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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
最期に出会えた魔法使い
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10







いったいこの人は何を言い出すの?

私が ”魔法使い” ?

そんなわけないじゃない。

だって私は、今この人がやってみせたような不思議な力なんて持ってないし、人の死期だってわからない、ただの普通の、どこにでもいる高校生なのに。

そりゃ、周りの同級生達と馴染めないとか、人見知りが激しいとか、恥ずかしがりとか、普通にできないことはいくつかあるけど、別にそれが不思議なわけでもな…………



呆然の裏側、頭の中でフルスロットルで思考をまわしていた私は、急ブレーキを踏み込んだ。

そして



「…………人見知り………?」



ぽつりと、呟いていた。


すると男性は満足そうに目を細めたのだ。



「理解が早くて助かるよ」


それは、私の推測が正しいと言わんばかりの回答だった。



「まっ、待ってください!人見知りが ”魔法” って、そう言いたいんですか?!そんなの、世界中に山ほどいるじゃないですか!」


私が ”魔法使い” だなんて信じられるわけない。

人見知りが ”魔法” だなんてふざけるにも程があるし、それだって、私は彼女との出会いで変わりつつあったのだから。

現に今だって、こうして彼に言い返せているのだ。

けれど彼は微塵も動じず、「そうだね」と私に同意してみせたのだった。


「確かにただ人見知りだというだけでは、”魔法の元” としては判別できないだろうね」


「だったら、」


「でもきみは、このカードの文字を読むことができた。そうだろう?それは紛れもない ”魔法使い” 或いは ”魔法の元” の証明になるんだよ」


「そんなの……!そんなの、あなたが何か仕組んだんじゃないんですか?その ”魔法” とかで!」


詰まれた私は、焦るあまりつい攻撃的な反論をしてしまった。

まるで嘘つき呼ばわりに聞こえても、でももうそれ以外につつくところがなかったのだ。

にもかかわらず、彼は痛くもかゆくもなさそうに、穏やかに言い放った。



「きみがそう言いたくなるのもよくわかるよ。俺もそうだったからね。だから、きみが信じられないと言うならそれでもいい、とりあえず最後まで聞いてくれないかい?正直言うと、俺はきみに洗いざらいを打ち明けるつもりはなかったんだ。でも、昨日再会した彼女は、それを強く望んでいた。だから……話を続けてもいいかい?」



”彼女” というキラーワードには、私は為す術もない。

それが彼女の最期の望みだというのなら、それ以外の選択肢などなかったのだ。


”魔法使い” になれなかった彼女と、”魔法使い” だと告げられた私。

果たして彼女が何をどこまで知っていたのか、私にあのカードを託して何を伝えたかったのか、もし彼がそれを知っているのなら教えてほしい。


私は自分が ”魔法使い” だなんてどうしたって信じられないままでも、最初の約束通り、こくんと頷いて彼の話を追うことにした。



「ありがとう。ここからは、俺が ”魔法使い” として働き出してからの話だよ。”魔法使い” 専門会社に勤め出した俺は、まずいくつかの基礎的な ”魔法” を習得したのち、会社からの派遣という形で複数の医療施設に赴いた。俺に与えられた仕事のほとんどは、医療施設で患者の命の期限を見定めることだった。とは言っても、患者の延命が目的ではない。俺の仕事のクライアントは医療関係側で、患者の命ではなく、医療過誤を未然に防ぐことが狙いだったんだ。医師の誤った診断で患者を死なせないために、俺が雇われたんだよ。まだ19になったばかりで人間的にも ”魔法使い” としてもまだまだ未熟だった俺にとって、人の命を左右するかもしれない任務は相当なプレッシャーだった。報酬は新社会人にしては破格だったけど、それ以上のストレスを感じる日々だった。そんなとき、彼女(・・)と出会ったんだ」



