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病室に戻ると、彼女はそれはそれは大喜びで、まるで生き別れていた肉親と再会したかのような熱のこもった態度で憧れの人を出迎えた。
「やっぱりあなただったのね!また会えて嬉しいわ!本当に嬉しい!連れて来てくれてありがとう!」
私への礼も忘れなかったけれど、彼女の今日の一番はやはり彼なのだろう「あなたは全然変わらないわねえ。さすが魔法使いは伊達じゃないわ!」と、感動しきりだ。
「きみだってちっとも変わってないと思うけど?」
男性はスマートに返してみせた。
ところが彼女はその反応が少々お気に召さなかったようだ。
「それはそれでちょっと複雑だけど。あなたと会ってた頃の私はまだ子供だったのよ?その頃と変わってないなんて、まるで成長してないみたいじゃない」
すると男性は手のひらを上げて降参のポーズをとった。
「訂正。きみはとても大人っぽくなったね」
その仕草と砕けた言葉遣いが、時間を越えても二人の親しさが健在なのだと示しているようで、ちょっと羨ましくなる。
私もいつか、彼女とこんな風にふざけ合える日がくるのだろうか……
ひとしきり笑い合った後、久々の再会は、彼が手渡したカスミ草でクライマックスに突入した。
「わあ、あの頃と同じ!覚えててくれたんだ?嬉しい!綺麗で可愛い花束をどうもありがとう!」
まさしく花が咲いたような笑顔になった彼女の方こそ、とても愛らしいと思った。
男性の方も、整った相好をを品よく崩して、「どういたしまして」と優しく笑う。
だから私はそんな二人の空気を壊したくなくて、カスミ草を抱えたままの彼女にそっと申し出た。
「お花、花瓶に生けてこようか?」
「ありがとう。お願いできる?」
彼女はまるで慈しむようにカスミ草を見つめて。
「それじゃあ、あなたのと一緒に生けてくれる?」
私が今日持ってきたカスミ草も、同じように愛しそうに見つめてくれた。
「二つの花束が一緒になったら、幸福も倍になりそうだね」
ロマンチストっぽい彼は花言葉を絡めてそう言ってから、ふと思い出したように「それで、俺を探してたのは何か理由があるのかな?」にっこりと彼女に尋ねたのだった。
「そうね、理由はいくつかあるわ」
彼女は笑いながら答えた。
「ひとつ目は、昨日あなたを見かけて懐かしくなったから。それから、あの頃私をカスミ草で励ましてくれた感謝をあなたにちゃんと伝えたかったことが二つ目。三つ目は………あなたを、彼女に会わせたかったから、かな?」
まるで準備していたかのようにスラスラ答えながら、彼女はふっと私に視線を送ってきた。
「え?私……?」
「そう。だってあなたは、あの頃の私とよく似てるから」
「そうかい?二人とも可愛らしいけど、彼女はきみと違って健康的に見えるよ?」
可愛らしいと言われて、どっと赤面する。
人見知りには取り扱い注意な褒め言葉だ。
「ちがーう!外見のことを言ってるんじゃないの。あの頃私は一人でいることが多かったでしょ?彼女も、友達とワイワイ賑やかにするタイプじゃないみたいだから。でも私は、あなたからのお見舞いとカスミ草にずいぶん救ってもらったわ。だからもしあなたともう一度会えるのなら、今度は私の大切な友達も元気付けてほしかったのよ」
「―――っ!」
私は、彼女がそんな風に考えてくれてたなんて思いもよらなくて、ただただ嬉しくて、言葉に詰まってしまった。
すると男性は彼女の抱えたカスミ草を少し抜き取り、スッと私に握らせたのだ。
「きみは、いい友達と出会えて幸福だね。だからきみも彼女も、もうひとりぼっちじゃないよね」
私の手の中でふわりと揺れる小さな花達。
花言葉は ”幸福” と ”感謝” らしい。
「………そうですね。友達になれて、私、すっごく幸福です」
心からそう思う。
でもこの話を続けると泣いてしまいそうで、私は手の中のカスミ草がぼやける直前、涙を瞼の縁で引き止めるため、やや強引に話題を変えた。
「…そういえば、”魔法使い” って言葉が、二人の秘密の言葉だったんですよね?」
彼女が私に託した秘密の言葉だ。
それを聞いた彼女と男性は、顔を見合わせたとたん、クスクス笑いだした。
「あんなに大声でそう呼ばれたのは久しぶりだよ。きみが彼女に教えたんだってね?」
「あら、いけない?だって、あなたは本当に魔法使いじゃない。私が一人で寂しいと気落ちしてる時に限って、どこからともなくカスミ草と共にやって来るんですもの。神出鬼没にね」
「神出鬼没……ちょっとわかるかも」
私はこっそり賛同した。
「そうかな?自分ではそんなことないと思うんだけどね。俺のまわりにはもっと神出鬼没な連中が大勢いるよ?」
「それでもあの頃の私には、あなたがくれるカスミ草を見るだけで元気になれたのよ。まるで魔法にでもかかったみたいに」
「じゃあやっぱり魔法使いだ」
私もジョークで参戦した。
「ただ、箒で空は飛べないんだよ。残念ながらね」
彼のひと言に、三人で声をあげて笑った。
憧れの魔法使いと過ごせた時間は、彼女にとって幸福な瞬間となったようだった。
そしてそれは私にとっても、幸福な時間だった。
初対面の人とだって冗談を言い合えるようになったのだと、ちょっとだけ自信が持てたから。
一緒に笑い合える友達がいて、その友達の友達とも一緒に笑い合えて、一人ぽっちじゃないと思えたから。
その晩、私はベッドの上で手に負えないくらいの幸せを噛み締めながら、眠りについたのだった。
翌朝、彼女は眠るように息を引き取った。老衰だった。




