8
ところが彼は私の態度に「へえ…」と、まるで感心したような反応を示したのだ。
「きみたちは親友だと聞いてたけど、リアクションが真逆なんだね。彼女は俺が魔法使いだと認めたら、それはそれは興味深そうにあれこれ尋ねてきたんだよ?まあでも、どちらかというときみのリアクションの方が多数派だろうけどね。だって彼女、魔法使いを信じるどころかしまいには自分も魔法使いの資格があるんじゃないかと言い出すほどだったからね」
「………自分も魔法使い?」
それを聞いて、私は爆ぜた感情がスッと冷めるのを感じた。
そしてすぐ、床に落ちたままの彼女からの手紙を拾い上げた。
そこには、彼女が魔法使いになりたかったと思しき一文が書き記されていたはずだ。
――――私は魔法使いにはなれなかったけれど、
あなたなら、きっとこのカードが役に立つはずだから――――
開いた手紙には間違いなくそう書かれていた。
つまり、彼女が魔法使いに焦がれたものの自分は魔法使いにはなれなかったと、そう読み解けるのだ。
すると彼が私の手元を見て「ああ、彼女が昨日書いてた手紙だね」と言ったのだ。
「この手紙のこと知ってるんですか?」
「そうだね。きみに手紙を書くとは言っていたからね。内容までは知らないし、そこにカードを同封していたことも知らなかったけど。そもそも、彼女がそのカードをまだ持ってたことも驚いたくらいだよ」
「じゃあ、このカードのこと知ってるんですよね?」
「もちろん。俺が何十年も前に彼女に渡したものだからね」
「何十年も前にって………あなた、いったい今何歳なんですか?」
目の前の彼は、どう見ても二、三十代くらいで、もし四十代と聞いたら吃驚してしまうような容姿をしているのに。
けれど彼は「きみが訊きたいのは俺の年齢なのかい?」と、諭すように返してきたのだ。
「それは……そうじゃありませんけど………じゃあ、じゃあ、いったいこのカードに何の意味があるんですか?彼女の手紙には私にとって役立つみたいなことが書かれてあったんですけど、どういう意味なんですか?」
彼は「ああ、やっぱりそうか……」と納得顔で頷くと、何か思案するように自分の顎に指をかけた。
やがて
「きみは、本当に何も聞かされていないんだね。きみのためにも誤魔化した方がよさそうな部分は触れないまま説明しようと思っていたけど、こうなったら包み隠さずすべてを話すした方がよさそうだ。カードのことも、彼女がどうして君に手紙を残したのかも、全部説明するよ。その方がきみの気持ちの面でも最も健全なのだろうからね。ただし、ひとつだけ条件がある」
「……何ですか?」
私はごくりと唾を飲んだ。
自称 ”魔法使い” のこの人に、いったいどんな条件を提示されるのかと身構えたのだ。
ところが
「それは、俺の話を最後まで聞くということだ。例え信じがたい話が出てきたとしても、さっきのように否定しないでちゃんと最後まで聞いてほしい。いいかい?」
彼は穏やかに優しく言い含めると、サッと屈み、私が落としたままだった封筒を拾った。
その銀行の封筒を私に差し出した彼は、穏やかで優しくて、そしてほんの少しだけ悲しそうな目をしていた。
「……わかりました。最後まで、ちゃんと聞きます」
私は封等を受け取ってから、彼の目を見つめて答えた。
彼は唇でだけ微笑んで、静かに話しはじめた。
「きみが ”魔法使い” というものを信じても信じられなくても、”魔法使い” は存在する。証明になるかはわからないが、この場で披露できるとしたら…………」
彼はそう言って私の握っていた手紙やカードを指差した。
すると
「――――っ!!!!!」
二枚のカードが、私の指先からス――――ッと抜き出たのだ。
まるでトランプゲーム手持ちのカードを引き抜かれたように、見えない指がカードを摘んでいるかのように。
「なっ…………」
何なんですか?!そう叫びかけて、思わずぎゅっと口を閉じた。
最後まで話を聞く、そう約束したばかりなのだから。
でも目の前で起こってる信じられない現象に絶叫を堪えるのは至難の業で、私は声だけでなく息まで閉じ込めてしまった。
すると彼からフッと吐息が聞こえてきて、かと思えば抜き出たカードがまたスッと私の指の中に帰ってきたのである。
「――っ!!」
勝手に動き出すカードにギクリと全身全霊で震えてしまう。
二度めなのでさっきより驚愕度は減ったとはいえ、物理的にも理論的にも精神的にも信じられない現象なのだから当然だ。
でも………
「これが…………魔法?」
物理も自然も法則をすべて飛び越えて、かつ理論や常識も取っ払ってしまう現象には、それ以外の名前が見つからなかった。
なのに自分でそう言いながらも絶対的な現実味を感じられない感覚に、私の感情は大混乱だ。
恐怖と不安を隠さずに彼を見上げると、
「そうだよ」
彼は穏やかで優しくて、そして今度はほんの少しだけ申し訳なさそうな目で頷いた。
そんな顔をさせてしまったのは私の態度に他ならない。
そう思うと、私も申し訳なくなってきて、でも未知過ぎて彼の存在が怖いのも事実で、こんなとき、対人コミュニケーションが上手な人だったらどうとでも対処できるんだろうなと自分の性格を嘆きたくなる。
でも、彼女と過ごした時間を無駄にはしたくなくて、私は、怯え気味な顔色だけでもどうにかできないかと頑張って唇の端を動かしてみた。
ぎこちなく、ひくつく口角。
ただ、私のそんな心境は、彼には筒抜けだったのかもしれない。
「怖がらせてしまったのなら申し訳ない。でも、俺がきみを傷付けることは絶対にない。誓うよ。だから最後までどうか話を聞いてほしい。それがきっと彼女の最期の願いでもあったのだろうから」
「最期の願い……」
――――あなたなら、きっとこのカードが役に立つはずだから。
彼女がそう言って私に微笑んでる姿が容易に思い浮かんだ私は、今度こそ、最後までこの人の説明を聞こうと心を固めた。
「………そうですね、私もそう思います。………教えてください、このカードのこと、それから………”魔法使い” のこと」
私がそう告げると、彼は穏やかに優しく、そして私を包み込むような眼差しで嬉しそうに微笑んだ。
そこから、決して短くはない説明がはじまった。




