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「え?」
「えっ?」
ぼくと女の子は同時に後ろを向いた。
そうしたら、パーカの服を着た男の人が、ぼくたちに前屈みになっていたんだ。
ぼくがパッとその人の顔をいたら、目と目があった。
大学生っぽいお兄さんだった。
たぶんね。
ぼくの家の近くに大学生の人がいるけど、いつもこの人と同じようなかっこうしてるから。
髪型とかは全然ちがうけど、おんなじパーカとジーンズだし、なんか似てるなって思ったんだ。
「あの……私たちの話聞いてたんですか?」
女の子はびっくりした顔で聞いた。
パーカのお兄さんは「おどろかせてごめんね」って謝りながら、ぼくたちの前にまわってきた。
さっき目があったときも思ったけど、この人、ものすっごくかっこいい顔をしてる!
ぼくがそう思ったとき、となりの女の子が「あ!」って声をあげたんだ。
「どうしたの?」
ぼくが聞いたら、女の子はお兄さんを指差して言ったんだ。
「この人、見たことある!有名な人よ!」
「有名?」
「確か、元アイドルで今は俳優やってる人!」
女の子は顔を真っ赤にさせながら教えてくれた。
「俳優って、ドラマとか映画に出てる人のこと?」
「そうよ。…あの、そうですよね?違いますか?」
女の子はお兄さんに聞いた。
ぼくには自信たっぷりに教えてくれたけど、やっぱりお兄さん自身に確かめたいのだと思う。
そうしたらお兄さんがニコッって笑ったんだ。
「俺のこと知ってくれてるんだ?ありがとう。でも、他の人にはばれたくないから、ナイショにしててくれるかな?」
し―――っって、指を口に当てるお兄さんは、やっぱりかっこよかった。
ドラマとかはぼくはあんまりよくわからないけど、今のお兄さんは、テレビのコマーシャルとか、雑誌の表紙に出てくる人みたいにかっこよかった。
ぼくは思わずかっこいい!って言いそうになっちゃったけど、お兄さんは、自分がここにいることを知られたくないみたいだから、ぼくはぎゅって唇を閉じた。
女の子はこのお兄さんのこと知ってるみたいで、ちょっと嬉しそうな顔になった。
「わかりました。誰にも言いません」
「よかった。ありがとう。そっちのきみも頼んだよ?」
お兄さんはぼくをちらっとみて言った。
ぼくはコクンって頷いた。
「いい子だ」
お兄さんはぼくたちを優しくほめてくれた。
その顔も、すっごくかっこよかった。
笑顔がキラキラで、さっきの水しぶきみたいに光って見えたんだ。
ぼくは、これがゲイノウジンなんだと思ったよ。
だから、みんなあんなにゲイノウジンを見に行きたがったんだって、やっとわかった。
だって、となりの女の子も嬉しそうだし、ぼくもなんだか嬉しかったから。
そうしたら、お兄さんがまた小声で話しかけてきたんだ。
「ところできみたち、”魔法の元” を知ってるんだね?」
そうだった!さっきまでぼくは、”魔法” について女の子から教えてもらってたんだった!
このお兄さんがとてもかっこよかったから、ちょっと忘れちゃってた。
でも、ぼくが返事する前に、女の子が「そうなんです!」って答えてたよ。
お兄さんはすぐに
「誰から聞いたのかな?」
って、また聞いてきた。
「私のパパとママに聞いたんです。この子は、今私が教えてあげたところです」
女の子はちょっと自慢風に言った。
「へえ、そうなんだ。じゃあ、きみのパパとママは ”魔法使い” なんだ?」
「そうです。”MMMコンサルティング” っていう会社で働いてるんです」
「ああ、そうなんだ。二人とも?」
「はい!」
「じゃあ、きみはもう ”カード” を持ってるのかな?」
「カード?」
テキパキと返事していた女の子が、きゅうにゆっくりになった。
”カード” が何なのかわからないって顔をしてた。
女の子の様子を見たお兄さんは、「そうか、カードはまだだったか…」って、ひとり言を言った。
「あの……カードって、何のカードですか?」
女の子がちょっとだけ高い声で質問した。
お兄さんは女の子とぼくをチラチラって目だけで見て、それから今度はぼくにも聞いてきた。
「きみは、夢で見たことが本当になるんだったね?」
「……うん、そうだよ」
ぼくは首をたてに振った。
どうやらお兄さんには全部聞かれていたみたいだ。
「そしてきみは、水を跳ねさせることができる。そうだね?」
