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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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男性はスマホを裏返すと、「さて、ここでひとつお尋ねします」と仰いました。



「あなたは昨日、彼女のために紅茶を淹れましたか?」



男性の態度はすべてを見透かしているようで……いえ、きっと、すべてを見透かしているのでしょう。

もしかしたら、私の心の内までもが見抜かれているのかもしれません。

これまでにも何度もそんな感じのことがありましたから。

それが彼の魔法なのかはわかりません。

けれど、おそらく彼は今も、私の思っていることを察しているのだと思います。

私の紅茶ではなく私自身に人を癒す力があること、それを私がまだ信じ切れていないということを。



「……どうやら、まだ少し疑われているようですね」


やはり私の内心を言い当てた男性は、すぐさま言葉を繋ぎました。


「いえ、それも無理はありません。昨日、あなたが誤解してらっしゃると気付いていながら訂正しなかった私に非があるのですから。昨日はすでに多くのことをご説明しておりましたので控えさせていただいたのですが………ああ、そうだ、ちょうどいいことを思いつきました」


男性はおもむろに立ち上がると、「少しお付き合いいただけますか?」と、私も立つように促したのです。



「どちらへ?」

「さっきの少年達のところですよ。あなたにぜひお見せしたいものがあるんです」

「少年……?」


言われてみて、私は先ほどこの公園に来たときに男性が男の子達と一緒にいたのを思い出しました。

ですが、あの男の子達が私達にどう関係してくるのかは皆目見当もつきません。

すると


「行ってみたらわかりますよ」


男性はクスリと笑い、また私の心の声と会話を成立させてしまいました。


「……わかりました」


ともかく私は男性に従うことにしました。



男の子達は、先ほどと同じところで輪になっていました。

それは何かを取り囲んでいるようにも見えます。

男の子の一人がこちらに気付き、「あ!さっきのお兄さん!」と手を振ってきました。

男性も手を振り返します。



「やあ。あれから変化はあったかい?」


なにやら訳知りといった様子で男性は男の子達に声をかけました。


「ずっとあのままだよ」

「変化なし!」


口々に返事する男の子達。

すると男性がくるりと振り向き、後ろに控えていた私を男の子達に紹介したのです。


「このお姉さんなら、もしかしたら、なんとかできるかもしれないよ?」



いっせいに、きらきら輝く目が私を捕らえてきました。


「本当?」

「すごいや!」

「お姉さん、お願いします!」


わっと盛り上がる男の子達のうち二人が私に駆け付けてきて、早く早く、と腕を引っ張っていきます。


いったいこの子達は何にこんなに夢中になっているのかと不思議に思いながら彼らの輪を覗くと、その中央にいた一人の男の子が慎重な速度で私に振り返りました。

その子はまるで石にでもなったかのように曲げた肘を固定したままで、その指先には一匹の蝶がとまっていました。



「チョウチョ……?」


あまり詳しくはありませんが、それはおそらくモンシロチョウだと思います。

その蝶を驚かせないように男の子が手を動かさずにいるのでしょうけど、少し様子がおかしくも感じました。

白い羽が、開いたまま動かないのです。


それに、いくら動かさずにいたとしても、蝶が人間の指にこんなにも長くとまっていることは不自然です。

羽も微動だにしないことからも、もしかしてこの蝶は……


「このコ、怪我してるみたいなんです」


蝶を指先にとめた男の子が、心配そうに教えてくれました。

もう片方の手をそっと立て、風よけをしながら、私に蝶を見せてくれます。

確かにその弱弱しい姿は、怪我をしているようにも見えました。



…………まさか?


私はこちらを黙って見守る男性に目で訴えました。

すると男性はコク、と小さく頷いたのです。


いえいえいえ!無理です!

私にこの蝶の怪我を治すなんてできません!


