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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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「さっき、大臣と何の話をしていたんだい?」



コーヒーショップを出て真向かいの時計販売店に直行するのはわざとらしすぎるからと、一旦隣りの雑貨屋に立ち寄った際、長身の男から尋ねられた。


「特には……」


一応は大人の態度で濁すと、男は「まあ、無理には聞かないけれどね」と笑った。

その会話の温度も含めて、これから爆破が起こるかもしれない現場に赴こうとしている人物には到底見えない。

だからこれは、おそらく、俺の気持ちを解そうとしているのだろうなと思った。

自分でも、店を出る前から緊張しているのは感じていたからだ。


俺だって長い記者生活の中で命の危険を感じたことがなかったわけじゃない。

だが、今回は自分の命だけで済む問題ではないし、 ”魔法” なんて未知のものまであるわけで、しかも俺はその当事者ときてる。

大勢の命がかかっているうえに、まったく知識のない……つまりは俺の自慢の記憶力がほとんど活かせない状況なのだ。

大臣は俺の記憶力を後の報告書作成に役立てたいなんて理由付けをしてくれたが、それが本心だとは思っていない。

彼女は俺が昼食会の場に乱入した結果、他の議員達の記憶が操作されたことへの礼として、俺が彼らに同行する口実を作ってくれただけなのだから。



「……さっき俺の同行を推してくれたことに対して、礼を伝えただけです」


大臣からの返事はあえて伏せて答えた。


「そうなんだ。ところで、なんとなく感じてはいたけど、きみはとても真面目なんだね」

「そうですか?でも不真面目な記者なんて、不誠実な政治家くらい不必要でしょう?」


別に皮肉でもなく、俺の率直な意見だったが、男はこれにちょっと笑った。


「確かにそうだね。でも、あの人は誠実な政治家だと思うよ?」


誰のことを言ってるのかなんて明らかだろう。


「それは俺にもわかります」

「そうだろうそうだろう?彼女のご両親も立派な人だったけど、彼女も劣らず優秀な人なんだよ。彼女が生まれた時から知ってる俺が言うから間違いないよ」


彼女の親も政治家で総理経験者だ。

だがそれよりも、俺は最後のひと言に引っ掛かる。


「生まれた時からって……そんなに長い付き合いなんですか?」

「まあね。彼女のご両親とも一緒に仕事をしたことがあるからね」


得意気に付け加えてくる男に、俺はやはり普通ではない(・・・・・・)と感じていた。

”魔法使い” は齢をコントロールできるようだが、いったいこの男の実年齢はいくつほどなのだろうか。

”MMMコンサルティング” の面々も、この男には一目置いているような態度だったので、キャリアは相当なものだと思うが………

そんな疑問とともに、俺は、自分もこの先そうなっていく(・・・・・・・)のだろうかと、まるで ”魔法使い” になる前提で考えている自分に気付いてしまった。

だが、


「彼女のような人に、この国のトップになってもらいたいんだけどね」


しみじみと言う男に、急いで頭の中のものを散らした。


「きみもそう思わないかい?」

「……そうですね、俺も、あの人ならいい総理になると思います」


咄嗟に返したが、嘘ではなかった。

彼女の親も国民からの人気が高い総理だったという。

その娘だというだけでも支持を集めるのだろうが、彼女にはそれ以上に政治家として必要なものがありそうな予感がしていた。


「はやく、そんな日が訪れることを願ってるよ」


男は感情込めてそう言ってから、「あ、そうだそうだ」と、思い出したように上着のポケットから何かを取り出した。


「これを、持っておいてくれるかい?」


そう言って俺に差し出してきたのは、大きく ”M” と記されている名刺のような白いカードだった。


「何ですか?これ」


意図が分からないまま受け取ると、男は「裏も見てくれるかい?」と指示した。


「裏ですか……?」


言われるまま裏返すと、そこには ”MMMコンサルティング” の基本情報が印刷されていたのだ。


「うん、問題なさそうだね。もしきみがうち(・・)に転職する気があるなら、いつでもそのカードを持ってきてくれたらいいよ」


男は満足げにそう言ってから、「さて、そろそろ行こうか」ピンと背筋がのびるような声で告げたのだった。



斜め向かいの店に移動するだけだというのに、その距離が恐ろしいほど遠くに感じた。

ショッピングモールの通路はこんなに広かったか?

