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「俺は、いたって普通の子供だった。きみみたいに極度の人見知りでもなかったし、彼女のように体が弱かったわけでもない。ただ、ひとつだけ、人と違っていることがあったんだ。どういうわけだか、俺は、人の最期がわかる……ことが多かったんだよ。でも、最初はそれに気付かなかった。これについて一番古い記憶は、五つになる前の頃だと思う。入院中の祖父を見舞ったときだった。ふいに、祖父との別れを感じたんだ。寂寥感、喪失感みたいな感覚が、強烈な激しさで俺に殴りかかってきた。まだまだ幼かった俺は、突然のことにパニックになって、大騒ぎで周りの大人達に訴えた。『おじいちゃんがいなくなってしまう!』とね。けれど当然大人達は子供の俺の言うことなんて信じるわけない。せいぜい感受性が強いとかその程度でしか捉えてなかったんだろう。ところがただ一人、たまたま祖父と同室の患者の担当医だった医師は、俺が一人になったすきに詳しく話を聞きたがったんだ。俺はありのままに説明した。そうしたら、その日のうちに祖父の再検査が行われて、重大な見落としが明らかになった。すると不思議なことに、俺が祖父に感じていた壮絶な喪失感がぴたりと消えたんだ。その後、俺と両親は病院側に会議室のようなところに呼び出された。そこにいたのは、俺の話を聞きたがった医師と、病院長、そして複数の政府関係の人間だった」
「政府関係って……あ、すみません」
意外な登場人物に思わず声を発していしまった私はすぐさま手で口を覆った。
彼は「いいんだよ」と笑み、話を続けた。
「いきなり政府なんて聞くと戸惑うのも無理ない。当時は今みたいに平和が当たり前で治安のいい世界ではなかったから、政府関係と聞いただけで両親も相当不安そうだったと記憶してるよ。でも俺はいまひとつピンときてなかった。まだ子供だったからね。だけどそんな子供の俺でも、彼らが普通じゃないことは肌感覚で察した。そしてそれは正しかった。彼らのうち一人は、自分を ”魔法使い” だと名乗ったんだ。今の俺みたいにね。でもまだ幼かった俺は、”まほう” という言葉を聞いたことはあっても、あまりよくわかってなかった。だから彼らは俺ではなく、俺の両親に対して説明していたよ。遥か昔から、この世界には不思議な力を持つ者がいたこと、戦後、それを ”魔法” と総称することに決まったこと、不思議な力を持ってる者を ”魔法使い” と呼ぶこと、”魔法使い” になるための不思議な力を ”魔法の元” ということ、”魔法の元” というのは人それぞれで、俺が祖父に感じたことも、”魔法の元” だろうということ、俺の ”魔法の元” は人の死期を察知できる力で、つまり俺は知らないうちに祖父の命を救っていたこと、 ”魔法使い” になる資格を有している俺には選択権があること、”魔法使い” として生きるのか、普通の人間として ”魔法” とは一切関わらない人生を送るのかを、18になるまでに決めておいてほしい………そんな内容だったよ」
政府関係
死期を察する力
魔法の元
選択
18………
すべてのことが当然ながら初耳で、どうしたってすぐに頭で理解なんてできるわけなかった。
私にできることはただ黙って彼の説明を聞くだけだったのだ。
「父も母も、今のきみのようにひどく動揺していたよ。そして父は彼らに、18まで待たずとも今すぐ普通の人間としての人生を選ぶと答えた。でも彼らは聞き入れなかった。選択は、あくまでも俺自身によるものしか受け入れないとね。”魔法” を悪用する人間は多く、それは肉親であってもあり得る話だと彼らは断言した。だから、当時社会人として働き出す若者が多かった18という年齢で区切って、自分の人生を決めるようにとのことだった。その際、もし ”魔法使い” を選ぶのであれば、”魔法使い” 専門の就職先を紹介するとも言われたんだ。それは政府とも繋がりのある信頼できる企業で、しかも、信じられないほどの好条件だった。まあこのあたりは後々俺が大きくなってから改めて聞かされた内容だけどね。当時は何も理解なんかしてなかった。俺の両親だって、まだ幼い子供に何言ってるんだと取り合わなかった。でも、話を聞いていくうちに、徐々に両親の俺を見る目が変わっていったんだ。といっても、何も提示された好条件に目がくらんだわけじゃない。俺を、化け物でも見るような目で見はじめたんだよ」
「え………?」
「まあ化け物というのはやや大袈裟かもしれないけど、気味悪そうな感じだったのは確かだよ。特に母親はね。ただそれも無理はないと思う。彼らが言うには、俺が ”魔法使い” を選んだ場合の働き先は ”魔法使い” 専門の会社で、そこで働く ”魔法使い” は、年をとらなくなるんだそうだ」
