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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
最期に出会えた魔法使い
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ビクッと全身を震わせた私をよそに、暢気な声が部屋に入ってくる。


「ああ、よかった、まだいてくれて」


ホッとしたような声でそう言いながら入ってきたのは、さっきとは別の看護師だった。


「あなたがこの病室にいるって聞いたから、急いで来たのよ」


息を切らすほどでないにしても、確かにそんな気配をまとっている。

けれど、特に親しくもない彼女が私に大慌てで私に会いに来る理由がまったく見当たらないのだ。



「私に、何か……?」


人見知りを発動させつつもそう問うと、彼女は「そうなのそうなの」と早口で繰り返し、制服のポケットから何かを取り出した。



「これを渡すように頼まれたのよ。はい、どうぞ」


差し出されたのは、銀行の封筒だった。


「………これ、何なんですか?」


訝しんでしまった私に、看護師は「あ!」と封筒を見やった。


「違う違う、違うのよ、銀行は全然関係ないから!たぶん、手近にあったのがこの封筒だっただけだと思うの。別にお金とかじゃないから安心して受け取って?」


焦って説明されても、やはり心当たりはなかった。

でも、看護師が説明を続けてくれたおかげで、差出人がわかったのだった。


「昨日、あなたがお見舞いから帰ったあとに夜勤の看護師が頼まれたみたいなの。もしものときは、これをあなたに渡してほしいって。それで……まさかその直後にこんなことになるとは想像もしてなかったみたいで、預かった看護師もさっき思い出したんですって」


差出人は、彼女だ。

そう気付くや否や、私は花束を花瓶の横に置き、その封筒を両手でしっかりと受け取っていた。


「これを、私に………?」

「そうよ。預かった看護師も私も中身が何なのかは知らないんだけど、この感じからして、手紙かしらね。ひょっとしたら………ご本人が、何か(・・)察することがあったのかもしれないわね。それで、お世話になったあなたに伝えたいことがあったのかもしれないわ」


彼女が、私に、伝えたいこと………?


「それじゃ、確かに渡したわよ。この部屋はまだすぐには使わないから、ゆっくりしていってくれて構わないわ。じゃあ、帰る時は声かけてね」


看護師は私を急かさないように気遣いながら、部屋を出ていった。


一人になった私は、わずかな不安を抱えつつ、封筒の中を確認してみる。


すると封筒からは、一枚のカードと三つ折りの紙が出てきたのだった。



「M………?」


私は無意識のうちに、カードに大きく書かれていた文字を読み上げた。

白地の名刺くらいの大きさの紙に、黒いデザイン性のあるフォントでたった一文字 ”M” とプリントされている、印象的なカード。

けれど、これが何のカードなのか、何を意味するのかがわからなくて、私はとりあえずカードは後ろにまわし、三つ折りの紙を開いてみた。


それは、看護師の予想通り、彼女から私への手紙だった。

ただ、ドラマや映画なんかで出てくる感動の長文ではなく、短いものだった。




――――あなたは、ひとりぽっちじゃない。

    でももしひとりぽっちだと思ったら、昨日の魔法使いを思い出して。

    私は魔法使いにはなれなかったけれど、

    あなたなら、きっとこのカードが役に立つはずだから。

          あえなくなっても、私たちはいつまでも友達よ――――




彼女からの最期のメッセージは、吹けば飛んで消えてしまいそうなか細い文字で書かれていて、おそらく、この短い文章を書きとめるのも大変な作業だったのだろうと想像つく。

なのに私は、彼女がそこまでして私に伝えようとしてくれた内容を、いまひとつ理解できなかったのだ。


”魔法使い” というのは、昨日、私が彼女に頼まれて探したあの男性のことだろう。

でも、”このカード” というのは………



私はさっきの ”M” と書かれたカードをもう一度見てみる。

でもやっぱり、このカードが何なのかさっぱりだ。

”M” という文字だって、私のイニシャルでも彼女のイニシャルでもないのだから。


全然解けない謎に首を傾げながらそのカードを裏返した、そのときだった。



「―――っ!!!!!!」



私は思わず、両手からすべてのものを投げ出していた。


男性から渡されたハンカチ、彼女からの封筒、手紙、そしてカードが、病室の床に散らばり落ちる。

だけど私は、裏返ったまま床に着地したそのカードに釘付けになっていた。


そこには、”M” と一文字のみ書かれた表とは違い、”M” よりも小さな文字が並んでいた。

いや、並んでいった(・・・・・・)、と表現した方が正しいだろう。


何も書かれてない場所に、一文字ずつ現れていったのだから。

まるで、子供の頃に果汁を使って遊んだ ”あぶり出し” のように。


今も、一文字、また一文字と出現していって………


数字だったり、漢字だったり、繋がった形で読むと、それは住所や電話番号のようだった。


やがて、全ての文字が出尽くしたのか、文字の出現はぴたりと止まった。



「………なに、これ…………いったいどうなってるの………?」



私は視線を固めたまま、心のままに呟いていた。


手品……?でもここには私以外誰もいないのに。

じゃあ、いったいどんな仕掛けになってるっていうの?


怖さが真っ先にあるけど、文字の出現が止まった今は、どんどん気にもなってきて。


私は少しの逡巡ののち、恐る恐る、床に落ちた不思議なカードに手を伸ばした。


けれどそれを拾う直前、視界に入り込んできたもののせいで、びくりと手を停止させてしまったのだった。



床に散らばった私の落とし物のうち、白いハンカチが半分ほど開いた状態になっていて、その隙間からは、”M” と書かれたカードがはみ出ていたのだ。


それは二枚目の ”M” のカードだった。












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