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俺の呟きに一番に反応したのは隣りの大臣だった。
「何と何が同じなんですか?」
誰かからの反応を予期してなかった俺は、わずかばかりにハッとして、一時的に店の外から彼女に視線を流した。
「……あそこにいる三人組の男達です」
俺は大臣の視線を誘うように店の前を通り過ぎていく男のグループを見やった。
「彼らがどうかしましたか?」
カジュアルスーツの男も俺に尋ねてくる。
俺は数秒ほど逡巡したのち、ありのまま説明することにした。
「少し前に、そこの通路を若い男達…確か五人組の男達が通り過ぎていったんだが、今通った三人組のうち二人がその五人組の中にいたんだ」
「別におかしくはないんじゃない?五人でいたけど途中で二人が帰った、もしくは二人とは別行動になったとか?」
スカーフの女がもっともらしいことを言う。
だが、その仮定は俺の記憶の上には成り立たなかった。
「普通だったらそう考えるのもわかるが、俺が見かけた二人は、最初と今ではまったく服装も持ち物も髪型も髪色さえも違ってるんだ」
「途中で服を購入して着替えたんじゃないっすか?こんな大っきなモールだったらそれもアリっすよ。髪はウィッグかもしれないっす」
パーカの男は何がおかしいのかわからないといった様子だ。
確かに可能性としては、男の言ったこともあり得たかもしれない。
ただそれは、俺の記憶が残っていなければの話だ。
「違う。そうじゃないんだ」
俺が否定を口にすると、思わぬ角度から援護射撃が放たれた。
「あなたが仰ってる五人組の男性というのは、さきほど、相手が ”魔法使い” の場合は心を読むことができない、という説明があった前後にこの店の前を通り過ぎていった、少し大きめの声で話していたグループのことですか?」
驚いた、この大臣も彼らを記憶していたのか。
俺は即座に頷いた。
「ええそうです。さっきは右から左に通り過ぎていきました」
「男性の五人組というと、私はその方々しかお見かけしていませんが、その五人の中に、今通り過ぎていったような体格のいい男性はいらっしゃらなかったように思いますが……」
大臣の言う通りだった。
五人組の男達は中肉中背だったが、今左から右に歩いていった三人組の男達は、みなラガーマンのように体格がいい男だった。
だが、俺には間違いようのない記憶があるのだ。
「そうですね。体格や見てくれは似ても似つきません。ですが、歩き方が、同一人物のそれなんですよ」
俺の報告に、数名からは息を詰める気配があった。
どういう意味だとピンときてない気配もある中で、カジュアルスーツの男と長身の男はほとんど同時に言葉を発したのだった。
「歩容認証……」
「歩容鑑定だね?」
俺は「そうです」と肯定する。
「確かに人間の歩き方で同一人物だと鑑定する方法はあるけど、カメラで撮っていたのかい?」
長身の男が納得と疑念を半分ずつ混ぜた顔で問う。
「いいえ」
「だったら、どうやって同じ歩き方だと判断したんだい?」
俺は人差し指でトン、とこめかみを叩いた。
「俺の記憶です」
「記憶だって?」
「ああ、そういうことか」
カジュアルスーツの男は合点がいったとばかりに大きく頷いた。
そして
「彼はおそらく、一度記憶したものを忘れないという ”魔法の元” を持っているのでしょう。だから昨日、”MMMコンサルティング” について嗅ぎまわってる記者や関係者をクリーニングしたにもかかわらず、彼にだけはそれが無効だった」
まるで自分自身に説くかのように理論立てて告げた。
「なるほどね。それで間違いないかい?」
長身の男が俺に確認し、俺が「はい」と返事すると、隣りでは大臣が何か思い当たったように身じろぎした。
「どうかされましたか?」
スカーフの女性が訊く。
「いえ、仮にその歩容鑑定が正しいのだとしたら………もしかして彼らは、私と同じく変装しているのでしょうか。私とは違い、”魔法” を用いて変装しているのだとしたら、体格ごと変わってるように見えても不思議はありません」
「―――っ!」
その通りだ。
なぜすぐに思いつかなかったんだ?
