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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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公園内に入り、昨日と同じベンチを目指していると、途中で小学生の男の子達が数人集まっているのを見かけました。

まだ門限には早い、そんな時間帯ですから、特に不思議な光景ではありません。

けれど私は、その男の子たちの手前で足を止めました。

その子達の傍らには、興味深そうに彼らの輪を覗き込んでいる男性がいたからです。


男性は私に気付くと笑顔で軽く会釈をくださいました。

私は慌てて名刺をポケットに戻しました。

男性は男の子達に何か声をかけ、じゃあ、と手を振ってからこちらに向かってこられます。



「こんにちは。時間通りですね」

「こんにちは……お待たせしてすみません」

「いえいえ、私が約束の時間より早過ぎただけですので、お気になさらず。では、あのベンチにまいりましょうか」


男性に促されて歩き出しますが、私はいつ、どうやって名刺のことを打ち明けようかと逡巡していました。



けれど、あっという間に昨日のベンチに着いてしまいました。



「今日はわざわざお時間を作っていただいてありがとうございます」


男性が私をベンチに誘導しながら仰いました。


「いえ…」

「昨日、あれから勇者様とはご相談されましたか?」


”勇者” という言葉でさえ、今の私には虚しく聞こえてしまいます。


「あ……いえ………」

「話されなかったのですか?」


私が返事を濁すと、男性は心底意外そうに首を傾げられました。

訝しげにと言った方が近いかもしれません。

それもそうでしょう、昨日は私は夫にMMMコンサルティングのことを相談するつもり満々だったのですから。

そのために、MMMコンサルティングのこと、魔法のこと、どこまでを夫に話してもいいのか男性に確認したほどなのです。


でも結局、夫には何も話せなかった………



「どうかされましたか?」


心配そうに訊いてくださる男性に、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

そして


「私………申し訳ありません、私はお役に立てないようです」


そう言って、昨日いただいた名刺を差し出しました。



「せっかく声をかけていただいたのに、私では力不足のようです」


私は ”MMMコンサルティング” とのみ記された裏面をお見せしました。


けれど、男性は「なぜそんな風に思われたのですか?」と訊き返されたのです。

名刺を見れば一目瞭然でしょうに、なぜか男性は私に説明を求めてこられたのです。



「なぜって、ご覧の通り、名刺には……」

「この名刺がどうかしましたか?」


男性が(とぼ)けた風でもなくそう仰ったので、私もふと指先の名刺に視線を落としました。


するとそこには、昨日と同じように、MMMコンサルティングの基本情報が全て記載されていたのです。


「え……?」


目を疑いました。


「どうして……」


私は名刺を凝視して戸惑うばかりでしたが、男性は思い当たることがおありのようで、「ああ!」と声をあげられました。



「ひょっとして、昨日私と別れたあとで、文字が消えたりしたのではありませんか?」



名刺への凝視を解いた私は、おずおずと答えました。


「実は………そうなんです。だから、私には魔法の力はやっぱりないのかと……」

「ああ、やはりそうでしたか」


男性は少し笑ってから、若干の自責を滲ませたのでした。


「場合によっては一旦文字が見えなくなることもあると、前以てお教えしておけばよろしかったですね。考えが及ばず、失礼いたしました」

「……そうなんですか?」

「ええ。昨日や今は、私がそばにいるせいであなたの力が急激に大きくなったのでしょう。名刺もそれに反応いたします。もちろん、”魔法の元” を持たない一般の人は、いくら私がそばにいてもこのようにはなりません。我々がそばにいると互いに影響しあうのは、あくまで魔法使い同士のみです。ですが昨日もお話ししましたように、その影響を受けた状態が永遠に続く人もいれば、一時的の人もいらっしゃいます。一時的といっても、繰り返し影響を受けることで徐々に力が育っていくのは間違いないので、時間差はあっても結果的には一時的も永遠もほとんど差はなくなります。ですので、この名刺の文字が見えなくなっても気にする必要はありませんよ。すぐにあなたの力だけで読めるようになるはずですから」


男性は、大したことないという温度感でそう説明なさいました。


私はもう一度名刺をよく見つめ、そこにある文字を親指でそっと撫でました。


「そうなんですか………」


確かに昨日、一時的という言葉を聞いていましたので、男性の説明は納得できるものでした。

落ち着いてよくよく考えれば、私も容易く思い出せたのかもしれません。

ですが、私にはそうできない理由があったのです。

特に今朝夫を見送ってからの私は、落ち着いてなどいられませんでしたから。

あきらかに、私は動揺していたのです。



「まだ何かご不安が?」


男性は優しく問いかけてくださいました。


私は無意識のうちに名刺を手に中に閉じ込めていました。

頭に浮かんできたのは、夫の顔です。

昨夜の疲労感混じりのものではなく、今朝家を出るときの、すっかり元気を取り戻した微笑みが、はっきりと。


「夫のことです………」


男性はやや間を置いて、「何かありましたか?」穏やかに先を促しました。


「確か……昨日は早めに帰ってこられる予定で、今日は朝から出勤でそのまま夜勤だと、昨日そう仰ってましたよね?」

「その通りです」

「けれど、MMMのことは話せなかったのですよね?」

「……はい」

「話もできないほどお疲れだったのでしょうか?でもあなたに会えたのなら、それもいくらかは回復できたと思われますが」

「………そうですね。夫は、昨日帰宅したときは疲れていたようでしたが、今朝出勤するときはすっかり元気になっていました」

「それはよかったです。では、何が……」

「ちっともよくなんか……ないんです」

「どういう意味ですか?」

「だって夫は………昨日も今朝も、私の淹れた紅茶を一口も飲んでないんですから」



そうなのです。

夫は、私の淹れた紅茶を口にしていないにもかかわらず、いつものように……いえ、いつも以上に、疲労回復したのです。














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