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ぼくは、くるっと後ろを向いた。
そうしたら、そこには、見たことのある女の子が立ってたんだ。
たぶん、同じ小学校の6年生だったと思う。
1年生のぼくの教室とは離れてるけど、変わってるって有名な子だったから、僕でも知ってた。
どう変わってるかというと、この子は、雨の日でも傘をささないんだ。
ぼくもいっかいだけ見たことがあるんだけど、レインコートも着てないのに、傘もささずにずぶ濡れで学校から帰ってた。
しかも、傘を持ってたんだよ。
傘持ってるのにささないって、どういうこと?って、すっごく不思議に思った。
でも、話したことなかったし、向こうは1年のぼくなんかきっとしらないんだろうなって思ったから、その時は見つからないように隠れたんだ。
そんな不思議な女の子が、今日はどうしてぼくに声をかけてきたんだろう?
ぼくがじっと女の子を見ていると、女の子は「帰らないの?」ってまた聞いてきた。
「………帰ろうかなって思ってたとこだけど………」
「どうして?」
「だって、みんな行っちゃって、ぼくひとりになっちゃったから……」
「でも、ここで何かいいことがあるんでしょ?」
「ぼくたちの話、聞いてたの?」
ぼくがビックリして聞いたら、女の子は「いけない?」って言い返してきた。
「こんなところであんな大きな声で話してたら、誰にでも聞こえると思うけど?」
女の子はそう言うと、ぼくの横をスッと通りすぎていった。
ぼくよりずっと背が高くて、長い黒い髪がフワリとゆれて、同じ小学生なのに、すっごく大人っぽく見えた。
「あなた、1年生でしょ?」
「え、ぼくのこと知ってるの?」
「同じ学校の子はだいたい憶えてるわ」
「すごい!ぼくなんか、同じ学年の子でもまだ全員は憶えられてないのに」
「1年生じゃ仕方ないわよ。この前まで幼稚園か保育園だったんだから」
「そうかもしれないけど…」
ぼくは、ちょっとだけムッとしちゃった。
そうしたら女の子にクスッて笑われたんだ。
なんかイヤだな……
女の子はそのまま歩いていくから、ぼくは思わずあとをついていった。
「いいことがあるなら、ここで待ってればいいんじゃないの?別にお友達がいなくたって、そのいいことは起こるんでしょ?」
ぼくの方を見ないで女の子は言った。
でもぼくは、ピタッと足を止めたんだ。
「………わかんない」
「え?」
女の子も立ち止まって、ぼくの方を見てきた。
「だって夢の中では、みんな一緒だったから……」
ぼくは知らないあいだに、”正夢” のことを話しちゃってたんだ。
「あ……」
ぼくは両手で口をふさいだけど、もう遅かったみたい。
「夢?夢ってなんのこと?」
女の子は小6だとは思えないくらいにするどく聞いてきた。
ぼくは心臓がドクドクうるさくなった。
「えっと……夢っていうのはぁ………」
”正夢” のことは誰にも話しちゃいけなかったのに、どうしよう……
ぼくは誤魔化したかったけど、あせったらうまく話せなくなっちゃって、どんどんあせっていった。
そうしたら、女の子が「もしかして、そのいいことって、夢で見たの?」って言ったんだ。
だからぼくはビックリして、
「え?どうしてわかったの?」
って返事しちゃったんだ。
言ってから、ぼくはまた失敗したと気付いた。
「あ……」
「……きみは素直だね」
女の子はニコッて笑った。
でもぼくは、素直とかそんなのどうでもよかった。
「どうしよう、言っちゃだめって言われてたのに……」
さっき頭の中で思ったことが、今度は口からこぼれだした。
お父さんとお母さんと約束したのに……。
ぼくは心の中でなんかいもゴメンナサイって謝りながら、うつむいた。
「ねえ、きみって、夢に見たことが現実になるの?」
「ゲンジツ?」
「ええと、本当になるってことよ。きみの夢は、本当のことになったりするの?」
女の子はそう聞いてきたけど、ぼくは答えなかった。
一瞬、答えそうになったけど、がまんした。
ギュウッて唇をしめたよ。
だけど女の子は「大丈夫よ」って、また笑ったんだ。
「え?」
パッと顔をあげたぼく。
「大丈夫?どうして?」
女の子の顔を見て聞いた。
「だって、もしきみの見る夢が本当になるんだったら、それって、”マホウノモト” だもの。別に隠す必要ないわよ」
女の子はニコニコ顔だったけど、ぼくは、女の子の言った意味がよくわからなかった。
「マホウノモト?それ、なあに?」
「マホウノモトはマホウノモトよ。知らないの?マホウって、聞いたことない?」
「マホウって、あの魔法?」
「そうそう、魔法使いとかの ”魔法” よ」
「じゃあ、”魔法ノモト” ってなあに?」
「”魔法ノモト” じゃなくて、”魔法の元” よ。でもまあ、1年生には難しい言葉だったのかもしれないわね。あのね、わかりやすく言うと、”魔法使い” になれる人には、もともと不思議な力やみんなとはちょっと違う個性を持ってるものなの。で、それが大きくなっていったら ”魔法” になるの。そうしたら ”魔法使い” になれるってわけ」
女の子は「わかった?」と聞いてきたけど、ぼくはあんまりわからなかった。
だって、もし女の子の言ってることが本当だったとしたら、ぼくは………
「じゃあ、ぼくは魔法使いなの!?」