俺は己の鈍さに思わず眉をしかめてしまうが、非 ”魔法使い” の大臣が思いついたということは、当然彼らにも考えつくということだ。
「ということはかなりの力の持ち主っすね……」
「逆に、変装維持には相当な力を消費すると知らない者…ということは考えられませんか?」
パーカの男と少年のようにも見えるベビーフェイスの男が顔を見合わせた。
「とにかく、本当に ”魔法” が使われてるのかを確かめなきゃ。ですよね?」
「そうだね」
スカーフの女が長身の男に訴え、男が同意する。
「それでしたら、もう少し紅茶を用意しておいた方がよろしいかしら?」
「そうですね。すでに思ってた以上の一般の人が巻き込まれてる可能性が高そうですから」
黒いワンピースの女に「お願いします」と伝えてから、カジュアルスーツの男はテーブルを見まわした。
「この中で一番感知に長けているのは……」
「俺だろうね」
「頼めますか?」
「もちろん。じゃあ、確認のため、きみも一緒に来てもらえるかい?」
カジュアルスーツの男と長身の男、二人がそそくさと話を進め、長身の男は俺を指差しながら立ち上がった。
詳細の説明はなくとも俺だって伊達に記者はやってない、本来は察しのいい方だと自負している。
きっと、感知というのは ”魔法” が使われているかどうかを察知することで、俺が指名されたのは該当の男を判別するためだろう。
「わかりました」
俺は躊躇いなく席を立った。
すると
「私も行きます。女性が混ざっていた方が怪しまれないと思うので」
スカーフの女も立候補してきたのだ。
「それもそうだね、お願いするよ」
「わかりました」
女が立ち上がって上着を整えると、次はベビーフェイスの男が名乗りをあげる。
「だったら僕は二手にわかれたときの人員としてご一緒します。幼く見える僕なら尾行しても相手も油断するでしょうから」
「じゃあお願いしょう。ねえ、きみたち。人数分の準備をお願いできるかな」
長身の男は店の奥にいた警察のエリート部隊に片手をあげた。
すると待ち構えていたかのように、そのうちの一人が飛んできたのだ。
「ご用意できてます」
「ありがとう」
男が受け取ったのは、イヤモニのような小型の機器だった。
透明で柔らかそうな素材だ。
男はそれを俺にも手渡してきた。
「これは ”魔法” がかかっていて、互いの音声だけでなく位置情報、健康状態も感知できるようになってるんだ。”魔法使い” 以外が使用するのは少々困難かもしれないけれど、”魔法の元” を持っているきみなら問題ないだろう。どちら側でもいいから耳に入れてみてくれるかい」
こんな小さなものにも、”魔法” が………
俺は生まれてはじめて触れる ”魔法” の道具に、正直心が逸った。
すんなりそれを受容している自分に、もはや何の違和感も湧いてこない。
俺は言われるままに、それを耳に押し入れた。
一瞬、耳が冷やりとして体が竦んだ。
が、すぐに冷気は感じられなくなり、耳からは何かが入ってる感覚が消失したのだ。
「大丈夫そうですね」
カジュアルスーツの男が俺の耳を見ながら言った。
「これでもうこのイヤホンは一般の人には見えなくなったはずです」
「………よくわからないが、物理的に小道具を使うよりもっと直接的に俺に ”魔法” を施した方が早かったんじゃないか?」
俺は耳を触りながらカジュアルスーツの男に訊いた。
今の俺は記憶力以外に ”魔法” は使えないのだから、足手まといにならないためにも俺自身にかけておいてもらった方が手っ取り早い。
だが、カジュアルスーツではなく長身の男が「あれ?聞いてなかったのかい?」と準備の手を止めた。
「さっきの彼女の紅茶と同じ理論だよ。俺達はいくらでも ”魔法” を使えるわけじゃないんだ。特に今日のように後々大きな ”魔法” を使うだろうと予測されるときは、たっぷり力を残しておかなくちゃいけないからね。そういうときのためにも、こうして色んな機材を ”魔法使い” 仕様にアレンジして利用しているんだ。これなら、力もほとんど消費せずに済むからね」
「それは聞きましたけど、俺は記憶力以外特にお役に立てそうにもないので」
「なに言ってるんだい、今はそれが一番重要なんだよ?さて、じゃあ行こうか。該当人物を見つけたら教えてくれるかい?囁き声でじゅうぶんだからね」
男の声かけにスカーフの女とベビーフェイスの男もイヤホンをセットし終え、俺達は足早に店を出たのだった。
誤字報告いただきありがとうございました。