彼の声が、ふと、柔らかく揺れた。



「彼女はとある病院で入院中だった。彼女はあの通り人懐こい性格をしてるだろう?仕事で度々入院病棟を訪れる俺に、よく話しかけてきたよ。俺とそこまで離れた年齢でもなかったし、毎日ストレス続きだった俺には、彼女との会話はいい気分転換になっていた。彼女の話を聞いていくと、何度も入退院を繰り返していて、忙しい家族はあまり見舞いに来られないのだと知った。家族と距離がある状態の彼女に、俺は、自分の過去を重ねて見てしまったんだろうね、つい仕事中だということも忘れて話し込んだりしてしまったんだよ。そのうち、俺自身のことも少しは話すようになっていった。早い話、気が緩んでしまったんだ。だから、本来なら人に聞かれないように済ませるべき仕事の報告を、廊下でしてしまった。そしてそれを彼女がうっかり聞いてしまった。想像できるだろう? ”魔法” なんて言葉を耳にした彼女がどんな反応をするのか。きっと今きみが思い浮かべてる通り、彼女は俺に次々と質問をぶつけてきたよ。最初ははぐらかしていた俺も、思わず認めてしまうほど、彼女の好奇心は凄まじかった」



言葉では困惑を滲ませながらも、その口調はどんどん優しく染まっていってるように思えた。


そして、好奇心を爆発させる彼女の様子を容易く想像できてしまった私も、自然と頬が緩んでいった。



「それで仕方なく、俺は事情を打ち明けたんだ。もともと ”魔法使い” については会社からも口止めはされてなかったからね。その代わり、さっき話した俺が働き出してから教えられた基礎的な ”魔法” のひとつに、人の記憶を操るというのがあったんだ。相手が無害なようであれば ”魔法使い” と名乗っても仕事内容を教えても構わない。でも相手が吹聴したり我々にとって害をなす存在になれば、”魔法使い” に関する記憶をすべて消すように定められていた。そして彼女は明らかに前者だった。だから俺は、彼女を見舞う度に ”魔法使い” の話を聞かせるようになったんだよ。それを聞く度に、彼女が元気になっていくように見えたからね」



―――――私が寂しいなと思ったときに限ってよくカスミ草を持って来てくれたから、彼と出会って以降は入院生活も全然寂しくなかったの―――――



そう言った昨日の彼女の笑顔が、眩しく蘇るようだった。




「彼女は本当に楽しそうに俺の話を聞いていたよ。俺の仕事は入院患者の死期を確認することだったけど、実はもう一つ会社から指示されていたこともあってね。それは、”魔法の元” を持つ人間を探すことだった。もし見つけた場合は、俺が子供の頃そうされたように、カードを本人に渡すことになっていた。まあ、スカウトみたいなものだね。この世の中には、自分が ”魔法使い” だとは知らないまま、周りとはどこか違っている自分の特性や個性に苦しんでいる人も多いんだ。彼らを助け、可能ならば一緒に働く事で、”魔法使い” にとっても人間にとってもプラスになる世界を作っていく……それがわが社の存在意義でありモットーでもあった。すると、彼女は自分にも ”魔法の元” があるんじゃないかと言い出したんだ。さっきも少し触れたけど、”魔法の元” とは、何も俺みたいに人の死期がわかるとか、祖母みたいに天気を当てられるとか、そんな特殊な力ばかりじゃないらしいからね。俺が聞いた例で言うと、人より耳が良い、目が良い、運動神経が優れている、逆に平均を大きく下回っている、記憶力がある、誰とでもすぐに親しくなれる、とんでもなくシャイ……そんな、長所とも短所とも言えるようなことが、”魔法の元” の可能性があるんだそうだ。よくよく思い返せば、俺の祖母だって天気を当てられるようになったのは結婚後だったと聞いた気がするから、ひょっとしたら祖母の ”魔法の元” は ”極度の人見知り” だったのかもしれない……俺はそんな細かなことまで彼女に話していた。そうしたら彼女は、じゃあ自分の ”体が弱い” というのも ”魔法の元” なんじゃないかとおおはしゃぎしたんだよ」



次から次から出てくる彼女の一部始終がいかにも彼女らしくて、私は嬉しいやら切ないやら、自分の感情なのに簡単には名前をつけられなかった。

けれど、彼女からの手紙に書かれていた意味は、なんとなく理解できそうで。



「………じゃあそれで、このカードを彼女にも渡したんですか?」


彼女が ”魔法使い” かどうかを知るために?



