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そして嫌な予感は、見事に的中した。
悲鳴の出元では、長身の男がスカーフの女性に覆い被さるようにして床に倒れ込んでいたのだ。
口の端からは、俺の頬とは比にならないほどの血が……
「嘘…でしょ……嫌よ、嫌よ嫌よどうしてっ!」
初対面からずっと凛とした佇まいと言動だったスカーフの女が、一心に取り乱しはじめる。
だが、彼女が自分に被さってる男の体を抱え、向きを変えさせたとき、俺は出入口の方から何かの気配を察した。
急いで振り返ったときには、もうすでに爆破犯が自由を取り戻していたのだ。
この男を ”魔法” で縛っていた長身の男がこうなった以上、こいつは逃げることも再度爆破させることも可能になったわけだ。
そして男の目は、まっすぐに、店の奥にいる『兄ちゃん』と呼んだ男と、そいつを拘束している ”MMMコンサルティング” の彼らを睨みつけている。
今にも襲いかからんばかりの激しさで、両腕を前に突き出しながら。
――――やばい!
今、俺以外に手の空いてる人間がいないのに、こいつ、まさか ”魔法” を使おうとしてるのか?
それだけは止めなないと。
俺は無謀にも出入口の犯人を取り押さえようとした。
これ以上の被害を出さないために。
無謀でも無茶でも無策でもそうするしかないと思った。
だが駆け出す直前で、
バッッッシャ――――――ンンンッッ!!!!!!
突如、犯人の真上からバケツをひっくり返したような水が落ちてきたのだ。
「な……っ!?」
思わず足を止める俺。
「冷たっ!!なんだよこれっ!?」
怒り任せに頭を振り、水を払う爆破犯。
だが床に広がるかと思えた大量の水は、まるで蒸発するようにス――ッと消えてしまった。
「――――っ!」
間違いない、”魔法” だ。
「なんなんだよ!どうなってんだよっ!?」
「なんで急に水が降ってくるんだよっ!!」
びしょ濡れは爆破犯だけではなく、奥で拘束されていた二人の仲間も同様に全身水まみれだった。
男達もそれぞれ喚いていたが、爆破犯とは違い後ろで腕を縛り上げられている状態ではかぶった水を払うこともままならない。
二人はさらに苛々が噴火しているようだ。
だが俺は、記憶の中に心当たりがあった。
さっき長身の男が ”MMMコンサルティング” 関係者に ”カテゴリ水関連の者” は ”1階南側フロアに滞在するように” と命じていたからだ。
すると、
「遅くなりました。設定が強すぎて入るのに手こずってしまって……」
ふわりと風が舞い、店のほぼ中央に若い女が現れたのだ。
まだ高校生にも見えなくない、かなり若そうな女だ。
おそらく、いやきっと、彼女がいわゆる ”水を扱える魔法使い” なのだろう。
「犯人に火薬所持の可能性がありましたので、念のため水に浸してみましたが、間に合いましたか?」
「ふざけんなっ!火薬なんて持ってねえよ!!」
二人のうち一人が怒鳴るも、女は「あら、誤情報でしたか?」と飄々と返す。
だが、その態度も長くは続かなかった。
「それはともかく、みなさんご無事で…………はないようですね」
女の真ん前には、スカーフの女に抱えられて血を吐きながら横たわる男がいるのだ。
息はあるが、イヤホンから伝わってくるその呼吸はか細い。
「しっかりしてください!今彼女を呼びますから!」
スカーフの女が懸命に声をかける。
彼女というのは、あの黒いワンピースの女のことだろう。
だが、男は「無駄だよ…」と答えたのだ。
そのひと言に、俺と ”MMMコンサルティング” の彼らはハッと息を詰めた。
………この男には、人の寿命が見えるのだから。
「……負傷者一名。………かなりの重症です。至急救護カテゴリー応援願います」
水を落とした女が、耳を触りながら言った。
この女も ”MMMコンサルティング” の人間なら、”魔法” のイヤホンを装着しているはずだ。
近くにいるので女の声はダイレクトに俺の鼓膜を揺らしたが、イヤホンからは聞こえてこなかった。
そしてそれに応答する相手の音声も聞き取れないことから、イヤホンにはチャンネル的なものがあって、女は外にいる ”MMMコンサルティング” 関係者に救援を要請をしたということだろう。
「…………了解」
女がそう告げると、待ってたようにスカーフの女が声を高める。
「もうすぐですから!しっかりしてください!」
イヤホンを付けている耳とイヤホンを付けていない耳、両方で女の縋るようなセリフを受け取る。
だが、男の掠れ声が聞こえてくるのは、イヤホンからだけだった。
「無理だ……きみにも、わかるだろう?」
「何言ってるんですか!もうすぐ回復の ”魔法” を…」
「聞いてくれ。俺には、もう、時間が………」
「嫌よ!私を置いてくつもり?そんなの許さないから!絶対許さない!!」
強気な発言でも悲愴感は隠しきれない。
必死に男に呼びかけ、全身全霊で叫ぶその姿に、俺は、心臓が握り潰されそうになる感覚が起こった。
俺が彼らのことを知ったのはつい数時間前だ。
当初は気がおかしな連中だと思い、疑いしかなかったが、今となっては彼らの存在が事実で正当なものだということは明らかだ。
それどころか、玉石混淆の政治家の中から清らかな者を見抜いたうえで濁った政治家達の退場を促し、市民に被害が及びかねない事件事故を未然に防ぐために人知れず働き、万が一に備えて万全の体勢を整える………
”魔法使い” とは、まさに正義の存在だったのだ。
その正義を、あいつは…………!
握り潰されそうだった心臓が、燃えるように熱くなる。
だがそう自覚したときにはもう、俺は爆破犯を羽交い絞めにしていた。
「……っにすんだよ!離せよっ!」
男の濡れた髪が俺の頬を叩く。
それさえも腸が煮えくり返りそうだ。
「下衆が喚くな」
吐き出した言葉は、俺自身でもぞっとする凄みだった。