「はい、そうです。でも、水を跳ねさせるのが ”魔法の元” というよりも、とにかく水が大好きなんです。私は物心つく前から、お風呂とか雨とか、とにかく水が大好きで、水に濡れるのも大好きだったんです」
女の子が得意そうに発表したから、ぼくは心の中で ”まるほど!” って思った。
それで女の子は雨が降ってるのに傘をさしてなかったんだ。
でも、そう思ったのはぼくだけじゃなかったみたい。
お兄さんも「なるほど」って言ったんだ。
「それで、きみにも ”魔法の元” があると、きみのパパとママが教えてくれたんだね?」
「そうです。でも、あのう……」
「なんだい?」
「あなたも、 ”魔法使い” なんですか?」
女の子が不思議そうに首をちいさくかしげた。
そうそう、ぼくもそう思ってたんだ。
さっきからこのお兄さんは ”魔法” とか ”魔法の元” のことはよく知ってるみたいなのに、自分のことは全然話さないから。
だから不思議だった。
でも、悪い人じゃなさそうなんだけどな……
ぼくがそう思ってたら、お兄さんはフフッて笑った。
「ごめんごめん。面と向かって ”魔法使い” ですか?なんて訊かれたのは久しぶりだったから、つい笑っちまった」
「?」
ぼくは、お兄さんの言葉遣いが急に変わった気がして、変だなと思った。
でも女の子はあんまり気にならないみたいで、「”魔法使い” じゃないんですか?」って、もう一回お兄さんに尋ねた。
そうしたらお兄さんはスッと手のひらをうえに向けてぼくたちの前に差し出したんだ。
自然と、ぼくと女の子はその手のひらをのぞきこもうとした。
そのしゅんかん、
「うわあっ!なにこれ!?」
「水の球!?」
噴水の方からヒュンッってするどい風が吹いてきたかと思えば、お兄さんの手のひらの上には、キラキラな水のボールが浮かんでいた。
「すごい!すごいや!キラキラきれい!すっごくきれい!」
ぼくは大コウフンだ。
その水のボールはお日様の光が反射して、お日様の光よりもキラキラまぶしくて、かがやいているんだから。
大きさは……テニスボールよりもちょっと大きい感じかな。
でも、ふわふわ?うねうね?なんか呼吸してるみたいに揺れていて、まるでおしゃべりしたがってるみたいだ。
「これが、あなたの ”魔法” なんですか?私と同じ、水の ”魔法” ?」
女の子はビックリし過ぎてるみたいだった。
だけどお兄さんは女の子に「いいや」って首を振ったんだ。
「ちがうんですか?でも、今みたいに水を操ってるじゃないですか」
お兄さんの手のひらの上でぷかぷか浮かんでる水のボールを指差して女の子が言った。
その人差し指は、プルプルって細かくふるえていた。
ビックリしたせいかな?
それとも、コワイのかな?
だとしたら、かわいそうだな……
ぼくがそう思ってたら、お兄さんはトン、と水のボールを上に飛ばしてみせたんだ。
「わっ!」
ぼくは思わず声をあげた。
だって、上に飛んでいった水のボールから、キラキラって小さな小さな水のカケラがいくつも降ってきたんだから。
それからその水のボールは、高いところでパチンッ!てはじけて、空気中に飛びちっていった。
さっき女の子が噴水の水をはねさせた時みたいに、たくさんの水の粒がキラキラしてまぶしかった。
女の子も口を開いたまま水の粒を見上げていた。
「確かに、俺はこうして水を操ることができる。でも、俺の ”魔法” はそれだけじゃない。俺が生まれた時から持っていた ”魔法の元” も、水とはまったく関係のないものだ」
「え?」
女の子が声をあげた。
「きみのパパやママだって、使える ”魔法” がひとつだけ、というわけじゃないだろ?」
「それはそうですけど……でも、パパもママもいつも同じ ”魔法” しか使わないから……」
「それは、きみの前でそれ以外の ”魔法” を使う必要がなかったからだろう。俺の知ってる ”魔法使い” の中には、自分の子供や家族には絶対に ”魔法” を見せないと決めてる人もいるくらいだ。きみのパパとママは違う考え方のようだけど。”MMMコンサルティング” は、”魔法” については箝口令……誰にも話しちゃダメだという決まりはない。ただ、きみのような子供には、慎重になるようにと言われている」
「どうしてですか?」
「誰彼かまわず言いふらされたら困るからだよ。今きみがこの男の子に話したみたいにね」
「――っ!」
女の子はビクッて体をふるわせて、両手で口をふさいだ。
お兄さんと女の子の話はむつかしそうだけど、ぼくにもなんとなくわかることはあった。
”魔法” のこと、本当は、あんまり話しちゃだめだったんだ。




