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「やあ、待ってましたよ。紅茶を淹れてくれるんですか?」
カジュアルスーツの男が真っ先に立ち上がった。
非常に嬉しそうだ。
つまり、彼女もまた、いわゆる ”魔法使い” だというのだろう。
「ええ。キッチンをお借りできるようですので、お淹れいたします。こちらのお店のコーヒーマシンはプロ仕様で操作が難しそうですので、コーヒーをお淹れすることはできませんが、紅茶でしたら、このように色々準備して参りましたので、すぐにご用意できますわ。お仕事前にみなさんの体調をベストにさせていただいてもよろしいかしら?」
黒いワンピースの女は肩に掛けた大きめのバッグの中を見せながら言った。
「やった。あなたの紅茶を飲んでから仕事にかかれるなんてラッキーね」
「我々の仕事中もここで待機してくれてるのかい?」
「もちろんそのつもりでおります。いざという時のために力は温存しておりますので、みなさんがお怪我をなさった際は遠慮なくお申しつけくださいませね」
「助かります。ありがとう」
カジュアルスーツの男は礼を言いながら、自然な手つきで彼女のバッグを持った。
まるでエスコートするような仕草だ。
ワンピースの女も慣れた様子で男に委ねている。
「みなさん、アイスの方が飲みやすいですわよね?茶葉はこちらで選ばせていただいてよろしいかしら?」
「お願いするよ」
長身の男が代表して返事する。
他も異存はなさそうだ。
「そちらの、未発見の方も、ぜひ召し上がってくださいね」
初対面とは思えないほどの親しみのある笑顔を向けられて、俺は小さく会釈だけ返した。
そのあと二人は店員が待機しているカウンターに歩いていき、それを目で追っていた俺は、ふいに長身の男と視線がぶつかった。
俺が不思議そうな顔でもしていたのか、男はフッと微笑んで勝手に説明をはじめた。
「彼女は人を癒す ”魔法” が使えるんだよ。ただそばにいるだけでも体力が回復するし、誰か特定の相手の怪我を意図的に回復させることもできる。ただ、それには彼女の力を消費させてしまうんだ。俺達はこの後大きな仕事があるから、その時に彼女の力がフルで使えるように、今は温存させておく必要がある。そこで、彼女の力をそこまで消費させずに俺達の体力をベストな状態にさせるために、彼女の淹れた紅茶をいただこうというわけだよ。わかったかい?未発見くん?」
「………つまり、あの人の淹れた紅茶には ”魔法” がかけられて、それを飲んだ人の体力が回復する…ということですか?」
「理解が早くて助かるよ」
男性は満足そうに目を細めた。
そんなのまるでゲームの設定みたいじゃないかと、思わず吐き出しかけた言葉はどうにか腹の底に押し戻した。
カウンターに向かった女の方を見ると、店員と談笑しながら大きなティーポットを扱っている。
確かに、人を癒すような柔らかい雰囲気のある人物だとは思う。
だが、紅茶を飲んで体力が回復なんて、魔法の呪文と同じくらい胡散くさ……怪しいとも思う。
すると、パーカの男が「信じられないなら一度飲んでみたらいいっすよ」と言ったのだ。
俺は、まさかこいつにも考えを盗み見られたのかと反射的に警戒心を高めたが、
「普通は信じられないのが当り前ですからね」
少年に見える男もそう言ったので、単なる偶然だったのかもしれない。
「そうよね。今日の今日で何もかも理解しろっていうのは無理があるわ。ですよね?」
「そうだね。でもこの彼は、理解できないなりにどうにか理解しようとしてる方だとは思うよ?」
「なんですか、その早口言葉みたいなセリフ」
「だから、きみの時よりも理解の成熟速度が早いんじゃないかなってことだよ」
「……さっきも言いましたけど、もういい加減、はじめて会った時の話はやめてもらえません?」
「別に昔を懐かしんでもいいだろう?あの頃のきみは人見知りで恥ずかしがり屋で、そこが可愛らしかったと思うよ?」
「私はただ対人恐怖症だっただけで、今はそれが治りましたけど、もともとの性格は変わってませんよ。あなただって、私のこと、人見知りには見えないとか言ってたじゃないですか」
スカーフの女が嫌そうに訴えるが、照れ隠しにしか見えない。
話の内容から察するに、この女をスカウトしたのが長身の男なのだろう。
馴染みの者どうし、にこやかな会話が広げられる中、女性大臣だけはそこに加わらず、引き締まった顔つきを維持していた。
しばらくして、黒いワンピースの女とカジュアルスーツの男が紅茶セットを運んできた。
クラッシュアイスが多めに入ったアイスティー、ミルクや砂糖がテーブルに並んでいく。
そこまで暑くもないし、喉も乾いてなかったはずなのに、そのアイスティーが目に入ったとたん、俺はすぐにでもそれを口に含みたい衝動に駆られた。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
ワンピースの女にそう言われ、遠慮なく口をつける。
ひと口、ふた口……喉が湿りを広げ、潤いを取り戻していく。
これで体力が回復してるなんて信じ難いし実感もないけれど、ただ単純に美味い。
俺はもうひと口、あとひと口と喉を鳴らしていったが、
「お口に合うかしら?」
ワンピースの女の声に、ビクリとしてしまった。
「あ………」
慌ててグラスから口を離すと、彼女はフフッと真綿のように微笑んだ。
「おかわりもありますから、いつでも仰ってくださいね」
そのひと言に、他の奴らは面白そうに俺を見てくる。
まるで俺が何て返事するのか楽しんでるような素振りだ。
こいつらの話のネタにされたくなかった俺は、「……どうも」と短く返すにとどまった。
だがそれでもワンピースの女は満足したようで、と上品に笑った。
そして
「では、想定被害が甚大とのことですので、念のため、アイスティーを多めに用意して参りますわね。幸い、キッチンは好きに使っても構わないと仰っていただきましたので」
椅子に腰をつけることもせず、再びキッチンに戻っていったのだった。
その華奢な後ろ姿をカジュアルスーツの男がほんのひと時見つめていたことに気付いた俺は、この二人もスカウトしたとかされたとかの関係性なのかもしれないと感じていた。
すると、その正否をくれたのはパーカの男だった。
「いつまで経っても保護者気分って抜けないっすよね」
「それは僕に言ったのか?」
カジュアルスーツの男がにっこり睨む。
「いえまあ、MMMにおける一般論っすよ。俺だってこの子のことはいつまで経っても心配っすから」
パーカの男が少年と視線を交わす。
スカーフの女も同意見のようだ。
ちらりと長身の男を見やりながら言った。
「それはそうね。うちもそうだもの。いつまでもはじめて会った頃のままだと思ってる。もう守られてるだけの子供じゃないのに。……でも、あなたのは保護者気分だけじゃないようにも見えるけど?」
反応をうかがうよう尋ねられ、カジュアルスーツの男は店の奥を眺めながら「そりゃそうさ」と、意外とあっさり認めた。
「きみたちも知ってるだろう?彼女は僕の親友の妻だった人だからね。だから、保護者という感覚じゃないな。彼女と知り合ったのも僕の親友と結婚したあとで、もう大人だったし。でも……彼女のことを守りたいとは、常に思ってるよ。くれぐれも彼女を頼むというのが、親友の遺言だったからね」




