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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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10






今朝夫が元気だったのは、たまたまかもしれません。

ですが、夫が疲れを癒すのに、必ずしも私の淹れる紅茶が必要ではないということが立証されてしまいました。


私は、心のどこかで、自分にしかないこの不思議な力こそが夫を支え、日夜を問わないハードワークから守っているのだと信じ切っていたのです。

けれど今回、それがただの思い上がりだったと知らされたようで、自分でも信じられないほどにショックを受けていたのでした。


すると男性は「ああ、そうですか………そっちに………」と、ため息を吐いてらっしゃいました。

何を思ってらっしゃるのか、腕組をして項垂れてしまいます。


「ご期待に応えられず、すみません……」


私もショックでしたが、私のことをMMMコンサルティングで役立つ素材だとスカウトしてくださったこの男性も、きっと幾分かはショックを感じてらっしゃることでしょう。

私は本当に申し訳ないと感じていたのですが、男性はパッと顔を上げると、


「ああ、いいえいいえ、あなたが謝ることなんて何もないですよ」


優しく慰めの言葉をくださいました。


「ですが、私の紅茶が夫の元気の源だったわけではなくて…」

「あなた自身ですよ」

「………はい?」

「ですから、人を癒す力…”魔法の元” となるのは、あなたのお淹れになる紅茶ではなく、あなた自身ですと、そう申し上げたのです」



諭すように告げられた男性のセリフを理解するのに、私は数秒ほどかかってしまいました。

ですが数秒経ったとて、


「………私自身?」


そう問い返すのがやっとでした。


だって、元気になったとか不調が改善したとか、そう喜んでくださるのは私の淹れた紅茶を飲んだ人ばかりなのですから。

なのに、私と紅茶は関係ない、この男性は今そう仰ったのです。



「ええそうですよ。昨日も誤解されてるようで気になっておりましたが……、まさかそう受け取られるとは思いませんでした」

「でも……でも、私にお礼を言ってくださるみなさんは、必ず私の紅茶を召し上がってらしたのですよ?」

「そうですねえ……」


男性は少々困ったように呟き辺りを見まわしてから、すっと、ベンチの脇に転がっている石を指差しました。


「あの石、さっきからずっとそこにありましたが、お気付きでしたか?」

「え?いいえ……」


何の変哲もない、小さな石です。

薄い灰色、もしくは濁った白色といった、どこにでもありそうな石。

他にも同じような石はそこら中にあります。

すると男性が指を下げた瞬間、その石が赤茶色に変わったのです。


「――っ!?」


一瞬の出来事でした。

あまりに驚いた私は両手で叫び声を閉じ込めましたが、男性は私に向き直ると、


「どうですか?あれなら、気付く人も多いと思いますが。何もなければ多くの人は気付かない。でもああやって色が付けば、気付く人は増えるはず。あなたの紅茶は、まさしくそれだったのでしょう。ああ、ちょうどあの小石も紅茶色ですね」


淡く微笑んだのでした。



私は紅茶色に着替えた石をもう一度見ました。

確かに、何かきっかけがあると、人の目には付きやすいでしょう。

そして記憶にも残りやすくなる。

でも、だからといって私の場合と……



「どうやらまだご納得いただけないようですね」


私の思考を覗き込んだようなタイミングで、男性は苦笑いをされました。

そしてスマホを取り出すと、手早くどなたかに連絡されました。

私が相手を問う隙もなく、男性はスピーカー通話にしてスマホを私に近付けます。

私はどういうことかと目で訴えるものの、男性は人差し指を唇に立てて、”しっ” と吐息のように仰いました。


ややあって、相手が電話に出られました。



《もしもし》


女性の声です。


「やあ、休みのところをすまないね。今大丈夫かい?」

《大丈夫ですけど、そちらも今日はお休みじゃありませんでした?》


朧気ですが、どこかで聞いたことのある声のような気もします。


「休みだよ。ただちょっと、昨日のきみの体調が気になってね。昨日の朝はアレルギーが酷かったみたいだけど、急に治まってきたと言っていただろう?ほら、|待合にいらした二人のご婦人・・・・・・・・・・・・・にお帰りいただいたあとだよ。その後どうなったのかと思って」


待合にいた二人の………?

私はあまりに濃厚な心当たりに、パッと男性の顔を見つめました。

男性は唇の端を上げ、またもや人差し指でサインを示しました。



《わざわざ心配してくださったんですか?ありがとうございます。そうなんですよね、不思議ですけど、本当にアレルギー治まっちゃったんですよ》

「薬を飲んだとか、そういう理由じゃなくてかい?」

《薬を飲むと眠くて仕事にならないので……。でも突然、昨日の夕方頃からなんか調子良くなったんですよ》

「今日はどうだい?」

《今日も平気です。おかげでマスクなしで出かけられてます。一応念のため持ってはきてますけど、今のところ出番はなさそうですね》


朗らかな笑い声が聞こえてきます。

テレビ通話ではないので画面には何も映っていませんが、おそらく彼女は、昨日受付にいらした女性でしょう。

昨日マスクをされていたのは、そういう事情がおありだったのです。


「それはよかったね。昨日先に帰ってしまったから、そのあとどうなったか気になってたんだけど、元気そうでよかった」

《ありがとうございます。……あ、すみません、もう行かなくちゃ。連れを待たせてるんです》

「それはすまない。それじゃ、気を付けて」

《はい。失礼します》



通話は、そこで終了したのでした。












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