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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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その音はほんの小さなものなのに、どうしてだか世界いっぱいに響き渡ったような感覚がして、気付いたときには、俺の足は自由になっていた。


「――――っ!?」


わけもわからず、拘束の解けた足で一歩二歩動くが、急激な変化にふらついてしまう。

だがそれよりも大きな異変が起こったのは、周りにいた議員達の方だった。


彼らはさっきまでの威圧感や威勢、焦りや怯えといった感情の類いが完全に消滅していたのだ。

顔色は無に等しく、まったくの別人にも見える。

彼らは皆揃いも揃って、ここはどこなのか、自分が何故ここにいるのかが理解できてなさそうな様子で、それはすぐさま戸惑いの波となって全員に伝播していった。


だが、たった一人、変化のない人物がいた。

あの女性大臣だ。

彼女だけは表情を揺らすことなく、事の成り行きを俯瞰するように眺めていた。

そして、議員の一人が戸惑いを狼狽えに変え、あたりをきょろきょろ見まわしだしたとき、その女性大臣が凛と言葉を発したのだった。


「本日は皆様、貴重なお時間を頂戴し、誠にありがとうございました。大変勉強になりました」


スッと姿勢正しく礼をした彼女に、彼女の父親ほどの年齢の議員は満更でもなさそうな顔をした。


「いやいや、大臣ともあろう人がただの議員である私なんぞに頭を下げんでくださいよ」

「ま、そういう謙虚な態度は感心感心」

「では、迎えの車も来てるようですし、我々は行きますか」


自分達が今日ここで何をしていたかもわかってなさそうなくせに、すっかり気をよくした議員達。

彼らは上機嫌を保ったまま各々車に乗り込んでいく。

当然、取材対象の元大臣もしれっと立ち去っていくので、俺はこのまま帰してなるものかと大声で呼び止めた……………つもりだった。


MMMコンサルティングとはどういう関係なんですか!?


そう叫んだつもりが、一文字とて声になっていなかったのだ。


「――っ!?」


いったいどうなってんだ!?

体は自由に動くのに、声が出ないなんて。

俺はハッとしてカジュアルスーツの男を見た。

こいつがさっき指を鳴らした瞬間からおかしなことになってるんじゃないのか?


男は俺と目が合うなり、しっ、と口に指を立てた。


「―――っ!」


やっぱりこいつのせいじゃないか!


俺が苦々しく男を睨みつけている間にも、女性大臣は議員達を一人一人丁寧に見送っていった。

俺を含むその他は、議員達がいなくなるまで待つほかなかったのだが、不思議なことに、去っていく議員達は誰一人として俺達の存在を気に留めなかったのだ。



おいおい、まさかあいつら、全員俺達の姿が見えてないんじゃないだろうな?