「その通りだよ。でも残念ながら、彼女にカードの文字を読むことはできなかった。…………死ぬまでずっと」


彼の言葉にドクンと心臓が鳴る。

やっぱり、彼女がいないなんてまだ全然実感できない。

それでも、彼は無情に私に突き付けてくるのだ。

彼女の死を。



「 ”魔法の元” を持っていなかった彼女にとってカードはただの紙切れにしか過ぎず、よって、彼女の居場所も、生死を含む彼女の状況も、俺には察知することはできなかったんだ。だから、彼女が命を終える直前に再会できたのは本当に偶然で、運命としか言いようがない。そして、”極度の人見知り” であるきみが彼女と出会っていたのも、きっと運命なんだろうね。彼女は昨日俺に言ったんだ。『私の親友は、あなたのお祖母さまと同じ ”魔法の元” を持ってるかもしれない。だからあの子にあのカードを渡してほしいの。それが私の最期のお願いよ』とね。まるで、 ”魔法” もないのに自分の死期を悟っている風だった。だから俺は、彼女に残された時間が24時間を切っていることを教えてしまったんだ。俺が死期を本人に告げたのははじめてだった。出会った頃と外見がほとんど変わっていない俺に、年を重ねた自分の命の終わりを宣告されて、彼女がどんな気持ちになったのかは想像できない。でも彼女は悲観するでもなく、すぐにきみへの手紙を書きはじめたんだ。ペンを握るのもやっとなのに、必死にきみへの言葉を残したんだよ。『私がいなくなったあと、あの子がひとりぽっちにならないようにしたいの』彼女はそう言って、手紙を書き上げたんだ」



知らず、手紙を握る指先に力がこもる。

彼女が、年の離れたまだ高校生の私を親友だと思ってくれていたことも、私のことをそこまで気にかけてくれていたことも、泣きそうになるほど嬉しい。

だからよけいに、ここに彼女がいないことがとてつもなく寂しい。

深くそう感じてしまえば、一度は引っ込んでいた涙の気配がじわりとにじり寄ってくるようだった。



「君も知っての通り、彼女はもう高齢だった。だからご家族へのメッセージや法的な手続きは抜かりなく準備していたそうだよ。でも、最後の最期に俺と再会したことで、どうしても君に残したいメッセージができたんだろうね。そこに何が書かれているのかは知らないけど、昨日の彼女の様子からしておおよその想像はつくよ。彼女は俺に、きみにカードを渡すように強く願っていた。そして俺の見立てでも、きみが俺達の仲間である可能性は高そうだった。だったら、本来なら彼女に頼まれずとも、俺はきみにカードを渡すべきなのだろう。でも俺は、手放しでそうすることを躊躇ったんだ。きみはまだ高校生で、極度の人見知りで、友人らしい友人もあまりいないと聞いたからだ。まず、学生の間は俺が勤めるMMMコンサルティングに関わることはできない。そういう決まりだからね。そして、”魔法使い” という仕事は、人と会う機会がとても多い。仕事内容によっては大勢の人間との初対面が毎日続くということもあるだろう。きみが今後どんな ”魔法” を習得していくかはまったくの未知だが、極度の人見知りである今のきみには、かなりのストレスになるのは間違いない。そして最後に………友人らしい友人があまりいないきみにとって、彼女との別れは相当なショックのはずだ。いくら彼女の年齢を考慮していたとしても、友人を失ったばかりなのは事実だ。そんなきみに、”魔法使い” のあれこれを説明したところでじゅうぶん納得してもらえるとは思えなかったし、それ以上に、今のきみには、親友との別れを受け入れるという、何よりも大きな仕事がある。だから俺は、カードをどこかに忍ばせておいて、後日改めてきみに ”魔法の元” があると伝えるつもりだったんだ。きみが大学受験か就職活動をはじめる頃にね。でも彼女は、それじゃ遅すぎると判断したんだろう。だから俺には無断で、以前俺が彼女に渡したカードをきみへの手紙に同封した。彼女は、もしきみが ”魔法使い” になれたら、きみはひとりぼっちじゃなくなると思ったようだ。彼女は、自分の死を、きみの心の傷に残したくなかったんだ。もしきみが自分のことを ”魔法使い” だと知れば、おそらく、彼女との別れにただ泣いて暮らす日々ではなくなると考えたのだろう。自分はなれなかったけど、きみなら ”魔法使い” になれると、不思議なほど確信していたようだから………」