「え?」
「何も不老不死というわけではないんだけど……まあ詳しいことはここでは省いておくよ。長くなりそうだからね。でもそういうことだから、きみにさっき年を尋ねられても俺は正確には答えられなかったんだよ。もう自分の年齢を数えるのはやめてしまったからね。ただ百歳は超えてないはずだよ?まあそれは今は置いておくとして……そういう事情があるから、18になるまでは普通の人として肉体的にも精神的にも成長し、そのあとで ”魔法使い” になるかどうかを選択してほしい、俺の力は珍しいから是非一緒に働きたい、それはこの国のためにも国民のためにもなるはずだから、そう言われたんだ。当然、当時の俺には何のことだかさっぱりだったけど、両親の様子があきらかに変わったことだけは感じた。良くない方にね。ただ幸いなことに、祖父は事情を知っても俺への態度を一切変えることなく可愛がってくれた。俺が祖父の命を助けたせいもあったかもしれない。でも、実はすでに亡くなっていた祖母にも不思議な力があったらしいんだ。祖母は、かなりの高確率で天気を予測することができたらしい。祖父と祖母はそのことを誰にも言わず、二人だけの秘密としてこっそり楽しんでいたそうだ。二人ともまさかそれが ”魔法” だとは思わなかったんだろうけどね。だけどその祖父も俺が小学生のときに亡くなった。人の最期がわかるといっても、延命ができるわけじゃないからね。俺は祖父をただ泣いて見送るしかできなかった。でも、祖父は亡くなる直前まで、祖母のことを色々聞かせてくれた。おそらく、”魔法” のせいで家族から孤立しがちな俺を残して逝くのが心配だったんだろうね。不思議な力があるのは俺だけじゃない、よくそう言ってくれたから。そして祖父は最期に、祖母が極度の人見知りだったことを教えてくれたんだ」
「え……極度の人見知りって、まるで………」
その言葉は、さすがに聞き過ごせなかった。
彼の方もそれは見越していたようで、「うん、そうだね。きみと同じだ」と微笑んでみせた。
けれど一呼吸も置かないまま
「でも、今はひとまず俺の話を続けさせてくれるかな?これに関することは後で詳しく説明するから」
そう先回りされてしまえば、私は頷くしかなかった。
「ありがとう。……祖父を亡くしてからは、家族とのぎこちない日々だった。はっきり虐待と言えるものはなかったものの、後から思えば心理的にはその一歩手前だったかもしれない。だから俺は、高等学校卒業後は進学せずに家を出て働くつもりだった。といっても、子供の頃出会った自称 ”魔法使い” の彼らとはその後接触はなかったからね、俺は普通の会社に就職するつもりだった。でもそんなある日、俺の前にその自称 ”魔法使い” が再び現れたんだ。十数年ぶりに、当時とまったく変わらない姿でね。聞けば、ある物を使って俺のことをずっと見守ってくれていたらしい。それは、”魔法の元” を持つ人間、”魔法使い” になる資格を有している者にしか意味を成さない物なんだけど………何のことだか、きみにももうわかるだろう?」
問われて、私はずっと握りっぱなしの二枚のカードに視線を落とした。
「そう、そのカードだよ。当時まだ子供だった俺に、彼らはそのカードを渡していたんだ。俺はそんなカードもらったことすら忘れて、どこにしまったかも覚えてなかったけど、どうやらそのカード自体が ”魔法” だったみたいでね、渡した相手の居場所や生死を含む状態などが渡した本人には把握できるんだ。カードに施された ”魔法” はこれだけじゃない。例えどこかに落としても、一度持ち主を定めたカードはいつの間にかその持ち主のもとに戻ってくるし、そこに記されている情報は ”魔法の元” の持ち主、或いは ”魔法使い” にしか読むことはできない。 つまり、」
「待ってください!」
どうしても黙っていられなかった。
”極度の人見知り” 以上に、聞き過ごすなんてできるわけなかった。
だって、その言い方じゃまるで………
彼はゆるやかに唇を閉じ、私は逸る想いのまま尋ねた。
「このカードに書かれてる情報を読めるのは、”魔法使い” だけ………そう言いましたよね?」
「そうだね」
「でも私、今、このカードの文字が読めるんですけど………」
「そうだろうね」
「そうだろうねって……それじゃあ、つまり、私は………」
「俺と同じく、”魔法使い” 、或いは ”魔法の元” の持ち主ということになるだろうね」
さらりと爆弾発言を放った彼を、私はただただ呆然と見つめ返していた。




