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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
最期に出会えた魔法使い
21/67







早朝、ご家族からの電話で起きた私は、母の運転する車で彼女の元へと急いだ。


最期は、言葉を交わすことはできなかったけれど、旅立ちの瞬間には立ち会うことができた。



そのあと、一緒にいられたのは少しだけで、朝早かったこともあり、私は一旦自宅に戻って朝食と身支度をし、改めて彼女の元に戻ったのだった。



けれど、ほんの二時間ほど前まで彼女が眠っていたベッドはすでにきれいに片付けられていて、彼女が使っていた日用品や荷物もなくなっていた。

唯一、窓際の棚の上にガラスの花瓶が残っているだけで、それ以外は跡形もなく彼女の気配が消されていたのである。


私は、ひとりきりの病室で、今朝まで確かにカスミ草が生けられていたその花瓶に静かに触れた。


昨日、私はここに確かに二人分のカスミソウを生けたのだ。

私と、彼女が ”魔法使い” と呼ぶあの男性の分のカスミ草。


なのに今目の前の花瓶は空っぽで、昨日の出来事が全部夢か幻だったんじゃないかと疑ってしまいそうになる。



………………彼女は、もう、いないんだ



花瓶から手を離し、ぼんやりと、実感が満ちてくるのを感じていた。


彼女の年齢を考えれば、出会ったときの状況を思えば、そう遠くない未来にそのとき(・・・・)が訪れること、わかっていたはずなのに。


わかっていたからといって、覚悟までできるわけじゃないんだな………




どれくらいそうしていたのか、私は背後で扉の開く音がして、我に返った。



「ああ、来てたのね。ご家族の方とはもう会えたのよね?」



顔馴染みの看護師が病室には入らず、廊下から声をかけてくれた。



「はい……」


そのご家族は色々と手続きとかで忙しいらしいけど、彼女は今、別の場所で家族水入らずで過ごしているはずだ。


「皆さん、あなたに感謝してらしたわよ。いいボランティアさんと出会えて良かったって。あなたと会ってから新しい友達ができたってすごく楽しそうにしてたんですって」

「そうですか……」

「じゃあ、帰る時は顔見せに来てね。スタッフにもあなたのことを気にかけてる人がいるから、顔を見せて安心させてやって」


看護師はそう言うと、いつも通り仕事に戻っていった。


その背中を見送りつつ、この看護師とこうして普通に話せるようになったのも彼女のおかげだったな……なんて、ぼんやり記憶を辿ったりしていた。


彼女のおかげで………


思いを馳せながら、いつものようにベッドに向き合う。

寝具が片付けられて、彼女がいた痕跡がなくなってしまったそこは、ひどく無機質に感じた。



どれくらい経っただろう。

ふと、扉も開いてないのに背後でふわりと空気が揺れる気配があった。

そして



「大丈夫かい?」



軽やかに、彼の声が舞った。


突然のことだったけど、私は驚きはしなかった。


どうしてだか私は、彼がここに来るような気がしていたから。



「………大丈夫だと思いますか?たったひとりの友達と別れたばかりで、大丈夫だなんて言えると思いますか?」


私は振り返らずに答えた。

自分でも不思議なほど、心の声がそのまま漏れていた。

やはり彼が相手だと、極度の人見知りも鳴りを潜めてしまうようだ。



「大丈夫じゃないですよ、全然」


もう一度繰り返す。

でもなぜか、涙は出てこなかった。

すると彼は、スッと横からカスミ草の花束を差し出してきたのだ。



「……彼女にですか?」


彼女は、もうここにはいないのに。

私は顔だけを後ろに向かせながら尋ねた。

けれど彼は「これはきみにだよ」と言ったのだ。


「私に……?」

「そう。彼女から、きみに」

「え?」

「昨日、きみが花瓶の水を入れ替えにいってる間に頼まれたんだ。きみを元気付けるのが、彼女の願いだった。ちなみにこの花を選んだのは彼女だよ。さあ、受け取って?」


その花束は、カスミ草以外にも小さなピンクの花達が含まれていて、確かに昨日男性が彼女に贈ったものとは違う。

花弁はピンクだけど真ん中部分が黄色い、見たことがあるようなないような花だ。


思ってもなかった彼女からの贈り物に驚きを隠せないまま花束を受け取ると、彼が穏やかに告げた。



「そのピンクの花はローダンセ。花言葉は ”終わりなき友情” 」

「――――っ!!」



たまらず、私は花束を抱きしめていた。



終わりなき友情………



可愛らしいその花を胸に抱き、花言葉を噛みしめたとき、きつく結んだリボンが解けるように、するすると涙が溢れてきた。



ああ、私もこんな風に友達を想って泣くことができるようになれたんだ。

彼女のおかげで。

やっとできた、私の友達………


一粒、また一滴と落ちていく涙が、彼女の存在の大きさと大切さを教えてくれる。


黙ったままただ泣き続ける私に、彼が白いハンカチを差し出してくれた。

そして私がそれを握るのを待ってから言った。


「彼女にとって、きみはとても大切な友達なんだろうね。俺にも、きみのことばかり話していたよ。昨日、彼女は俺のことを魔法使いと言ったけれど、きみにとっての魔法使いは、きっと、彼女だったんだろうね」



そう聞こえたかと思えば、窓も開いてないのにふわっと風が入ってきて、次の瞬間にはもう彼の姿はどこにもなかった。


まるで風に攫われたかのように、消えてしまったのだ。



「…………え?」


きょろきょろと見回しても、彼はどこにもいない。


だけど不思議と、そこまでの驚きはなかった。

だって、なんだか退場の仕方までが、とても魔法使いっぽかったから。



「魔法使い…………そうですね」


私は、いなくなってしまった彼に、静かに答えた。


彼の言ったように、私にとっての魔法使いは、彼女だったのかもしれない。



私は頬を伝う涙が友達からの最後の贈り物の上に落ちないように、静かに拭った。


私こそ、彼女との ”終わりなき友情” を誓いながら…………




そうして、私の頬から涙がすべて消えたとき、またもや背後で扉が開いたのだった。












誤字をお知らせいただきありがとうございました。

訂正させていただきました。

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