人も同じようだった。



『カードは……持ってる…かい?』

「カード?……ああ、それならここに」


俺は男の首にまわしてないほうの手でジャケットのポケットを漁った。

取り出したカードは、角が一か所だけ折れていた。


『それは、もし………うちの会社に、……入らなくても………、持っていて……ほしい……』

「わかった。肌身離さず持っておく」

『でも、願わくば…………きみみたいな、………正義感の……強い人間……に、うちの会社に……入って…もらいたい………よ………』

「もうしゃべらないでってば!!」


女が叫ぶ。

涙をこらえることは、もうどうしてもできないのだろう。


男はゆっくりと、ゆっくりと片手を持ち上げた。

だが力が入らないのか、思うように上げられない。

女はその手を握りしめた。


『泣かないで………。きみを泣かせた…ら、……彼女に………叱られてしま……う』


”彼女” が誰なのかはわからないが、スカーフの女にはちゃんと伝わっているのだろう。

女は鼻をすすって言った。


「そんなことない。私の親友は、そんなことで怒ったりしないわよ」

『そうかな………。じゃあ、直接……本人に、会って………きいてみるよ………。もうすぐ………かのじょに………あえそうだ……から………』


言葉を紡ぐのが限界に達してるのかもしれない。

女は半狂乱で男を呼ぶ。


「嫌よ!まだだめ!いかないで!私を一人にしないで!!」

『きみは………いまは、ひとりじゃ……ないだろう?……こんなに……なかま……いる………』

「嫌よ!!嫌だってば!!」

『みんな………いい、まほうつかい……に……、なっ………て…………せかいを………………』



男の息がぷつりと終わり、持ち上げていた腕が、パサリと落ちた。






俺は、このあとのことは、はっきりとは覚えていない。


たぶん、スカーフの女が泣き叫び、”MMMコンサルティング” の彼らもそれぞれが想いを吐露していたのだろう。


でも俺は、その光景が、ぼんやりとしか見えていなかったのだ。


一度も違えたことのない絶対の記憶力も、凄まじい痛みの中では、鳴りを潜めてしまうのだと、俺はこのときはじめて知ったのだった。



ただ唯一、鮮明に脳裏に焼き付いて離れないのは、すべての後始末を終えたあと、”MMMコンサルティング” の彼らとともに見上げた、夜空に煌々と輝く、大きな、大きな満月だった…………














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