口をぱくぱくさせて声に出さずに否定したものの、


「ねえねえお姉さん、本当に治してくれるの?」

「どうやって治すんですか?」

「やっぱりこのチョウチョ、怪我してるんですか?」

「早く治してあげて!お願いします!」


期待感たっぷりの眼差しに囲まれて、とても出来ないとは言えません。


私はもう一度視線で男性に救いを求めました。

ところが男性はフォローしてくださるどころか、涼しい顔で


「お姉さんに蝶を預けてごらん」


無責任に事態を進めようとしたのです。


当然、素直な男の子は私に蝶を移そうとしてきます。

慎重に慎重に、蝶を傷付けないように優しく指を動かす男の子を無視するなんてできるわけもなく、私は成り行きで右人差し指に蝶を乗せました。

こそばゆい感覚が指先に乗り、子供の頃以来久々に触れた小さな生き物に、確かに生命を感じました。


ですがまさかこの蝶に紅茶を飲ませるわけにはいきません。

かといって、では他にどんな手段で相手を癒すのかなんて私自身にもわからないのです。

そもそも、人間以外の生き物に有効なのかも明らかではなのですから。



少しの間、困惑の時間が流れました。

私はどうしたらいいのか戸惑うばかりで蝶と男の子達を交互に見ていましたが、男の子達のわくわくしたような表情がなんとも言えず、罪悪感ばかりが増していくばかりです。


けれど、再再度男性に助けを求めようと顔を動かしたそのときでした。



「―――っ!」



ふわり………


本当にその擬音のような柔らかさで、蝶の羽がゆっくりと動いたのです。




ふわり、ふわりと、自分自身でも半信半疑のように、蝶は確かめるようにゆっくりと白の羽を羽ばたかせ、宙に舞いあがりました。



「………治っ…た?」


私こそ半信半疑で目の前の光景を信じられない気持ちで見送っていました。

けれど、


「うわあっ!すごいや!」

「ちゃんと飛べるようになった!」

「すげー!すげー!」

「本当に治っちゃった!」

「お姉さん、すごいです!」

「すげー!魔法みたい!」

「本当だ、魔法みたいだ!」

「あ、もうあんなとこに飛んでいった!」

「おーい!元気でなー!」

「もう怪我なんかするなよー!」

「また会いにこいよー!」

「まっすぐ飛んでいけよー!」



子供達は大興奮で歓声をあげ、興奮しきりにそれぞれが蝶に別れの言葉を送ったのです。

呆けている私とは大違いです。

やがて蝶の姿が遠くに見えなくなると、彼らの興味は私に舞い戻ってきました。



「ねえねえお姉さん、どうやってチョウチョのケガを治したの?」

「チョウチョ博士なの?」

「まさか本当に魔法だったりして」

「えー、まさか!」

「そうだよ、魔法なんてあるわけないじゃん」

「でもさっきお姉さんの指にとまっただけで元気になったんだよ?」

「だよな、魔法みたいだったよな」

「えー、お前、魔法なんて信じるのかよ?」


テンションが上がったせいで、敬語を使っていた男の子もすっかり抜けています。

それはとても可愛らしくて、”魔法” なんて言葉がまっすぐに響く純粋さも子供ならではで好ましくて………率直に、この子達に感謝されて嬉しいと感じました。

ですがその反面、”魔法” という言葉は、今の私にとっては非常に心臓に悪いワードでもあったのです。


けれど、つい返事を躊躇ってしまった私に、ようやく男性がフォローの手を差し出してくださったのでした。



「でも、このお姉さんが本当に魔法使いだったら、どうするんだい?」

「えっ?」

「え?!」

「え……?」

「えー?」

「なんでそんなこと言うの?」


含みを漂わせた男性のセリフに、男の子達はパッとおしゃべりを男性に向けました。

男性はニッと意味ありげな笑みを唇に浮かべます。


「このお姉さんは、もしかしたら本当に魔法使いかもしれないって話だよ。きみ達も見ただろう?飛べなかった蝶が、このお姉さんが触れたとたん、元気に飛び立っていったのを」

「それはそうだけど……」

「まあ、魔法かどうかはわからないけど、お姉さんが蝶を助けてくれたのは本当のことですよね」


彼らの中で自然とリーダーシップを取っていた少年が私を見ながら言いました。

指先に蝶を乗せていた男の子です。


けれど男性はすぐに「いや、蝶を助けたのはこのお姉さんだけじゃないんだよ」と、仰ったのでした。



「え、どういうこと?」

「お姉さん以外にチョウチョに触った人はいないよ?」

「まさかお兄さん?」

「違うよ。きみ達だよ」

「おれ達?」

「なんでなんで?」

「おれ達なんにもしてないですよ?」

「そうだよ、ただこいつがお姉さんに蝶を渡しただけだよ」

「でもきみ達がさっきの蝶を見つけて保護していなかったら、もしかしたら誰かに踏みつけられていたかもしれないだろう?それに、もしきみ達が蝶を取り囲んでいなかったら、さっき僕はきみ達の横を素通りしていたはずだ。そうしたら、このお姉さんと蝶を出会わせることはできなかっただろう。ほら、あの蝶が元気になれたのはきみ達のおかげじゃないか」


男性は男の子達に身を屈めながら、とても優しく仰いました。


「そ…そうかなあ?」


一人の男の子が照れ臭そうにそう呟くと、また一人、また一人と、みんな可愛らしく満更でもなさそうな表情に変わっていきます。


「そうだよ。だから、きみ達だって、あの蝶にとったら傷を癒してくれた立派な魔法使いになるんじゃないかな」


男性は見事なほど自然に、男の子達を ”魔法使い” に仲間入りさせてしまったのでした。


もちろん、それは言葉の綾でしたし、男の子達もまさか本当に自分達が魔法使いになったなんて思ってもいません。

ですが、強く否定する子も、一人もいませんでした。



「でも、おれは魔法使いよりも勇者の方がいいけどな」

「あ、じゃあおれは騎士がいい!」

「おれ戦士!」

「騎士と戦士ってほとんど同じじゃん」

「いいんだよ」


ぽんぽんとゲームやファンタジーの世界でよく聞く役職が飛び交うのを、私は微笑ましく思っていました。

話題の主人公が私から男の子達に移っていったおかげで、私への質問攻めも終了となりそうです。

そしてそれを決定づけたのは、男性から男の子達へのひと言でした。


「それはそうと、そろそろ塾に行く時間じゃないのかい?」


いっせいに男性に注目が集まりました。



「え?」

「おれ、塾のことなんてお兄さんに話したっけ?」

「お前が話してないなら、この人がなんで塾のこと知ってるんだよ?」

「ねえお兄さん、なんで知ってるの?」


男の子達は驚いたように尋ねますが、一人が携帯電話を取り出し時刻を確認したようで、


「あ!本当にやばいかも!」


大声で焦りはじめたのです。

男性はトドメとばかりに仰いました。


「ほら、急いだ方がいいんじゃないかい?」

「うん、そうする!」

「ありがとう!じゃあね!」

「お姉さんもありがとうね」

「お兄さんお姉さん、ありがとうございました」

「さようなら!」

「あ、みんな、急いで怪我しないでね!」

「はーい!ばいばーい!」

「気をつけてね、行ってらっしゃい!」


私の声かけに「行ってきまーす!!」と勢揃いで返してくれた男の子達は、そのまま元気いっぱいに駆け足で公園から出ていったのでした。


















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