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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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そして俺の一声は、その場の時間を止めてしまった。


当の元大臣はもちろんのこと、現役の大臣や他の議員達、その秘書までもが、ぎょっとして俺に視線を集めたのだ。


まさかここまでの反応になるとは思わず、俺も多少は怯んでしまいそうになるが、この好機を逃すまいと口早に質問を放った。



「あなたに ”MMMコンサルティング” を紹介してもらった人がいるんですが、間違いないですか?それとも、誰かさんみたいに ”MMMコンサルティング” に関する記憶は都合よく消去されるんですか? ”魔法使い” ってそんなことまでできるんですか?今日の昼食会は ”MMMコンサルティング” に関する集まりなんですよね?噂では、”MMMコンサルティング” の方も招集されたと聞きましたが、不正献金と関係あるんですか?」



ついさっきパーカの男から仕入れた情報も取り入れて、俺は自分が ”MMMコンサルティング” の情報を隈なく握っている風を装って詰問する。

相手が否定しようとも認めようとも構わない。

それよリアクションが重要なのだ。

俺は彼ら全員分の反応をひとつ残らず記憶するつもりで小刻みに視界を左右させた。


すると、ほぼ全員が焦ったり驚いたり困惑を滲ませている中、たったひとり、微動だにしない表情で俺を見つめる人物がいたのだ。


あれは確か、史上最年少で大臣に任命された女性議員だ。

二世議員であり、整った容姿をしていることから耳目を集めがちではあるが、本人はいたって真面目で勉強熱心、そのうえ謙虚で有権者からの評判も上々、このままいけば総理の椅子も夢ではないだろうと噂されている人物である。

彼女だけは動揺を一切匂わさず、事の成り行きを注意深く見守っているという雰囲気だった。


だが、そんな彼女とは正反対の元大臣やベテラン議員は、我に返ったとたん口々に喚きはじめたのだ。


「な、なんだきみは!」

「何を言ってるんだ!」

「おい、はやく追い返せ!」


弱い犬ほどよく吠える、それを自ずから体現してるようなリアクションだった。

彼らに指示された護衛達がこちらに腕を伸ばしてくるが、俺はいつもそうするように、するりとかわして一歩前に踏み込んだ―――――が、そこで突然足が動かなくなってしまったのだ。

まるで地面に縫い留められたかのように、強力な磁石に捕らわれたかのように、指先さえ動かせなくなってしまった。


「――っ!?」


どうなってんだ!?

さすがに焦った俺は、自由に動かせる両腕を振って体を捩ろうとするも、両足は1mmも動かないままだ。


そんな俺の姿に、さっきまで大焦りしてた政治家どもが、とたんに笑い出す。


「おいおい、無様だな」

「分をわきまえない記者はそこでそうしてろ」


こんな横柄な態度も日常茶飯事の俺には一切通用しないが、不快に感じる者もいたようだった。



「――――お静かに願えますか」



秘書と思しき集団から、一人の男が歩み出てきたのである。


秘書にしては髪色は明るく長めで、カジュアルなスーツを身に纏った男。

優しげな容貌に目が行きやすいが、かなり整った顔つきをしている。

歳は三十から四十代といったところだろうか。

俺の記憶にないということは、彼とはこれが初対面のはずだ。

ざっと観察しつつも、俺は、彼の穏やかな雰囲気では今の厳しいセリフも効果は薄そうだなと思っていた。


ところが、どう見ても彼より年配でプライドの高そうな議員達が、まるで父親に雷を落とされた子供のように口を噤んでしまったのだ。

その光景は、はっきり言って異様だった。


いったいこの男は何者なんだ?

その疑問が過ったのはほんの一瞬で、すぐに俺は察した。

こいつも、おそらく ”MMMコンサルティング” の人間なのだろうと。


案の定、俺を追ってきたパーカの男とスカーフの女に、男は親しい口調で問いかけた。


「どうなってるんだい?」

「この人、未発見(・・・)っす」

「しかも、昨日の記者の一人みたい」


2人は端的に答えた。

それだけですべてが伝わったらしい。


「そういうことか」


納得する男だったが、納得できない男もいたようだ。

俺の目当ての元大臣が、「どういうことだ?クリーニングは完了したはずじゃなかったのか?」と男に縋りついたのである。

元とはいえ、一度は大臣の椅子に座った者とは思えないほどの取り乱し様だ。

いや、大臣じゃなくても、立場のある高齢の男が自分よりかなり若い相手にとるような態度ではない。

まるで弱みを握られているかのような必死感は、さっき俺に見せた威圧的な人物とはまったく別人だ。


だが、縋りつかれた男は動じる素振りなどなく、涼やかに言葉を放った。


「ええ、もちろん。あなた方がご自分達の利益のために勝手になさったことの後始末は、我々がきちんとさせていただきましたよ?」


言葉選びこそ穏やかで丁寧ではあるが、それをそのまま受け取る者はいないだろう。

それを聞いた他の議員達も皆一様にビクビクしている。

だが、その中でも現役の大臣はどうにかこの場を収めようという意識はあるようで、


「そ、それについては、余計な手間を取らせてしまって、すまないと思ってる。ほら、きみも、はしたない真似はやめたまえ」


元大臣を男から引き剥がしながら窘めた。


「その謙虚な姿勢は素晴らしいですね」


男が満足そうに告げると、現役、元大臣ともに安堵の色が宿った。

かと思った次の瞬間。


「その謙虚な態度が、ずっと続いていればよかったのですが………」


穏やかな声色を保って男がそう続けたのだ。

すると一斉に青ざめる議員達。


「ま、待ってくれ!これは私の責任ではない!そうだろう?」

「わ、私こそそうです!たまたま居合わせただけで、詳細は何も知らされてはいない!」

「クリーニングだけはやめてくれ!」



口々に喚く彼らの訴えもまるで聞こえていないかのように、男は柔和な笑顔を浮かべたまま、パチン、と指を鳴らしたのだった。












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