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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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――――まただわ。これって、本当に私だけなのかしら?




隣でしきりに感心されて、私はこっそりそんなことを思ったのです。



出先で偶然会ったご近所の奥様が、私の顔を見るなり「あなたに会ったら言いたいことがあったのよー」と隣に腰をおろしてきたのは、ほんの1分ほど前のことでした。

私は思わずギクッとしてしまいました。

何度か我が家に遊びに来てくださった方で、楽しいお茶の時間をご一緒しましたけれど、特別親しくさせていただいてるわけでもありませんでしたし、ひょっとして私が気付かないうちに何か粗相をしてしまったのかしらと、不安が過ったのです。

ですが、内容を聞けばまったくネガティブな苦情などではなくて、ホッとしました。

むしろ、それはこれまでにも何度も言われたことのある言葉でしたので、私は構えていた分、ちょっとだけ拍子抜けしてしまったほどでした。



「でも、不思議なんだけど本当のことなのよ?あなたのお家でお茶をいただいた日は、嘘みたいに片頭痛が治まるのよ。びっくりしたわ。ね、何か特別な茶葉でも使ってるの?」


女性は興味いっぱいのご様子です。

私の顔を覗き込んできては、秘密があるならぜひ教えてほしい!と目で訴えていらっしゃいます。

私も特別なことがあるならお教えしたいのですが、残念ながら種も仕掛けもなかったのでそれは叶いませんでした。



「それが、別に特別なものじゃなくて、普通にスーパーで売ってる紅茶なんですよ。特殊な淹れ方でもなくて、ティーバッグでお湯を注ぐだけですし」


ほんの少し申し訳ない気持ちになってお答えしました。

ですが、それ以外に答えようがなかったのです。


そうしましたら、女性は表情を濁らせることもなく、「まあ、そうなの?」と驚いたように目をまん丸くなさいました。

それから、とってもユニークなことを仰いました。


「そういえばね、今息子がハマって見てるアニメに、あなたと似たような登場人物がいたのよ」

「え?アニメですか?」


私達夫婦は結婚してからまだ一年ほどで子供もおらず、アニメとは縁遠い生活を送っていましたので、いまひとつピンとはきませんでした。

ですが私に似てる登場人物だなんて、すごく興味深いです。

今度は私が前のめりになって女性のお話を聞く番のようでした。


「ええ、そうなの。ほら、今流行りの異世界ものなんだけど……異世界ものってわかる?」

「それはもちろん。私の学生の頃にもありましたから」

「ああそうね、あなたはまだ若いものね。でね、そのアニメの主人公がとある勇者なんだけど、その仲間に魔法使いの女の子がいて、その子の淹れる紅茶が体力や傷を回復させる力があるのよ」


ね?あなたと同じでしょ?


女性はにこにこ顔で訊いてこられたので、私は「私も魔法使いだったらよかったんですけど」と、冗談まじりに笑ってお返ししました。


「だったら、あなたの旦那さんが勇者かしら?」


女性が私の冗談に冗談を重ねてこられたので、私達は二人して声をあげて笑ってしまいました。

それが少々騒がしかったのかもしれません。



「申し訳ありませんが、用のお済になられた方は場所を移していただけますか?」


受付にいらした女性が私達に声をかけてこられたのです。

白いマスクをしてらっしゃいますが、おそらくかなり若い方なのでしょう、明らかに年上に見える私達に意見することに若干の抵抗感のようなものも見受けられます。

”申し訳ない” という言葉は彼女の本心なのでしょう。

そんな彼女に、私達の方こそうるさくしてしまってごめんなさいという気持ちでいっぱいになりました。


「あらごめんなさいね」

「すみません、すぐに出ます」


私達は各々謝罪し、即座に席を立ちました。

受付の女性はわずかばかりに目が潤んでるようにも見えました。

私は本当に心苦しくなり、再度お辞儀をして「すみませんでした」と伝えてから、女性と一緒に外に出たのでした。



正面扉から駐車場に向かう途中、女性が「私が引き止めちゃったばかりに、ごめんなさいね」と手を合わせてこられました。


「いえ、私も久しぶりにお話できて嬉しかったですし」


これはお世辞でも社交辞令でもありません。

すると女性はパッと顔を明るくされました。


「本当?それじゃ、また今度お茶をご馳走になってもいいかしら?」

「もちろんです。ぜひおいでください。もしあれでしたら、今度は私がお茶セットをお持ちして伺っても構いませんし」

「まあ、それは楽しみ!実はね、また片頭痛が出てきたのよ。一応お医者さんで検査して他に病気がないことは確認済みなんだけど、一度出てきたらなかなかしつこくって」

「それは大変ですね……」


心の底から気の毒に思います。

私自身は経験ないものの、周りには片頭痛で悩まれてる方が結構いらっしゃいますから。

酷い方では起き上がることもできなくなってしまうとか。


私は、何をどうしたらこの女性の片頭痛が改善するのかはさっぱりわかりませんでしたが、私がお淹れする紅茶で少しでも癒えるのならば、毎日でもお淹れして差し上げたい気持ちでした。


