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大惨事だって?
俺は記者以前に人として黙って聞いてられなかった。
「それどういうことだ?死亡者が出るって、なんでそんなことがわかるんだ?さっきは爆破が起こることしかわかってないと言ってたじゃないか」
名指しで問い質したわけじゃないが、流れ的にカジュアルスーツの男に視線が向かってしまう。
男は落ち着いた様子で「ええそうですね。彼に予知できたのはそこまでです」と少年を見やりながら答えた。
少年はこくりと頷いた。
「だったらなぜ死亡者が出るなんてわかるんだ?」
「それは、予知とはまた別の ”魔法” を用いたからですよ」
「別の ”魔法” だって?何だよそれは」
「俺の ”魔法” だよ。俺はね、人の死期がわかるんだ」
今度は長身の男が答えた。
間近で見ると、長めの髪を部分的に後ろで結ぶという目立つヘアスタイルがやけに似合う美丈夫である。
いやそんなことより。
「人の死期が?本気かよ…」
思わず心の声がこぼれてしまう。
すると長身の男は「本気だよ」と儚く苦笑した。
「ただ、例えばきみがいつ死ぬのかは、今の段階ではわからない。その人物に死期が迫ってくる時期になってから察知できるようになるんだ。それが、俺が子供の頃から持っていた ”魔法の元” だからね」
「そ……」
そんなこと本当にあるのか?
口から出かけた言葉を飲み込んだ。
今日はもう幾度となく常識では考えられない事象を目の当たりにしているのだ。
信じられない思いはあるが、それを否定したり拒否したところで真実に近付けるわけじゃないということも、もう感覚で察している。
だったら、疑いをぶつけることよりも今はひとつでも多くの真実を見つけるべきだ。
記者としての矜持がそう思わせた。
「……その力を使って、爆破現場とその規模を推測できた……そういうことですね?」
「そうだね。きみは未発見のわりにはずいぶん順応性があるようだ。大型新人といったところかな?」
感心を示した長身の男に、カジュアルスーツの男は「そうなればいいですね」と同意した。
それが本心かどうかまではわからないが、ちょうどワゴンから着替えを終えた大臣が出てきたので、俺達の会話はそこで一旦中断となる。
さっきまでお堅いキャリア風のセットアップを着用していた大臣は、デニムにジャケットというカジュアルダウンした服装に変わっていた。
情報では俺よりも年上だが、私服姿だと学生に見えなくもない。
こんなに若く見えて…実際に政治家の中ではかなり若いが、そんな彼女がこの爆破事件対策の最高責任者なのだという。
だがそれは、表には出ていない、おそらくは機密事項。
俺は、こんな時に不謹慎だが、腹の底がゾワゾワとしてきた。
今俺が目撃しているのは、他の記者は誰も辿り着けないであろう真実。
本当に爆破が起こったとしても、未然に防げたとしても、この大臣が現場にいるということは間違いのない事実なのだ。
俺は武者震いにも似た心境を秘し隠し、ショッピングモールの中へ移動する彼らの一挙手一投足を記憶していったのだった。
コーヒーショップは数名の店員を残して他に客はいなかった。
入口には【本日貸し切り】というプレートが出されており、知らずに訪れた女性二人組が「え、貸し切りなの?」「残念。てか、貸し切りなんてできるんだね」と話していた。
そこで少年に見える男のスマホが鳴り、彼はどこかへ行ってしまったので、それ以外で店に入っていく。
二人組の女性の横を通り過ぎた際、すれ違いざま、その二人組は「え、何かの撮影?」「それで貸し切りなの?でも見たことない人達だけど」「あんなイケメン集団、一般人なわけないじゃん!」「確かに」と喜色を露にした。
俺はそんな彼女達の様子を横目で見ながら、まあこの面子なら撮影と勘違いするのも、興奮するのも無理はないだろうなと納得していた。
容姿が整っているということもあるが、それを差し引いても、彼らは皆、どこか印象的な雰囲気をしているのだ。
二人組の女性は俺達が店内に入ると、ひとはしゃぎしてから移動していった。
彼女達も含めて、どこにでもありそうな土曜の午後の景色だった。
その光景が、あと数時間後には大惨事へと塗り替わってしまうのだとしたら……
俺はゾワゾワの武者震いの上にヒリヒリした緊迫感が覆い被さってくるようだった。
だが他の面々は全員、まるで本当に買い物途中の休憩みたいな平然とした顔で席に着いていったのだ。
もし、彼らの言ってることがすべて事実で、実際に爆破が起こるのだとしたら、そしてそれを回避するために彼らが立ちまわっているのだとしたら、彼らには尋常じゃないプレッシャーがかかっているんじゃないだろうか。
少なくとも俺だったら、そんな大勢の命には責任なんて持てない。
自分が何かミスしたら、そのせいで大勢の人が死ぬかもしれないなんて……恐怖でしかない。
俺だって記者という仕事上、自分の記事で人の人生が変わってしまうかもしれないという自覚と覚悟は持っている。
だがそれはあくまでも原因があり、結果的なことであって、今回のように、何の罪もない大勢の人が被害にあう事件とは大違いだ。
そう考えたら、彼らはとても並みの精神力とは思えなかった。
でもそれが、”魔法使い” というものなのだろうか……
うっすらと彼らへの印象に深みが増していると、パーカの男が暢気な声をあげた。
「皆さん、コーヒーでいいっすか?」
この中で一番下っ端らしい彼は、そうするのが当たり前のように全員のオーダーを尋ね、そして尋ねられた彼らもそうされるのが当たり前のように次々にオーダーを口にしていく。
「俺はアイスでお願いできるかな。ミルクはいらないよ」
「僕もアイスで。ああ、僕はミルクを頼む」
「私はカフェラテね。もちろんアイスよ。大臣はどうされます?」
「では、私もカフェラテをお願いします」
「あ、オーダーなら僕が行ってきますよ」
大臣が伝えた直後、ちょうど店の出入り口から少年が戻ってきたのだ。
彼はパーカの男よりも下なのだろう、他のメンバーとは違って礼儀正しい態度だったが、単なる上下関係というよりもなんだか懐いてるような感じもした。
そしてパーカの男も少年を可愛がってるようで、
「いいよいいよ。いつものカフェモカでいいよね?」
他のメンバーには見せない優しい口調と表情で返したのだ。
さっき聞いたパーカの男の身の上話の中で、今回の爆破を予知したのが自分のスカウトした ”魔法使い” だというのがあったが、それがこの少年のような男なのだろう。
だったら、二人が兄弟のように慕い合っているのも頷ける。
少年は観念したように、それでもせめてもの遠慮を映して答えた。
「じゃあ……なんでもいいです」
けれどそのセリフに乗じたのはパーカの男ではなかった。
「なんでもいいと仰るなら、コーヒーではなく紅茶はいかが?」
少年の後ろから店に入ってきたのは、黒いレースのワンピースを着た、品のよさそうな若い女性だった。