俺の足や口の自由を奪い、議員達の態度をがらりと一変させるくらいだ、俺達の姿を見えなくさせることだって可能かもしれない。


俺は再度、カジュアルスーツの男を睨んだ。

するとそのとき、ちょうど最後の議員を乗せた車が発車し、男がパチン、とまた指を鳴らしたのだ。


「さて、これで落ち着いて話ができるでしょう。では我々も移動しますか」


男はスッキリした様子で告げた。


「おい、待てよ!話は―――あ」


ほとんど反射的に叫んでいた俺は、自分の声が戻っていることに気付いた。

驚く俺に、男は優しい微笑みを不気味に浮かべてみせる。


「慌てなくても、もちろんあなたにもご同行願いますよ?なんといっても、あなたは我々の仲間(・・)のようですから」

「はぁ?」

「すみません、今は少々時間がありませんので、ともかく一緒に来ていただけますか。そこであなたの求める説明に応じましょう」


男はそう言うなり、女性大臣に視線を投げた。

すると彼女が片手をあげて車を呼び、俺達の前に一台の車が停車した。

黒い国産の高級SUVだ。

ハイクラスの中でもおそらく最上位ではあるが、俺の情報では大臣が公用でも私用でも乗っているという話は聞いたことがない。

フロント以外の窓はスモークガラスながらも、ナンバーはいたって普通で、俺の記憶にはない番号だ。


運転席からは黒いスーツの、いかにも議員秘書といっ若い男が降りてきて、女性大臣と小声で言葉を交わしたあと、後続の別のセダンタイプの車に乗り込んでいった。


「さあ、行きましょう。大臣も、どうぞお乗りください」


男が俺と女性大臣を促した。

まるで自分の車のような扱いだ。


「運転は俺っすか?」

「あなた以外に誰がいるのよ?」

「はいはいっす」


パーカの男が運転席、スカーフの女が助手席にまわる。


「さあ大臣、どうぞっす」

「ありがとうございます」


女性大臣はパーカの男が開いたドアから颯爽と後部座席に乗り込む。


「あなたはこちらからどうぞ」


カジュアルスーツの男は助手席側の後部席ドアを開いて俺を乗せようとした。

本能では怪しさしか感じなかったが、この車に乗れば、真相に近付けるのは間違いないだろう。

俺は、瞬間的に浮かんだ ”逃げる” という選択を排除し、後部座席中央、大臣の隣りに腰を据えた。


反対側の隣りには、カジュアルスーツの男が乗り込んできて、ドアが閉まるや否や、車は動き出した。


「そう警戒しなくとも、別に某魔法映画のように車が空を飛んだりはしませんから、ご安心を」


隣りから男がクスリと笑った。



魔法映画………この男も、そういうこと(・・・・・・)なのか?


俺は警戒を強める一方だった。


ところが、ピリッと緊張感が蔓延る中、反対側からはいたって事務的な断わり文句が飛んできたのだ。


「すみません、電話を入れておきたいのですが」


女性大臣が顔色を変えないまま確認する。


「ああ、状況報告ですね。わかりました、こちら側と分離して(・・・・・・・・・)おきますので、どうぞ」

「ありがとうございます」


大臣はすぐにスマホを取り出して操作しはじめた。

どこに電話をかけるのか把握しなければと、当然俺は聞き耳をたてた。

が、今度は、彼女の声がまったく聞こえなくなったのだ。


「―――?」


思わず右を向きかけた俺だったが、それを制するように左隣りから男に声をかけられてしまう。


「さて。あなたは昨日、献金疑惑で元大臣に取材した記者で間違いありませんね?」


丁寧だが、やはりどこか油断ならないと思わせる雰囲気だ。


「………だったらどうなんだ?」

「いえ。昨日の関係者にはすべてクリーニング…記憶の抹消を行いましたので、一応の確認です。あなたは ”MMMコンサルティング” や献金疑惑を今も憶えてらっしゃるようですからね」

「クリーニングって、やっぱりそういう意味なのか?さっきの議員達もクリーニングはやめてくれと言ってたよな?」

「そうですね。あの方々にとってクリーニングされるということは、政治家としての出世はほぼ望めないということを意味しますからね」

「は?」

「いえ、これは我々には何の関係もないことなので、忘れてくださって結構ですよ」

「………いったいお前達は何者なんだ?人の記憶を消したり、体や声の自由を奪ったり、さっき議員達の様子が最後におかしかったのもお前が何かしたからなんだろ?!」


これは質問ではなく、追及だ。

非科学的なことを言ってるのはわかってる。

だがこいつらは自分達を ”魔法使い” だと自称していて、実際、こいつらの前ではおかしなおとが繰り返し起こっているのだ。

そしてそのおかしなことは、俺自身の身にも降りかかったのだから。


男は「ええ、そうですよ」と平然と頷いた。


「あの方々は少々調子に乗り過ぎた面がありあましたからね。今後は一般議員として国民の皆さんのために働くことでしょう」


穏やかに不気味に告げた男に、運転席からパーカの男が反応した。


「でもあんまやり過ぎると、俺達のことを知ってる国会議員がいつかいなくなっちまうっすよ?」

「あら、それならそれでいいんじゃない?もう満月の日まで働けなんて無茶言われなくてすむでしょうし」

「でも最大のお得意様っすよ?」

「心配無用さ。優秀な政治家も大勢いるからね。現にほら、ここにもいらっしゃるじゃないか」


男が俺越しに女性大臣を見やった。

そしてそれを受けたかのようなタイミングで、女性大臣がスマホを耳から離した。

すると、さっきまで確かに聞こえなかったはずの彼女の声が車内に響いたのだ。

淡々と、きっぱりと、彼女は宣言した。



「ただ今より、例の件(・・・)についての全権は私に託されました」












誤字をお知らせいただきありがとうございました。

訂正させていただきました。

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