けれど女性はにこっと微笑むと、


「でもあなたの紅茶が飲めるなら、すぐに良くなると思うわ。今度パートのお休みをメールするから、予定を立てましょう」


わくわくウキウキを全開にさせて仰いました。


「私はだいたい家にいるので、都合は合わせられますから、いつでも仰ってください。でも、紅茶をお出ししても、ご期待に添えなかったらすみません」


私が淹れた紅茶を飲んで元気になった、不調が改善した、そう言われることは昔からよくありましたが、必ずしもそうなるとも限りません。

念のためにひと言付け加えさせていただきましたが、女性は「いいのよいいのよ、私の気持ちなんだから」と朗らかに仰いました。

ちょうどそこで彼女の車に辿り着いたので、私達はまた連絡すると約束し、私は車に乗り込んだ彼女を見送りました。


そして、もう少し奥に駐車してある自分の車に向かいました。

ところが


「…………あら?」


車のキーが見当たらないのです。

さっきまで握っていたはずなのに………

ぼーっとして落としてしまったのでしょうか?

私は体を曲げて駐車場の地面を見まわしました。


そのときです。



「ひょっとして、これをお探しですか?」



背後から、男の方に声をかけられたのでした。



振り返ると、スーツ姿の男性が私の車のキーを見せながら立ってらっしゃいました。



「あ……、ありがとうございます。拾ってくださったんですね」


私はお礼を伝えて両手で受け取りました。


「やはりあなたのでしたか。そんな気がして追いかけてきたんです。入れ違いにならなくてよかった」


男性は上品な笑顔をされました。

この男性、さきほどのマスクの受付の女性の後ろにいらっしゃった方だと思います。

長身で、まるでモデルさんのようなスタイルでしたので目立っていらっしゃいました。


私はもう一度「本当にありがとうございました。それでは、失礼します」と伝えてから、車のロックを解除しようとしましたが、男性が思いもよらないことを仰ったのです。



「さきほど、なんだか面白そうな会話をされていませんでしたか?魔法がどうの……とか」

「え?」


私は思わずまたキーを落としそうになりました。


「ああ、驚かせてしまったようですね。失礼いたしました。私は怪しい者ではありません。そこの…」

「存じ上げてます。受付の女性の後ろ側にいらっしゃいましたよね?」


男性が申し訳なさそうに仰ったので、私はすぐにその必要はありませんよというつもりで申し上げました。

すると男性は「お気付きでしたか」とホッとなさったようでした。


「あの、さっきはうるさくしてしまって申し訳ありませんでした」


てっきりその件だと思った私は、先にお詫び申し上げました。

ですが、男性からは「いえ、それは全然構わないんです。気になさらなくて大丈夫ですよ」と優しい否定が返ってきたのです。


「それなら、いいんですけど……」


私は安堵と同時に、あそこで私達が交わしていた会話が冗談あふれる内容だったことを思い出し、気恥ずかしくなってきました。

もしかしたらこの男性も、魔法使いだなんて、いい大人が妙な話題ではしゃいでるな、なんて呆れられたのかもしれません。

自然と頬も熱くなってしまいます。


どうやら私達のおしゃべりは男性まで筒抜けだったらしく、彼は私の例の特殊な特技のこともご存じのようでした。


「それで、あなたの淹れた紅茶を飲むと体調がよくなるというのは事実なんですか?」


柔和に問われたので、この方に私を揶揄する意図がおありだとは感じませんでした。

なので私も気恥ずかしさは小さくなり、穏やかに、そしてさっきの女性とのおしゃべり同様、少し冗談めかしてお答えしました。



「ええ、そうなんです。偶然だとは思うんですけど、結構そんな風に言われることが多くて。そうしたら、さっき一緒にいた方が、息子さんのハマってるアニメに出てくる魔法使いが私と似てると仰って………それで、 ”魔法” という言葉が出てきたんです」

「ああ、そうでしたか」

「いい年した大人が魔法だ、魔法使いだと騒いでしまって、失礼しました」

「え?ああ、いえいえ、魔法に大人とか年齢とかは関係ありませんよ」


男性はおそらく私を気遣ってそう言ってくださったのだとは思いますが、どことなく、引っかかるような言い方です。

まるで、断定するような印象を受けました。

そして私の妙な胸騒ぎは、見事に的中したのでした。




「だって、魔法使いは子供よりも大人の方が多いですからね。現に私も魔法使いですし」




男性はいたって普通に、そう仰ったのです。











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