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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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どういうわけだか、この女も俺を ”MMMコンサルティング” の人間だと勘違いしたようだ。

どうにか誤魔化せて安堵しつつも、彼女の鋭い視線に俺の背中では嫌な汗が一筋垂れていた。


だが、ホッとしたのも束の間、女が「でも、私もはじめて見る顔ね」と言った。

鋭い眼差しが、胡乱(うろん)げに俺を捕らえながら。


「俺もっすよ。だから挨拶しとこうと思ったんすよ」


男は暢気に答える。


「そう………」


女は男と俺の様子を交互に見てから、ぐいっと俺の前で身を屈めた。

俺の顔色を覗き込むような形だ。

そして俺を試すかのように質問した。


「ねえ、あなた。カードは持ってるわよね?」



………カード?

危うく声に出して尋ね返しそうになり、慌てて飲み込んだ。

そのひと言で俺の嘘がばれてしまいかねない。

だが、カードって何だ?

皆目見当もつかないが、それを持ってるかどうかが大きなリトマス試験紙になるのはほぼ間違いないだろう。

ただ問題は、Yes か No、どちらが正解なのかがまったく読めないことだった。


おそらく彼女は、俺が ”MMMコンサルティング” の人間かどうかを判断するためにこの質問をしてきたのだろう。

まるで、”MMMコンサルティング” の人間ならカードを持っていて当然、といった訊き方だった。

ならばここは Yes と答えるべきか。

いや、その逆で引っ掛ける意図があるのかもしれない。

この女はパーカの男と違って簡単ではなさそうだ。


俺は一瞬の間に複数の選択肢を頭に広げた。

だが、その一瞬が、彼女にはすでに判断材料になってしまったのだ。


「―――この人、”お仲間” には違いないけど、未発見(・・・)よ」


女は俺から顔を離し、やれやれ、といった調子で肩をすくめた。


「ええっ?未発見(・・・)だったんすか!?」


男はガタン、と派手に椅子を倒し、それを起こしながら「全然気付かなかったっす……」と呆然としていた。

だが、すぐにハッと思い出したように表情を変えた。


「ヤバイっす。俺、さっきこの人に余計なことぺらぺらしゃべっちまった……」

「何話したの?」

「今日のお偉いさん達が自分勝手だとか、今夜は満月なのに無理やり仕事入れられたとか……」

「それくらいなら別に構わないんじゃない?」

「そ、そうっすよね?あー、よかった。この人、あのビルの出入口をずっと見てたから、俺、てっきり同じ仕事の担当なんだと思って…」

「今何て?」


女が男の話を遮った。


「へ?」

「この人、あのビルの出入口を見張ってたわけ?」


女は男に詰問したまま、俺をじろりと見てきた。


「そうっすけど……」


男がたじろぎながら認めると、女は合点いったように腕組みして俺を見据えてきた。


「ということは、あなた、昨日の記者ね?」


それは問いかけではなく、彼女は明らかな確信を持っていた。



あまりの図星に思わずギクリとしたが、男が「何言ってんすか?」と横から入ってきてくれて、俺はその隙に表情を繕うことができた。


「昨日の件なら、ちゃんとクリーニングしたって言ってたっすよ?」


女はフッと息を吐き出して、男に向き直る。


「それはあくまでも一般の人間向けでしょ?対象者が ”魔法使い” もしくは ”魔法の元” の持ち主で、尚且つその力が記憶に関するものだった場合は、通常のやり方じゃ完全にクリーニングできないこともあるのよ。知らないの?」

「ええっ、そうなんっすか?」


男はさも初耳だと言わんばかりに大声をあげた。

女は呆れたように腰に手を当て、「あなた、いったい何十年(・・・)この仕事やってるのよ?」と言い放った。


何十年(・・・)………?

俺は聞き間違いかと思ったが、記憶を巻き戻しても確かに彼女は『何十年(・・・)この仕事やってるの?』と言っている。

何十年(・・・)って、どういうことだ?

この男はどう見ても俺より若いし、女の方だって俺とあまり変わらない年齢に見えるのに。

いやそれより、やっぱりこいつらも自分達のことを ”魔法使い” だと自称するのか?

それに ”クリーニング” ってどういう意味だ?

おそらく何かの隠語だろうけど、今のこの二人の会話から察するに、まさか………俺の同僚が昨日の一件をすべて忘れてるのは、やっぱりこいつらの仕業だったのか?

こいつらの仲間が、同僚の記憶を勝手に弄ったっていうのか?


………本当に、そんなことができるのか?


俺はごくりと唾を飲み込んだ。


すると女がふいっと俺に目標を戻してきたのだ。


「ねえ。あなた、記憶に関することで、他の人と違うと感じた経験はない?どんな些細なことでもいいの。記憶力がいいとか悪いとか、やけに記憶が鮮明だとか、何か変わってることはない?」

「え……」


これまで動揺してもどうにか堪えていたのに、さすがにその問いには声が漏れてしまった。

絶対秘密、というわけではなくとも、こんな初対面の人間に俺の記憶力について言い当てられるなんて………いや、そもそも、こいつらは人間なのか?

ここまでくると、さすがに彼ら(・・)の異常性を認めざるを得ない。



―――――”MMMコンサルティング” は、”魔法使い” の会社である―――――



まさか…………まさかなのか?


俺は女をまじまじと見返してしまったが、背後が騒がしくなると、女も男も、そして俺も、一斉にそちらに注目した。


昼食会がお開きになったのだ。


ビルから出てくる顔ぶれの中には、俺の目当ての元大臣の姿もあった。


俺は迷うことなく駆け出していた。

こうなったら正面突破だ。

躊躇いなく動いた俺にわずかに出遅れた女と男も、すぐについてくる。


数台の車や護衛と思しき男達が壁となって立ちはだかるが、そんなのは障害にはならない。

俺は記者の仕事をするまでだ。


「MMMコンサルティングへの送金を指示したのはあなたですよね!?」



あえて名指しもせず、だが腹の底からの音吐で、元大臣以外の全員に聞こえるようにぶつけたのだった。












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