私は、再び開きそうだった涙腺を、ぎゅっときつく締め上げた。

だって、私が泣いて過ごす時間を、彼女は決して望んでいなかったのだと、たった今知らされたのだから。


すると、そんな私の姿を見た彼が、「ああ、そうか…」と何か思いついたように呟いたのだ。



「もしかしたら彼女は、自分が叶えられなかった ”魔法使い” になりたいという願いを、きみが叶えてくれそうだと期待したのかもしれない。もう何十年も前に願ったことが人生の最期に叶えられそうになって、だから24時間以内に自分が死ぬと聞いてもあんなに落ち着いて……むしろどこか嬉しそうにしていたのかもしれない」


「私が、彼女の願いを………?」


それは思ってもなかったことだけど、ただ…確かに、彼女からの手紙はそう読み取れなくもなかった。

そんな私に、彼は笑いながら言った。


「何もおかしな話じゃないだろう?親友の叶えられなかった夢を引き継ぐなんて、よくあることだよ。でもそうか、とういうことはつまり、彼女にとってきみは、もうすでに ”魔法使い” だったんだ。自分の夢を叶えてくれる、最期に出会えた ”魔法使い” だったわけだ」


「え?」


「きみにとって彼女は ”魔法使い” で、彼女にとっての ”魔法使い” はきみだった。相思相愛だったんだね」


彼がそう言った直後、窓も開いてないのにふわりと風が吹いて彼女の手紙がひらりと舞い落ちてしまった。


「あ…」


慌てて手を伸ばす私のすぐそばで、彼の声が響く。


「きみ達は互いにいい友達に出会えたようだね。それじゃ、仕事が残ってるからもう行くよ。またきみが人生の選択に差し掛かった頃に会いにくるよ。それまで、きみがひとりぼっちじゃないことだけは、忘れないで―――――――




最後は、空気の中に溶けるようにして、私の耳に届いたのだった。




ふっと、風が消えたと思ったら、もう彼の姿はどこにもなかった。



「………魔法使いさん?」



姿はなくても、まだ聞こえてるかもしれない。

そっと呼びかけてみたけれど、やはり返事はなかった。

けれど私はカードを両手で包み込み、静かに告げた。



「………ありがとう、ございました………」



”魔法使い” のことはともかく、彼女の最期の願いを彼が叶えようとしてくれて、カードが今私の手元にあるのは事実だから。

届くか届かないかわからないけど、どうしても伝えたい感謝の気持ちだった。


そしてそれを伝えたい人は、もう一人…………



私は花瓶の横に置いた花束から、真ん中にある小さなピンクの花を一本引き抜いた。


花の名前はローダンセ。花言葉は ”終わりなき友情”


私はその友情の証を、隣の花瓶にスッと差し入れた。


すとん、と華奢な可愛らしい花が花瓶の中で胸を張る。


私が ”魔法使い” だなんて、空気を掴むように感触のない話だけど、それを彼女が最期に望んでくれていたのだとしたら、私だってそれを叶えたいと思う。

だって親友なんだから。



けれど、もしかしたら彼が言ったように、私はすでに彼女にとって ”魔法使い” だったのかもしれない。

彼女が私にとっての ”魔法使い” だったように。



私たち二人は、お互いにとっては、もう ”魔法使い” だったのだ。

”終わりなき友情” の名のもとに………










最期に出会えた魔法使い(完)








誤字をお知らせいただき、ありがとうございました。

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