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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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「うわ、めっちゃかっこいいハンチングっすね!」


パーカの男が褒めると、「今日の服にも似合うと思ってね。被ってみてよ」と長身の男がすすめた。

カジュアルスーツの男は言われるままにハンチングを着用し、「ありがとうございます」と喜んだ。


だが、イヤホンから事態の急変を知らせる報告が届くと、空気が一変した。



『当該の二人が1階北側パン屋近くの男性用手洗いに入りました。他の一名はショッピングモール外に出ていきますが、追尾しますか?』


スカーフの女の声だ。


「いや、外には追尾担当を手配済みだから、そのままで構わないよ」


長身の男の即答に女は落ち着いた様子で『わかりました』と返したが、その直後『あ、出てきまし――――また変装が変わってます!』と緊迫する声に変わった。


『二名とも体格も服装も変わってますが、さきほどの ”魔法” の気配と一致しますので、同一人物と思われます』


ベビーフェイスの男も早口に聞こえた。


「きみも感知は得意だったよね。その君が言うなら間違いない。そのまま二人を追ってくれ。手洗いに二人以外の人物は入っていったかい?」

『ええ、何人か入っていきましたが、全員の確認はしてませんでした………申し訳ありません』


女が答える。


「謝らなくていい。真面目過ぎるその癖を直した方がいいといつも言ってるだろう?それより、二人はどこに向かってるんだい?」

『今は南側の方に移動してます。先ほど ”予定通りに決行” ”変更なし” という言葉が二人の会話から聞き取れました』


予定通りに決行…

変更なし…

ということは、この二人も何らかの計画を把握しているということか?


俺の考えは、この場にいる全員とも合致していたようだ。


「みんなグルってことっすかね?」

「その可能性もある、そういうことでしょうか?」

「そうですね。それは否定できないでしょう」

「やっぱり僕が行ってきます。その二名の思考を読み取れたら大体は把握できるでしょうから」

「そうだね。頼めるかい。当該の二名は追尾が付いてるからすぐにわかると思うけど、もしわからなければすぐに言ってくれたらいい。近くにいるどちらかが答えるだろう」

「わかりました」

「じゃあ俺も同行するっす。単独行動は避けた方がいいっすから」

「ありがとう。頼んだよ。俺は時計販売店に先回りしておくよ。そろそろ日没が近そうだ。店員の寿命にも変化があったか確かめておきたいからね」

「わかりました」

「了解っす」


ハンチングを被ったままのカジュアルスーツの男とパーカの男が連れ立ってテーブルから離れていく。

俺は、俺抜きでどんどん進んでいく段取りになぜだかとてつもない焦燥感が芽生え、思わず、


「俺にも手伝えることはありませんか?」


勢いよく立ち上がっていた。


テーブルから店の出入口から、全員の視線を集めることになったが、俺は居ても立ってもいられなかったのだ。


だが、さっきとは違い、彼らに俺を歓迎する様子はなかった。


「気持ちは有難いのですが、ここからは危険を伴うかもしれません」

「そっすよ。危ないっす。ここで待っててもらうのも危険かもしれないっす」


カジュアルスーツの男とパーカの男が揃って渋い顔をする中、長身の男だけは歓迎はしないまでも、「そうだね……」と、わずかに思案する素振りを見せた。

ただそれも、長くはもたなかった。


「よろしいじゃないですか?」


まるで判決を言い渡す判事のような毅然とした口調で、大臣がそう告げたからだ。


「先ほどの昼食会の場でお見受けした行動力は素晴らしいものでした。まだ正式に ”魔法使い” というわけではないと承知しておりますが、それを差し引いてもこの方がお持ちの絶対的な記憶力という ”魔法の元” は非常に稀有な能力と存じます。少なくとも、この件に関して私が今後提出すべきであろう報告書の作成においては、役立つことこの上ないでしょう。もちろん、まだじゅうぶんに ”魔法” を使えないこの方にとって危険である可能性も理解しております。ですが、そこはあなた方 ”MMMコンサルティング” の優秀な社員と行動を共にするということで回避はできないのでしょうか?それとも……私ども政府は、たった一人の ”魔法使い” 見習い(・・・)の無事も確保できないような方々に、国民の安全に関与しかねない重要案件を依頼していたのでしょうか?」


今までの ”MMMコンサルティング” の面々の話をほぼほぼ聞く姿勢だった彼女からは想像もできないほど、尖った発言だった。


すると、長身の男がフ…とため息なのか笑い息なのか掴めない吐息とともに深く頷いたのだ。


「確かに、彼の記憶力は我々にとっても非常に役立つことでしょうね」

「じゃ、一緒に行くんすか?」

「そうだね、彼は俺と一緒に店の方に行ってもらおうかな。ただし、危険だと見做(みな)したときはすぐにこちらの指示にしたがってもらうよ?」

「もちろんです」

「ということだよ。きみ達もそのつもりでいてくれ」

「わかりました。では、僕達は先に行きます。また連絡します」

「分かった。気を付けて」

「あなたも」

「じゃ、行ってくるっす」



二人が店から出ていくと、長身の男はくるりと俺と大臣に振り向いた。


「まったく、あなたのような方にトップになってもらうのを早く見たいですよ、大臣」

「そう言っていただいて光栄です」


大臣は穏やかに返したが、なにやら裏には穏やかでないものも潜んでいそうな会話にも聞こえる。

だが男は今度は俺だけに向かって


「悪いけど、ちょっとだけ待っててくれるかい?さっき力を使ったから、彼女の紅茶で回復してくるよ」


そう言い、カウンターのある奥にスタスタと歩いていった。


テーブルに残されたのは、俺と大臣だけだ。

俺はひとまず、さっき俺の側で意見してもらったことに礼を伝えた。


「あの、先ほどは庇っていただいてありがとうございました」


おかげで、俺は彼らの同行を許されたのだから。

ところが大臣は「いえ、お返しですので、お気になさらず」と即答したのだ。


「お返し……?何のことです?」


意味がわからない。

そう隠さずに訊き返すと、大臣は少しばかりに唇の端を持ち上げた。


「目の上の(こぶ)がなくなったのはあなたのおかげですから。何のことかおわかりにならないのでしたら構いません。ですがあなたのおかげで、今日の爆破事件対策を順調に進められました。ですから、そのお返しをしたまでです。ありがとうございます」

「目の上の………ああ、なるほど」


大臣の含みは察したが、それとほぼ同時に長身の男が戻ってきて、この話はそこで打ち切りとなってしまったのだった。











誤字をお知らせいただきありがとうございました。

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