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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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家に戻った私は、夫の好きなハヤシライスとマカロニサラダ、それに野菜スープを作りました。

もう一品用意したいところですが、夜勤上がりの夫はあまりたくさんは食べられないので、これくらいが最適なのです。


予定では、夫は19時帰宅とのことですので、私も数日ぶりに一緒に夕食をとれそうです。

冷蔵庫には頂き物のちょっと高級なチョコレートがありますから、夕食のあとに紅茶と一緒に出して、そのときに今日の出来事を夫に話そうと思っていました。

男性に声をかけられたこと、MMMコンサルティングのこと、それから、”魔法” のこと……


男性に確認したところ、すべてのことについて、特に口止めはされませんでした。

ただ、誰彼構わず吹聴すると後々面倒ごとが起こる場合があるので、打ち明ける人は良識の範囲で選んでください、とのことでした。

それはその通りだと思います。

私も、夫以外には話すつもりはありませんでした。

夫には働くかもしれないという相談も含めて、きちんと説明する必要はあると思いますが、他の人には不要でしょう。

もしこの先MMMコンサルティングと契約に至り、ある程度時間が過ぎたときには、実家の家族や親しい友人には打ち明けてもいいとは思いますが………



一方で、私はぼんやりと、ある考えが浮かんでいました。

男性は終始私に口止めはしないと仰ってましたし、それはMMMコンサルティングのクライアントにも同じだということでした。

ですが、もしそれが事実ならば、大なり小なり、私の耳にも噂程度は聞こえてきてもおかしくないような気がするのです。


実は、私のこの特質と言いますか、不思議な力について、個人的に調べてみたことがこれまでに何度もあるのです。

ですが、一度たりとも、”魔法” に辿り着けたことはおろか、その尻尾さえ触れたことはありませんでした。

まるで、意図的に隠されている(・・・・・・・・・・)かのように、”魔法” や ”MMMコンサルティング” を連想させる文言はどこにも存在しなかったのです。


でも、もし意図的な操作(・・・・・・)があったのなら、いったい誰が?

今やネットの中の情報を完全に取り締まるなんて、どんな権力者だって不可能でしょうに。

ただ、もしかしたら "魔法" なら、その不可能を可能にしてしまえるのかもしれない………



思わず、スープを混ぜる手が止まってしまいました。



………私の知らないことが、おそらくまだまだたくさんあるのでしょう。

魔法についても、魔法使いについても、MMMコンサルティングという会社についても。


正直に言うと、ちょっとだけ怖い気もします。

けれど、男性と出会ってから数時間、私の中でじわじわと何か(・・)が変わっていってる感覚があるのも事実です。

なんだか、腹部から胸のあたりがぽかぽかしてるような、じんじんしてるような、妙に満ち満ちてるような感じです。

もしかしたらこれが、男性の仰ってた ”魔法使いは魔法使い同士で力を高める” ということなのかもしれません。


私はエプロンのポケットに入れたMMMコンサルティングの名刺を取り出しました。

そこには電話番号やメールアドレスだけでなく、もう住所もマップも記されていました。

きっと、これが完全体の状態なのでしょう。

そして男性の言葉通りなら、それは、私の力が名刺を手にしたときよりも強くなっているということを物語っているのです。


今なら、夫をもっと癒せるのかもしれない………そんな期待感が溢れてきそうで、私は頬が変に緩まないように気を引き締めなければなりませんでした。

だって、夫に変に思われたくはありませんから。

でも、こんなにも早く、早く夫に紅茶を淹れたいと願ったのは、間違いなくはじめてのことでした。



やがて、予定の時刻を少しまわってから、夫が帰宅しました。

今日もやはり疲労感を纏っています。

夫はあまり疲れたとは口にはしませんが、夫婦ですから、言葉にせずともそれくらいは理解できます。

けれど私の顔を見て「ただいま」と笑えるほどの余裕はありました。

帰宅時の夫の様子を見て、あまりに酷いようでれば、MMMコンサルティングの件は後日相談しようと思っていましたが、そこまででもなさそうで安心しました。


駅で一度連絡をもらっていたので、夕食の準備はすでに整っています。

手洗い、着替えを済ませ、ダイニングに戻ってきた夫は、玄関で出迎えたときよりもリラックスした表情でした。


そして一緒に夕食をとり、何てことない会話でしばらくはいつもの家族時間が穏やかに流れていました。


けれどそのあと、私にとっては想定外の展開となってしまったのです。

そしてその結果、私は、やはり魔法使いにはなれないのだと思い知ることとなったのでした。




※※※




翌日、私は家の用事と買い物や銀行まわりを終え、夕方に駅前の公園にやって来ました。

夫は今日も夜勤で帰宅しませんので、このあとの時間には余裕があります。

急いで夕食の支度をする必要がないので、この時間帯に昨日の男性と会う約束をしていたのですが、どうにも足が重たくなってしまいました。

昨日の別れ際は、あんなにも期待感があふれていたというのに………



駐車場から公園まで歩きながら、無性に残念で、悔しさがこみ上げてきました。


私が淹れる紅茶には人を癒したり元気付ける不思議な力があって、それは ”魔法の元” と呼ばれ、だから私は魔法使いになれるのだと、そしてその力は夫だけでなく大勢の人々を救うことができるのだと、あの男性の仰ったことを真に受けてしまった私は、すっかりMMMコンサルティングとのことを前向きに考えていたのですから。

お恥ずかしい話ですが、私はその気(・・・)になっていたのです。

けれど………


私はポケットに忍ばせていたMMMコンサルティングの名刺をおずおずと取り出しました。


表面に ”M” の一文字が記されていて、その裏面には、MMMコンサルティングに関する情報が記されていました。………昨日までは。


電話番号、メールアドレス、住所、基本的な情報はすべてそこに書かれていたはずです。

昨日、確かに私はそのすべてを読むことができました。

ですが、今は ”MMMコンサルティング” という社名しか見えないのです。


この名刺は、いわゆる魔法の力に応じて記されている内容を読めるそうですから、その説明を信じるなら、今の私には力はほぼないということになります。

つまり私は、魔法使いなんかじゃなく、MMMコンサルティングにも入れないということです。


夫のために、そしてその他にも傷付いてきた人達の助けになれると期待していただけに、落胆が大きかったのは言うまでもありません。

昨日の男性は私を熱心にMMMコンサルティングに誘ってくださいましたが、お役に立てなくなったこと、どのように伝えるべきなのでしょう……

おそらく、がっかりさせてしまうのでしょう。

申し訳ない想いでいっぱいですけれど、約束している以上、引き返すわけにはいきません。

個人的な連絡先の交換もしていないのですから、待ち合わせ場所に向かう他ないのです。


私は重たい気持ちで沈みそうになりながらも、一歩ずつ前に進むしかありませんでした。












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