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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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多数派、少数派………その線引きで否応なしに少数派に入れられてしまったことは、確かに何度もあります。

誰にだってその経験はあるでしょう。

そして私は今現在も、大きなくくりで少数派に押し込められているのですから。


専業主婦は、現代社会では少数派です。

私自身が望み、夫とも話し合った結果の選択ですので、例え少数派だろうと後悔や劣等感などはありませんが、心無いことを言う人が多いのも事実です。

昔は反対に専業主婦家庭が大多数で、共働きの女性などは家庭や子育てをないがしろにしていると非難されていたそうですが、数が逆転、少数派が多数派に成り変わってからというもの、とたんに非難の矢印を180度変えるのですから、人間は勝手な生き物です。


この選択は私達夫婦にとっては最善のものであると胸を張って言えます。

ですが、心無い人の厳しい言葉には、何度も辛い気持ちになりました。

その人達は、自分の意見に沿わない相手や、自分とは違う考え方をする相手を、どうしても許したくないのでしょう。

幸い、私は自分の選択に自信を持っておりますので、辛い気持ちは一時的なもので済みましたが、もし、罪悪感や後ろめたさを持っている人が同じような厳しい言葉を投げかけられたら、それは相当な傷となるかもしれません。


そして、もし、そんな心の傷を子供の頃からずっと長い間受け続けている人がいるのだとしたら………


ゾクリと、全身に悪寒に似た感覚が走りました。



「………本当に、私でお役に立てますでしょうか?」


自分が魔法使いだなんてやはり信じ切れませんが、傷付いた人のお力になれるのなら、協力は惜しみたくありませんでした。

昔から、自分の淹れた紅茶で誰かを元気付けられるなら嬉しいと思っていましたが、その想いは、人の命を救う仕事に懸命に向き合っている夫と接しているうちに、どんどん大きく膨らんでいってるようにも思えます。

そして、きっと夫も、私の力が誰かの役に立てるのなら喜んでくれるでしょう。


私の問いかけに、男性は嬉しそうに答えられました。


「ええ、もちろん。あなたには、みんなを元気にする魔法があるのですから」



男性はそのあとすぐ、


「もちろん、あなたが最優先すべきはあなたの勇者様ですが」


そう付け加えられました。

ちょうどそのとき、駅に電車が滑り込んできました。

家路につくたくさんの人々を乗せて。

それを見た私は、以前、ここで同じように彼らを眺めながら感じていたことを思い出したのです。

駅から出てくる疲れた顔をしているすべての人に、 ”お疲れさまでした” と心の中で伝えていたことを。

ですから、率直な想いを述べさせていただきました。



「………私が一番に癒したい人はもちろん夫です。それは今後も変わりません。ですが、私はこの公園で駅から家に帰る人達を眺めながら、いつも、この人達全員に私の紅茶を淹れて差し上げたいと思っておりました。だって、私の夫が私の勇者なら、お仕事を……いえ、お仕事だけでなく、誰かのために頑張って家路につくみなさんも、誰かにとっての勇者のはずですから」


誰かのために頑張るというのは、物語によく出てくる、人々のために世界を守る勇者と同じです。

対象が ”世界の人々” か、”家族”、あるいは ”大切な人” という差異はありますが、同じ意味だと思うのです。


すると男性はほんの少し驚いた表情をされましたが、ふと、にっこり口元を緩められました。



「そうですね。誰もが、誰かにとって勇者なのかもしれませんね」


男性は大きく深く頷かれました。

それから、仰いました。


「ということはあなたも、その一人ですよね。あなたも勇者だ」



そのひと言に、ドクンと胸が唄いました。


「私が、勇者……?」

「そうでしょう?だってあなたも、あなたの勇者様のために毎日頑張ってらっしゃるんですから」


言われて、確かにそれもそうだと思いました。

自分自身ではそんなつもりはありませんでしたが、人から言われて気付けることもあるのですね。



「私も、勇者……」


改めて口にすると、なんだか気恥ずかしいですが、夫を支えているという点では自負しております。


「そうですね。魔法使いであり、勇者。つまり兼業勇者といったところでしょうか。いや、兼業魔法使い?いいや、そもそも魔法使いというのは職業ではありませんし、それを言うならMMM以外の一般の職業に就いている私も兼業魔法使い………?」


男性がそうおどけられましたので、私はフフッと笑ってしまい、そしてそれにつられるようにして男性もクスッと笑われました。


私達の間に流れる空気が、軽くなった合図のように感じました。

だからなのでしょう、私も、ふわりと冗談めいたセリフでお返ししたのでした。


「私の場合は主婦兼業魔法使い兼業ティーマイスター、となるのでしょうね」

「ティーマイスター……ああ、紅茶のプロフェッショナルのことですね?」

「ええ。これからいったいどれだけの紅茶をお淹れすることになるのか、想像もつきませんけれど」


それが、少しドキドキしてワクワクもしそうです。


そんな私を「面白いことを仰いますね」と、どこかホッとしたように見つめる男性の眼差しが、印象的でした。



そのあと、一晩ゆっくり考えてくださいと男性が仰ったので、詳しい話は翌日にまわし、私達は待ち合わせの約束を交わして別れました。



車に乗り込むと、駅からは、黄昏れ時の勇者たちがいそいそと家路に急いでいました。

私は小声で彼らに「今日もお疲れさまでした」と言い、車を出したのでした。












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