本気でそう思うほどに。


通路四分の一ぐらい進んだところで、ハンチングを被ったカジュアルスーツの男とパーカの男が視界の端ギリギリに入ってきた。

二人は右奥にある催事場の隅の自販機の前で飲み物を選ぶ素振りをしつつ、さらにその奥の様子をうかがっているようだった。


彼らの注意の先にいるのはスカーフの女とベビーフェイスの男、そしてその先には当然あの二人組だ。

この二人の現在地を確認したとき、俺と長身の男は通路の三分の一を進み終えていた。


するとそこで、カジュアルスーツの男からイヤホン越しに報告が届いたのだ。


『二名の読心、かろうじて成功しました。抜き出せたのは単語のみですが、それぞれに ”時計屋” ”高級腕時計” ”窃盗” ”質屋” ”山分け”………それから ”火薬” 』

「わかった。大臣、聞こえてましたか?外にいる警察を動かしてもよろしいですよね?」

『一任いたします』


大臣からの返答を聞くや否や、長身の男は足を止めないままイヤホンにスッと触れる。

その直後、まるで受信チャンネルが切り替わったようにイヤホンの音質が変化した。

雑踏というか、ノイズのような音が混ざったのだ。

そして男は続けた。


「制服警官をモール内に入れてくれ。3階2階は各フロアに6名ずつ、それぞれペアになって巡回。1階は10名、同じくペアになって別々の入口から巡回開始。現場は1階南側時計販売店、対象者は火薬を持っている可能性が高いので火気には要注意。自分が爆破のきっかけになりうるかもしれないと自覚して行動するように。爆破発生後は事前の計画通りに避難誘導ののち ”MMMコンサルティング” に引き渡すこと。このあと関係者の拘束を行う。1階南側から入る制服警官4名はただちに該当店舗に直行してくれ。以上」


柔らか口調だった男の急変が、事態の深刻さを物語ってくる。

男はその後速やかにイヤホンを操作し、


「”MMMコンサルティング” カテゴリで水関連の者はイヤホン装着後買い物客を装って1階南側フロアに滞在するように。以上」


今度はおそらく ”MMMコンサルティング” 関係者向けに指示した。

イヤホンからは、さっきとは違いまったくノイズのない音声が聞こえてくる。

カテゴリやら水関連の者といった初耳のキーワードもあるが、想像するに、水に関する ”魔法” を扱える ”魔法使い” ということだろう。

火薬や爆破となれば、一番の備えは水だろうから。


そうしているうちに、俺達は現場となる時計販売店の前まで来ていた。

関係者の中で一番早くに辿り着いたので、店先のケースをのぞくフリしながら店内の様子をうかがい、時が来るのを待つ。

奥のカウンターの中には店員が二人いた。


「店員は三人と聞いてましたが、一人いませんね」


極小の声で言うと、長身の男が「そうだね」と頷いた。

そしてそのままじっと店員を見つめた。


「………うん、変化はないみたいだね。二人とも24時間以内のようだ」


変わっていることを期待していたのか、幾ばくかの残念さが滲んでいるように聞こえた。

さっきの話では、この店の店員は三人全員が24時間以内に寿命が切れるということだった。

そしてそれが変化していないということは、爆破はまだ回避できていないということなのだ。


「そうですか……。でもじゃあ、いったい何がきっかけであの男には変化があったんでしょうか?」


”魔法” で変装していた二人組の男のことだ。


「うーん、それは今の段階では何とも言えないな。後々答え合わせをしたらわかることかもしれないけど、それだって、確実にわかることの方が少なくて、ほとんどが仮定の話になってしまうからね」


それは間違いないだろう。

何と何がどこでどう繋がっているかなんて、バタフライエフェクトのすべてを把握するのは至難の業だ。


だが、この爆破事件だけは何としても防がなくては。

今目の前にいる人物がその爆破で命を落とすかもしれないのだと、改めてそう認識した俺は、無謀な正義感を抑えることができなかった。

だが、


「ああ、来たね」


男の呟きに、店員からは視線を逸らし、彼の視線を辿った。

そこにいたのは二名の制服姿の男の警官だった。

俺達がいたコーヒーショップの方からこちらに歩いてくる彼らは、きょろきょろと辺りを見まわし、巡回中という雰囲気を匂わせている。


その向こうには変装の二人組を追う ”MMMコンサルティング” の面々も見えており、役者が揃いつつあった。


さあ、事態が動く。

そう心を引き締めたときだった。



「―――――どういうことだ?」



長身の男が、低く低く囁いたのだった。











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