5
そう思ったとたん、ぼくは体と口が勝手に動いていた。
バッと両手をのばして、女の子の前に立って叫んだ。
「待って!このお姉さんは悪くないんだ!さっき、ぼくの友達がみんないなくなっちゃって、ぼくが悲しいって思ってたから、このお姉さんはぼくを元気つけようとして ”魔法” のことを話してくれたんだよ!……たぶん。だから怒らないで!」
さっき女の子の指先がふるえていたみたいに、ぼくの声もふるえていたけど、ぼくはせいいっぱい声を張り上げた。
そうしたら、お兄さんは急にハハハッって笑い出したんだ。
ぼくは頭の中が?マークになった。
お兄さんはなんだか嬉しそうに言った。
「大丈夫。別に怒ってるわけじゃないから。例えその子が世界中の人に言いふらしていたとしても、誰もその子に怒ったりなんかしないから、心配しなくていい。きみたちは二人とも優しいな」
「本当?本当に怒ってない?」
「ああ、本当だ」
お兄さんはこくんと頷いた。
でもぼくの後ろにいる女の子は、まだちょっと不安だったみたい。
「でも……でも、本当は、言っちゃいけなかったんですか?」
女の子は小さな声で聞いた。
「そうだな…」
お兄さんは少し考えるようによそ見をしてから、またぼくと女の子の方を見た。
「言っちゃいけないということはないさ。この世界には ”魔法使い” じゃないのに ”魔法” のことを知ってる人間も多い。ただ、それは大人ばかりだ。きみたちみたいな子供では、自分にはない力や、見えない力を信じられない子も多いだろうから、それが原因でイジメや仲間外れが起こってしまうかもしれない。だから、子供に ”魔法” の話をする時は注意が必要なんだ。これは、きみたちみたいに ”魔法の元” を持ってる子供を守るためでもあるんだ」
「じゃあ、もし話しちゃったら?そのときはどうするの?」
ぼくは伸ばしていた手を下におろしながら聞いた。
お兄さんは、背の低いぼくにぐっと顔を近付けた。
「そのときは、そのとき用の ”魔法” がちゃんとあるから、きみたちは何も心配しないでいい」
「本当に?」
「ああ」
ぼくはお兄さんにそう言ってもらってホッとしたけど、女の子は全然ホッとしてなかったみたいだ。
ぼくの肩をがしっと掴んで、ぼくより前に出てきた女の子は、パッとお兄さんを見上げて聞いた。
「その ”魔法” って、もしかして、記憶を操る ”魔法” ですか?」
女の子の声は、緊張してるみたいだった。
ぼくはよく意味がわからなくて、「キオクをアヤツルって、どういうこと?」って聞いた。
そうしたら、女の子が顔だけをまわしてぼくに教えてくれた。
「私たちが知ってる ”魔法” についての話を、全部忘れるっていうことよ」
「ええっ!?”魔法” のこと、忘れちゃうの?」
「そうよ。パパとママが言ってたもの。”MMMコンサルティング” に入社して一番最初に教えられるのは記憶を操る ”魔法” だって。だから、”MMMコンサルティング” の人はみんなその ”魔法” を使えるんだって。………あなたも、俳優なんてやってるけど本当は ”MMMコンサルティング” の人なんですよね?」
お兄さんは「ああ、そうだよ」と言った。
「俺は ”MMM” で働いてる。役者もしてるから、正社員じゃなく契約社員みたいなものだ。主な仕事は、きみたちみたいに ”魔法の元” を持ってる人間を見つけては ”MMM” にスカウトすることだけど、逆に、このまま ”魔法使い” のことを知られているのはよくないと判断した場合は、その人間の記憶を消すことも仕事のひとつだ」
記憶を消す?
そんな……じゃあやっぱり、ぼくも、今日聞いたこと全部、忘れちゃうの?
ぼくが ”魔法使い” になれるかもしれないってことも忘れるの?
そう思ったら、すごく悲しい気持ちになった。
女の子も、泣き出しそうな顔になっていた。
でもお兄さんは、「そんな顔しなくていい」と言って、スッと、ぼくと女の子に白くて小さなカードを見せてきたんだ。
「これ、なあに?」
「M………これって、さっき言ってたカードですよね?もしかして、”MMMコンサルティング” の名刺ですか?」
女の子はこれが何なのか想像がつく感じだった。
たしかに、カードには ”M” ってアルファベットが書いてある。
さっきから女の子とお兄さんがずっと話してる ”MMMコンサルティング” っていう会社となにか関係あるのかな?
お兄さんは「ああ、その通りだ」って答えた。
「このカードにはいくつかの ”魔法” がかけられていて、渡された人間の ”魔法” の力の大きさによって、書かれてる文字が見えたり見えなかったりするんだ。つまり、今のきみたちみたいに ”魔法の元” は持ってても、まだ子供で力のちいさな持ち主には、ほとんど文字が見えないはずだ。裏返して見てみたらいい。ほら……」
そう言って、お兄さんはぼくと女の子に1枚ずつ ”M” のカードを手渡してきた。
ぼくはそれを受け取ると、言われた通りに裏返してみた。
そこには、表の ”M” よりも小さめの字で ”MMMコンサルティング” って書いてあったんだ。
「きみたちにも社名の ”MMMコンサルティング” は読めるみたいだけど、大人になって ”魔法の元” も大きくなってくると、社名だけでなく住所や電話番号、メールアドレスなんかが読めるようになるはずだ。つまり、きみたちが ”MMMコンサルティング” に入るべき時期が来れば、そのカードが教えてくれるわけだ。だからそれまでは、”魔法” のことも ”MMMコンサルティング” のことも忘れてたって問題ない。というより、忘れてる方が他の友達とももっと仲良くなれるかもしれないな。それが、今のきみたちにとっては何より大切なことだ」
お兄さんは、たぶん、ぼくと女の子のことを考えて、そう言ってくれてるのだと思う。
ぼくは、せっかく今日 ”魔法の元” のことを知ったのに、それをもう忘れちゃうなんてがっかりしてしまう。
だけど、お兄さんが言ったこともなんとなくわかったんだ。
だって、正夢のこと、誰にも言っちゃいけないってお父さんとお母さんに言われてたのに、ぼくがその約束をやぶって友達に話しちゃったから、友達がそれを信じてくれなくて悲しかったんだ……
こんな悲しい気持ちになるなら、やっぱり友達に言わなきゃよかったって思ったくらい。
でも、女の子はお兄さんの説明にまだ納得できないみたいだった。
「そんなこと言っても、あなたが ”魔法” を使ったら、私たちはこのカードをもらったこと自体も忘れちゃうんですよね?もしそうなら、大人になっても、いったいどうやってこのカードを思い出すんですか?もし書かれてることが全部見えるようになったとしても、カードの存在を忘れたままじゃどうしようもないじゃないですか」
女の子の言ってることは、確かにそうだなと思った。
なのにお兄さんは「それは心配しなくていい」ってすぐに返事したんだ。
「どうして心配しないでいいんですか?」
「それはただのカードじゃないって言っただろ? ”魔法” がかかってるカードだ。その時が来れば、必ず持ち主にニンシキされるようにできている。それが ”魔法” だ」
「ニンシキ?」
「カードのことを思い出すってことだ。たとえきみたちが ”魔法” のことをきれいサッパリ忘れたてたとしても、その時が来たら、いつの間にかそのカードを見つけてるはずだ。だから、きみたちは心配しないで忘れていい。いつか、間違いなくその時は訪れるから」
お兄さんが優しく説明してくれたおかげで、女の子は少しだけ頬っぺたがやわらかくなったっぽかった。




