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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
霞の中の魔法使い達
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――――それにしても、いつもの事とはいえ、なんで俺だけなんだ?




俺は最近ささくれが増えた指でストローをつまみ、アイスコーヒーの檻に閉じ込められた氷を揺さぶりながら、ついさっきの出来事を思い返していた。


事の発端は、昨日の取材だ。

政治家の闇献金を追っていた同僚の記者が、なかなか個別で取材を受けない議員のアポをようやく取ったから、俺に同行してほしいと言ってきたのである。

いくら同僚といっても、自身の手柄を横取りされかねないのだから、俺達記者は無闇に同行なんて依頼しない。

しかもそれが一緒に組んでもない部外者ともなれば、滅多にない話だった。


ただ………記者にとってこの上なく有効とも言える特技を持っていた俺は、同僚だけでなく上司にまでも、取材同行を申し付けられることがあったのだ。



その特技とは、絶対的な記憶力。



誰がどのタイミングでどんなことをどんな風に言ったのか、

その時の服の色、匂い、室温、周囲の音………

それらすべてを、まるで脳ミソに録画したかのごとく記憶できるのだ。


俺が国内トップとも位置付けられている大学を卒業し、各種の資格を取得できたのは、この特技のおかげに他ならない。


特に机にかじりつかずとも、たいした努力をせずとも、たいていの試験をパスすることができたわけだが、この特技、唯一の難点もあった。

それは、憶え過ぎていること(・・・・・・・・・)である。



記憶力は高ければ高いほどいい、記憶は多ければ多いほどいいというのは、そうでない人間の願望でしかない。

実際に人並み外れた記憶力があると、自分以外の周りの人間全員が憶えていないことを俺だけが記憶しているなんてことは、しょっちゅうだった。

そしてその都度、お前がおかしい、そう揶揄われては誰にも認めてもらえない事実を俺は封じ込めるしかなかった。


ただそれも、俺の中では ”よくあること” という認識に落ち着いていることもあり、以前のようにいちいち疎外感を覚えることはなかった。

いや、正直なところ、疎外感がまったくないわけではなかったのだが、まあ、ほぼほぼ ”またかよ、仕方ないな” という諦めの心境だった。

子供の頃も、学生時代も、記者になってから今現在に至るまでも、その現象は度々起こっていたのだから、慣れざるを得なかったというのが真実だろう。


そしてそれが起こった直近は、今朝だった。


今朝出社した俺は、昨日の取材の裏取りについて同僚の記者と詰めるつもりだった。

他の連中に聞かれぬよう、同僚にそれとなく耳打ちした俺だったが、そいつはきょとんとしたのだ。

何のことだ?

そう訝しむ同僚に冗談や嘘の気配はせず、だから俺は、ああ、またアレ(・・)が起こったのかと察したのだった。



まあ今回に関しては、正直なところ、昨日の取材の段階で嫌な予感はしたんだ。


取材対象の現役議員は、妻の父親が代表取締役を務める企業から献金を受けていた疑惑があったのだが、俺の同僚が死に物狂いで掻き集めた動かぬ証拠を突き付けられ、意外とすんなり落ちてくれた。

だが、そこから語られた証言が奇想天外過ぎたのだ。


なんでも、彼の義父から預かった金銭は、そのまま彼がとある別企業の口座に移したというのだ。

もちろん一銭も手を付けずに。

そう打ち明ける姿は非常に消沈しており、顔面蒼白まではいかないにしても、本来ならば他言すべきではない内容を口にしているという雰囲気に満ちていた。


ただ、だからといって彼の告白をすべて信じられるわけはなかった。

その別企業というのはどこなのか、そもそも、議員である彼がなぜそんな献金疑惑をかけられそうな行為を引き受けたのか、謎は深まるばかりだったのだ。

折しも、彼が所属する与党政党のトップを決める選挙が来週に差し迫ってるこの時期、いくら証拠を突き付けられたからといっても、こうも易々認めたりするのも信じ難い。

俺は、慎重に質問を重ねる同僚の傍らで、議員の表情や声色、仕草のひとつひとつを鮮明に記憶していった。


だが、そこで彼からは想像の斜め上を行く説明があったのだ。



彼曰く、義父の企業が厄介なトラブルに見舞われ、その相談を受けた彼が解決策として浮かんだ唯一の案が、とあるコンサルタント会社への依頼だったのだという。

このコンサルタント会社、日本でも有数の超優良かつ人気企業でありながら、なかなか新入社員を募集しないことで有名で、俺も学生時代から存在自体は知っていたものの、実際に社員を含む関係者に遭遇したことは一度もなかった。

俺だけでなく、周りの記者仲間、さらには記者生活数十年といった大ベテランの上司でさえ、現役社員には会ったことがないというのだ。

登記もあるし、実在はしているはずなのに、関係者を知る人間を見かけない………まるで(かすみ)の中にあるような存在だった。


そして議員が義父の企業からの送金を移したのがこのコンサルタント会社だったわけだが、問題は、その有名企業についての彼の説明だった。



大前提として、俺が承知する限り、この議員は現実主義で、有権者の票とりのために派手に理想を掲げたりするタイプではない。

前職は銀行員ということもあり、数字やデータに重きを置いて相手を説いてるのを見かけたことがあったし、エビデンスやソースを明確にしたがる人でもあった。

そんな彼が、本気の真面目顔でのたまったのだ。



そのコンサルタント会社―――――”MMMコンサルティング” は、”魔法使い” の会社なのだと。












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