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その後、気を取り直した俺は、あれこれ疑問をぶつけていった。
”魔法使い” について、”魔法” について、”MMMコンサルティング” について。
そして俺の質問に、カジュアルスーツの男だけでなく、長身の男、スカーフの女、パーカの男が代わる代わる回答し、時おり少年と大臣も彼らを補うように言葉を挟んできて、そうこうしてるうちに結構な時間が経過していた。
途中からは、キッチンで相当な人数分の紅茶を淹れていた黒いワンピースの女も加わったが、彼女が席に着いた直後、どこからともなくふわりと風が吹いてきて、気付いたときには店の入口に複数の人が立っていた。
ダーク系のスーツを着てる者もいれば、デニムやスウェット姿も混ざっていて、男女とも含めて総勢十名ほどだろうか。
すると長身の男が「ご苦労さま。カウンターにいつもの紅茶を用意してるから、それを各々グラスに注いでできるだけ散らばって席に着いてくれるかい。もし不審な人物や物を見かけたら知らせてほしい」と素早く指示し、彼らはそれに従った。
「彼らは警察関係者の中で ”MMMコンサルティング” と契約してる ”魔法使い” 達なんです。普段は警察で職務に就き、こうして緊急時には ”魔法使い” として働いてくれるんですよ」
カジュアルスーツの男が教えてくれたが、そんなに ”魔法使い” が社会に紛れているのかと驚愕した。
その社会に紛れている彼らのうちの一人が、単独でこちらのテーブルに近付いてくる。
黒いスーツを着ており、いかにもな感じの男だ。
彼は迷わず俺の右隣りの大臣に歩み寄ると、「遅くなりました」と告げる。
大臣は「構いません。今後はこちらの方々の指示に従ってください」と伝え、彼も「承知しました」と頷いて、受付カウンターに向かった。
「私の警護担当です。彼もまた ”魔法使い” ですので、必要であれば仕事を申し付けてください」
彼が立ち去ってすぐ、大臣が俺に説明をくれた。
おそらくこの場で彼と面識がないのは俺だけだったのだろう。
だが、よくよく考えれば現役の大臣に警護が付いてないなんて、もっと早くに違和感を持つべきだった。
一緒にいる ”魔法使い” が警護も担っていたのかもしれないが、少なくともここに移動してくる前は、俺は ”魔法使い” について懐疑的だったのだから。
それにしても………
「ああ、そうなんですね」
何てことない返事をしつつも、相手はこの国の大臣なのだという事実に、改めて不思議な感覚がした。
「彼以外は、ほとんどが警察庁の人間ですよ」
カジュアルスーツの男が補足する。
「まさか警備局?」
「ええ。ざっと見たところ、今日は外事の人間が多いようですね」
「外事…外事情報部か」
「さすがお詳しい。今回の件はテロの恐れもありますから、当然の選別でしょうけど」
大臣に警備局、そして外事情報部……
俺は今さらながらに、今自分が国家の中枢に関わる物語のど真ん中にいると思い知った。
記者としてなら、この状況は絶大な好条件でしかないだろう。
何しろスクープ中のスクープだ。
俺だってさっきまでは武者震いするほどに高揚していた。
だが今は、その心境が別のものに変化しつつあったのだ。
取材とは、あくまでも記者という第三者的立場からの携わり方だと、俺はそう認識している。
そうでないと、どちらかに偏った記事になってしまうからだ。
突っ走った正義感で人のためと思って書いた記事が、実は先入観が混ざっていたもので、結局は、まわりまわって大勢の人を不幸にしてしまう……そういう案件を俺はいくつも見てきた。
だから、ひとつひとつの案件を主観と俯瞰で見るように意識してきたつもりだ。
今回の闇献金疑惑だって、元大臣が悪だと一方的に決めつけてかかるのではなく、ただそこにある真実を明るみに出すだけのつもりだった。
ごっそり記憶を失ってしまった同僚の代わりに。
だが、今の俺には、その第三者的立場の維持が難しくなっていたのだ。
”MMMコンサルティング” の面々から話を聞いていくうちに、まったくの他人事として捉えられなくなってきてるのかもしれない。
いや、何も ”魔法” というものを全面的に無条件で認めたわけじゃないし、”MMMコンサルティング” を ”魔法使い” の会社と理解したわけじゃない。
もちろん、彼らの妄言を信じて俺自身を ”魔法使い” だと自認したわけでもない。
ただ………
今俺にできることがあるのなら、何か手伝えないだろうかと、そう思いはじめていたのだ。
おそらく、根っからの正義感がそういう気持ちにさせてるのだとは思う。
隣りには大臣、背後には警察庁のエリート部隊という特殊な光景が原因でもあるのだろう。
だがそれよりも俺が強く想いを向けたのは、店の前を行き交う人々の姿だった。
それは平和な、どこにでもある、ごく普通の土曜の午後の風景。
その穏やかな日常が、あと数時間でめちゃくちゃに壊れてしまうかもしれない。
はじめは予知なんて信じられなかった俺も、徐々に疑いが緩んでいき、とどめはあのささくれだ。
自身の体にまで明らかな変化が起こってしまったとなると、その可能性は否定できなかった。
そうしたら今度は、この店の前を通っていく人々に被害が及ぶかもしれないという恐怖と、絶対にそれを阻止しなくてはという、身の程知らずの正義感が膨らんできたのだ。
だが、つい今さっき事情を知らされたばかりの俺にいったい何ができるというのか。
彼らが言うには、俺には ”魔法の元” という、”魔法使い” になるため、そして ”MMMコンサルティング” に入るために必要な条件は備わっているらしい。
それなら、俺にも何か役立てることがあるかもしれない。
もしかしたら、おそらく俺の ”魔法の元” である絶対的な記憶力が、どこかで活かせるかもしれない。
そんな思いで、店と通路を挟んで向かいにある時計販売店を、頭の中に録画する勢いで眺めていた。
「日没まであと30分ほどだそうです」
スマホを操作していた少年が告げると、店の中に緊張感が過った。
ショッピングモールの内側に位置するこの店には窓がないので、外で待機してる気象予報の専門家と細かくやり取りしているのだ。
この少年が予知したのは、ショッピングモール、日没、爆破、多数の怪我人、それから、満月。
いよいよその時が近付いてきたわけだが、ずっと時計販売店を見張っているのに何も手がかりをつかめないままだった。
飲食店ではないので店内でガスを使用することはないだろうし、構造上も爆破の恐れがありそうなものは近くには通っていない。
あくまで俺の想像だが、外事が動いてるということは、やはりテロなどの犯罪だと睨んでいるのだろう。
俺も、現場を見る限りでは、偶発的な事故というより、何者かが意図的に起こす爆破のように思える。
だが、いったい誰が何の目的で?
確かに店では高級腕時計を扱ってはいるが、店の規模はごく小さいものだ。
このコーヒーショップの三分の一…いや四分の一もあるか怪しいほどだ。
そんな小さな店舗を爆破させて強盗したところで、儲けはたかが知れている。
だいたい爆破なんてさせたら、目当ての高級腕時計だって吹っ飛ぶんじゃないのか?
俺はどう筋道を立ててみても、爆破させるだけの動機が掴めなかった。
だが、じっと外を眺めていた俺の視界に、ふと、気になる人物が現れたのだった。
「―――――同じ?」




