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一期一会の魔法使い  作者: 有世けい
黄昏れ時の勇者と魔法使い
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男性は遠慮ぎみに問われましたが、私は、特に隠したいことでもありませんでしたので、正直にお答えしました。



「夫が救命救急医をしておりまして、曜日も昼も夜も時間も関係のない激務なんです。夫はかなりタフな方ですが、それでも疲労度は相当なものです。ですから付き合いはじめて以来、私は出来る限り夫を支えたいと思ってまいりました。私も結婚前は紅茶好きが高じてカフェで働いておりましたが、当時から夫の仕事ぶりは見ていましたので、結婚後は専業主婦になることを私から希望したのです。働いているときは、一緒にいられる時間も少なくて、すれ違いばかりでしたから。だからもし私が何か仕事をするとしても、家でできることと、時間を自分で調整できることというのが絶対条件なんです」


リモートワークが広がっている昨今、私の条件はそこまで難しい話でもなさそうに思えます。

まだ新婚と呼んで差し支えない時期ですので仕事探しはしていませんが、夫との生活のペースを掴めてきたら、それも考える余地はあるかもしれない……朧気ながら、そんな人生設計を浮かべたこともありました。


すると男性は「そうでしたか、救命救急医を………それは素晴らしいお仕事ですね。そしてそれを支えるあなたのお仕事もまた、素晴らしい」と、まっすぐ過ぎて照れ臭くなってしまうような反応をくださいました。

そして、


「でもそれならばなお、MMMはもってこいの職場だと自信を持って推薦いたします」


言葉通り自信たっぷりに仰ったのです。

ですが、私はその言葉をそのまま聞き入れることは引っ掛かってしまいました。



「………ですがさきほど伺った説明ですと、私の力を高めるためには出社の必要があるのですよね?」


男性は、MMMコンサルティングには魔法使いしかいないので、彼らと接していくうちに私の…男性曰く ”魔法の元” が高まっていって、その結果、夫のことももっと癒せるようになる、そう仰いました。

だったら、私はMMMコンサルティングの他の社員の方々とお会いしなければならず、つまりは出社が必須となるはずです。

でもそれでは、激務で急な呼び出しが日常茶飯事の夫の都合に全面的に合わせたいという私の希望は叶えられません。


矛盾する男性の説明でしたが、彼は余裕たっぷり、意味ありげにニコッと笑みを浮かべました。


「そうなりますが、MMMに関しては、通勤の心配はありませんからね」


一瞬では、私にその意味は理解できませんました。



「通勤………しなくていいんですか?」

「ええ。出社は必要ですが、通勤の必要はありません」


まるで謎かけのような返答に、私は頭の中に?マークが浮かびました。



「……じゃあ、いったいどうやって出社するのですか?」


すると男性は得意気に仰いました。


「MMMにいるのは魔法使いばかりですよ?移動手段なんて公共交通機関に頼らずともどうとでもなります」

「それは、どういう……」

「魔法を使えば通勤ラッシュに揉まれることもなく、もっと言えば通勤時間を要することもない、ということですよ」

「魔法……」


先ほど ”空飛ぶ箒” なんかないと仰ってましたが、箒以外の移動手段があるというのでしょうか……?


?マークはどんどん濃くなっていきます。

けれど男性は、それについては多くを語るつもりはないようでした。

少なくとも今の段階では。



「詳しいことはまた追い追いお教えするとして………いかがですか?あなたにとって好条件ばかりではありませんか?それであなたは、ご自身の大切な勇者様をもっと癒すことができるようになるのですよ?」


確かに、詳細はわからずとも、通勤に時間をかけずに済むというのが事実ならば、私にとってはこの上ない好都合な条件となるでしょう。

そのうえ夫の役に立てるというのですから、本来なら喉から手が出るほどの職場なのかもしれません。


ですが、そんな不思議なこと、すぐに信じるのは無理があります。

例えこの男性が本当に魔法使いだったとして、MMMコンサルティングが本当に魔法使いの会社だったのだとしても、私自身が彼らの仲間だという確証だってまだ持てないのですから。

私はただ、自分の淹れた紅茶を飲んだ相手の体調が良くなるだけで………それなら、私の力ではなく、お出しした紅茶自体の効能ということはないのでしょうか?

もともと紅茶ポリフェノールには多くの健康効果があると言われていますし………


ところが、私が考え込んだそのとき、



「まだすべてをご理解いただけなくて当然ですよ」


男性が、またもや私の心の内を読み取ったようなセリフを仰ったのです。



「先ほどもお話ししましたように、私も今のあなたと同じでMMMからスカウトを受けた際は、魔法なんて到底信じられませんでした。ですが、知れば知るほど、生まれ持った特性のせいで苦労している仲間が多かった。想像してみてください。あなたはこの先、そんな大勢の人を救うことができるのですよ?もちろんあなたにとっての最優先があなたの勇者様だということは存じております。ですがその隙間時間でも、もしあなたがMMMに関わってくださるのならば、これから出会う数多くの仲間達を……もしかしたらその命を、助けられるのかもしれない。あなたはご自身の特性に関しては格別お辛い経験はなかったとのことですが、そんなあなたにだって、これまでに少数派になった経験はおありでしょう?望む望まないにかかわらず、少数派というのは困難が付き物です。中には、生きていくのさえ放棄してしまいたくなる人も…………。どうか、MMMコンサルティングとの契約を、ご検討いただけませんでしょうか?」



男性の悲痛な訴えが、夕方の公園に響いたのでした。












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