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――――どうして私は、みんなみたいに上手くできないんだろう………
”おはよう”
そのたったひと言さえ言えず、私は今日も、おしゃべりの輪を広げる同級生達から離れたところで、俯くことから一日が始まってしまった。
”人見知りなところがあるので、次学期はもっと積極的にお友達に話しかけてみましょう” とは、小学生時代の成績表に必ず記載されていた担任教諭陣からの言葉だ。
人見知りだからこそ、積極的にクラスメイトに話しかけられないというのに、なぜか辻褄の合わない総評は毎年ほんの少しのニュアンス違いで必ず私の成績表に記されていた。
私だって、自分が極度の人見知りだということは自覚もあるし、どうにかした方がいいことだってわかってる。
でも、高所恐怖症の人には無理強いしないくせに、対人恐怖症はどうにかしろだなんて、それって恐怖症差別じゃないの?
………なんて馬鹿げたこと考えてもしょうがないことだって、ちゃんと理解しているのだ。
高所恐怖症は生きていくのに問題ないケースがほとんどだけど、対人恐怖症を背負ったままでは生きにくいなんて、四六時中実感中だったのだから。
でも、どうにかできるものなら、とっくの昔にどうにかしている。
心の中でいくらおしゃべりしていても、いざ誰かを目の前にすると、言葉が急に引っ込んでしまうのだ。
男子女子、大人子供関係なく。
物心ついた頃から、ずっとこうだった。
心配した親が医療機関に相談したり、お稽古事に通わせて同年代の子供と触れさせたり、色々試してみたらしいけど、一向に改善の兆しはなかった。
そのうち、担当医からは無理な強要は大きなストレスになるからと告げられ、私の人見知り改善大作戦はあえなく一時休止となったのだ。
確か、小学校中学年くらいのことだったと思う。
逆に言えば、その年齢までは親も私もどうにかしなきゃと躍起になっていたわけで、頑張ればどうにかできるんじゃないかという、僅かばかりの淡い期待も持っていたのだ。
でも、ドクターストップがかかってしまった。
つまり、これはもう、努力や頑張りなんかではどうにかできる問題じゃないのだと、専門家にお手上げ宣告を出されたようなものである。
我ながら、卑屈な考え方だと情けなくなるけれど、実際、私も周りも、この人見知りには完全にお手上げ状態なのだ。
だって、時々出会う、社交性の塊のような、世界人類皆友達!みたいな人でさえ、その手腕を私の前では発揮できずじまいだったほどなのだから。
けれど、世の中には不思議なこともあるもので。
青天の霹靂が起こったのだった。
※※※
「え?好きな人がいるの?」
学校の帰りに入院してる友達の見舞いに来ていた私は、思いもよらぬ秘密を打ち明けられ、思わず大きな声がでてしまった。
そう、こんな私に、友達ができたのだ。
ほとんど人生ではじめてと言っても過言ではないと思う。
まさに青天の霹靂とはこのことで、私にとっては前代未聞、超奇跡的な大事件だった。
市のボランティアで出会った彼女は、相も変わらず人見知り炸裂で会話らしい会話もできず、挨拶さえもろくに返せなかった私にでも優しく辛抱強く接してくれて、でも、決して無理強いもせず、無闇に明るさを振り撒かない、黙っていても一緒にいて居心地のいい、とてもとても稀有な人だった。
次第に私も戸惑いながらも少しずつ話せるようになっていって、たどたどしくもどうにか会話のキャッチボールができるようになって、やがて、私の中で彼女はただの ”知り合い” から ”友達” へと、その名前を変えたのだった。
今までも、彼女みたいに人見知りの私に根気よく付き合ってくれた人はいたけれど、どうしても打ち解けることができなかったのに………
その人達と彼女、いったい何が違ったのか、明確な理由は私自身もわからないけれど、どうしてだか彼女だけは特別だったのだ。
本当に不思議だけど。
ともかく、その彼女が数週間前に風邪をこじらせて入院してしまったので、私はほぼ毎日、学校帰りにお見舞いに来ていたのだ。
彼女は入院患者のわりには元気で、私は彼女が個室なのをいいことに、毎日面会時間ぎりぎりまでおしゃべりをして過ごしていた。
話題は、その日にあったこ出来事や、見たテレビ番組、読んだ本のこと、時事ニュースにお互いの好きなことや興味を持ったこと………まあ、他愛もないことと言えばそうだけど、別に友達との会話に刺激なんか求めてないので、私にはじゅうぶんだった。
けれど。
今日は彼女からはじめて、恋愛関係の話が聞こえてきたのである。
「うーん、好きっていうよりも、憧れの人、かな?」
「ねえねえどんな人?」
友達初心者の私には、当然友達との恋愛トークもはじめてで、これは興奮せずにはいられない。
いつも優しく大人な彼女は私の興奮にクスリと笑い、その相手とのエピソードを教えてくれた。
「私ね、子供の頃から体が弱かったから、何度も入院したことがあってね。でも、両親は仕事が忙しくて、そうしょっちゅう私に付き添ってはいられなかったの。学校の同級生達も最初はお見舞いに来てくれても、何度も入院してるうちにそれも少なくなっていってね、段々と私一人病室で過ごす時間が長くなっていったの。彼と出会ったのはそんな時よ。偶々どなたかのお見舞いに来ていた彼と廊下ですれ違ったの。彼は可愛らしい花束を持っていてね、私、すれ違いざまに思わず『可愛い…』って言っちゃったのよ。そうしたら彼がくるりと私に振り向いたの。それがはじめての出会いよ」
まるで映画のワンシーンのような光景が浮かんできて、私は素直に「すごい!ロマンチック!」と拍手した。




