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特に急いだというわけではなかったが、間もなく当該グループを発見することができた。
三人組の体格のいい男達だ。
そのうち二人は、やはり例の五人組にいた二人と同じ歩き方をしている。
体格が違うので差異がまったくないわけではないが、腕の動かし方、首の角度、足の出し方、置き方、肩の揺らし方、他にもかなりの点で一致しているので、同一人物と見ていいだろう。
俺は言われた通り囁くような極小のボリュームで「今帽子屋の前にいる三人組の右から二人です」と言った。
『わかった。……今の段階でも感知はするけど、確実に調べるためにもう少し近くに行ってみるよ。きみ達は買い物客を装って監視を続けてくれるかい。万が一彼らが別行動をはじめたときはそれぞれを追尾。いいね?』
長身の男の声がイヤホンからクリアに聞こえ、俺は首肯した。
『わかりました』
『了解しました』
イヤホン越しにスカーフの女とベビーフェイスの男の声が届くと、俺達はバラバラに行動しはじめた。
だが視線だけは長身の男を追い続けてしまう。
やがて、男は彼らから店舗一軒分ほどの距離まで近寄っていった。
そして………
『――――感知』
イヤホンから鋭くジャッジが下される。
『当該の二人にのみ ”魔法” の形跡あり。このまま接近して寿命も見てみるよ。未発見くんは一旦コーヒーショップに戻ってくれるかい』
「わかりました」
『あとの二人はそのまま買い物客を装ってくれ』
『了解しました』
『くれぐれも気を付けてくださいね』
スカーフの女が心配色を滲ませるが、男は笑った声で軽快に『わかってるよ。ありがとう』と返した。
あくまでも聞こえたのは声のみだが、なんとなくその笑いは苦笑いのようにも感じた。
十中八九、この女が彼を心配するのは常のことなのだろう。
俺は長身の男が三人組のいる帽子屋に入っていくのを見届けてから、指示された通りコーヒーショップに戻ることにした。
「あ、帰ってきたっす!」
店に入るなり、パーカの男が真っ先に声をあげた。
「お疲れさまでした」
大臣が労いの言葉をくれると、カジュアルスーツの男も「問題はなかったようですね」と言った。
黒いワンピースの女はキッチンにでも行ってるのだろう。
俺は自然と元いた席に腰をおろした。
俺に首尾を訊いてこないところを見ると、ここにいた面々にも状況は伝えられているのだろう。
何らかの ”魔法” によって。
そう考えていると、カジュアルスーツの男が自分の片耳を指差してきた。
「我々にもこれがありますので」
「なるほど…」
男の耳には、俺が装着しているものと似たイヤホンがつけられていたのだ。
素直に納得してから、もしやまた頭の中を覗かれたのかと身構える。
だが、直後に長身の男が店に現れたので、真相は明らかになることはなかった。
「あ、お疲れさまっす」
「お疲れさまでした」
パーカの男と大臣が声をかけ、俺は言葉にはせず小さく頭を下げた。
イヤホンからは何も聞こえなかったし、こんなに早く戻ってくるとは意外だったが、彼が戻ってきたということは何らかの収穫があったのだろう。
男は片手にさっきは持っていなかった袋を提げていた。
「寿命の方はいかがでしたか?」
カジュアルスーツの男が待機組を代表するように問いかける。
「うん、感知した二人のうち一人については、24時間以内だね」
何がとまでは告げなくとも、じゅうぶんだった。
「では、やはり爆破と関連が?」
「だろうね。ただ問題は、感知した二人ともに ”魔法の元” の持ち主ではないということだ」
「え?」
「なんですって?」
「マジっすか?」
俺、カジュアルスーツの男、パーカの男が一斉に訊き返し、最後に大臣が冷静に「それはどういう意味ですか?」と詳細を求めた。
「つまり……二人に変装の ”魔法” を施し、それを維持させている ”魔法使い” が別に存在する、ということですよ」
カジュアルスーツの男の説明に、俺はゾクリとした。
なぜなら、さっきの二人のうち一人は24時間以内に寿命が尽きると出ているからだ。
時計販売店、爆破、”魔法” で別人に変装させられた非 ”魔法使い” の人物、24時間以内に、死ぬ………
それらから推察でき得る仮定は、ひとつしかないだろう。
「……何者かに、利用された」
「ご名答。理解が早くて助かるよ」
長身の男が笑みを消した眼差しで俺を見た。
「なるほど。”魔法” を使える何者かが、”魔法使い” ではない一般人に ”魔法” をかけ、時計販売店を爆破させたうえで何かをたくらんでいる……ということですか」
大臣の物言いにも、冷ややかさが宿っていた。
おそらくそれは、怒りゆえだろう。
俺の知っている彼女はまさに日本の政治家といった印象だったが、実は感情が豊かな人なのかもしれない。
いや今はそんなことはどうでもいい。
事は一刻を争うのだ。
「そう考えるのが妥当でしょうね」
カジュアルスーツの男の横顔にも緊張感が走る。
どうやら、彼らもここまでの事態は予測してなかったようだ。
「まあ、時計店を爆破させるってことは、一番に思いつくのは強盗っすよね」
「可能性は高いだろうね。俺もそう思って、どうにか今の二人の思考を読めないか試みたんだけど、俺の力じゃ無理だったんだ」
「僕を呼んでくださったらすぐに伺いましたのに」
カジュアルスーツの男が今にも立ち上がらんばかりに訴える。
だが長身の男は若干の渋い顔を見せた。
「うん、そうしようかとも思ったんだけどね………」
「何か気がかりなことがおありですか?」
大臣がすかさず問う。
「ええ。実は、はじめは二人ともが24時間以内と感じたんです。でも、途中で一人からその気配が消えたんですよ」
「消えた……というのは、その人物が死を回避した、ということでしょうか?」
前のめりになる大臣に、長身の男は深く頷いた。
「その通りです。これまでにもそういうことはありましたので、特段おかしいというわけでもないんですが………なんだか妙に気になってしまいまして」
「どう気になるんすか?」
「勘…としか言えないかな。とにかく違和感が激しくなっていって、ついついその彼を凝視してしまったんだ。で、さすがにちょっと怪しまれそうになったから、慌ててこれを買うことにしたんだ」
「何を買われたんですか?」
「きみに似合いそうなのを見つけたから。はい、開けてみてくれるかい?」
「え、僕にですか……?」
カジュアルスーツの男は戸惑いながらも袋を受け取る。
「いいなぁ、俺も欲しいっす」
「きみにはまた今度ね」
「約束っすよ?で、何をもらったんすか?」
パーカの男に急かされるようにしてカジュアルスーツの男が開封すると、それは、洒落たハンチング帽だった。




