はだかの王妃様
……はだかの王様は、悪い商人にだまされて裸で町中をねり歩きました。
王様の評判はがた落ちして、そのしわ寄せは王妃様にのしかかりました。
王様がへこんでいる間、王妃様はがんばりました。
今まではお飾りでしかなかった王妃様でしたが、ここぞとばかりに張り切ったのです。
無駄遣いをチェックし、頭の悪い政治を排除し、努力を重ねました。
少しづつ、欲にまみれた国がクリアになっていきました。
王様をはだかで町中をねり歩いたアホだと笑う国民は、ほとんどいなくなりました。
がっつり服を着こんで国民に手を振る王妃様を見て、笑顔で元気いっぱいに手を振り返す人があふれるようになりました。
「ああ…疲れたわ……」
五つの会議に出席し、三つの慰問をこなし、息子の授業参観にもしっかり顔を出した王妃様は、夜遅くに自室に戻ってきました。
侍女たちがすばやく近づき、王妃様の衣服をはがし始めました。
じゃら、じゃら。
ごそ、ごそ。
ぼすっ。
どさっ。
ぎゅり、ぎゅり。
アクセサリー、大げさなマント、ごてごてとしたドレス、スカートを膨らませるごついパニエ、汗を吸う下着、体型を作るコルセット、頭を大きく魅せるために髪に仕込まれたあんこ、転ばないようかかとの部分をおおきく作ってある樹脂製の靴、王家の証である大きくてバランスが悪くて重たい杖が、王妃様の体から離れました。
「……今日はもうこのまま休みます。みなさん、また明日よろしくお願いしますね」
「明日の朝、お湯を用意いたします。ごゆっくりお休みください」
「おやすみなさいませ」
「おやすみなさいませ」
ぐしゃぐしゃの髪とよれよれのシミーズ姿になった王妃様は、侍女たちに背を向けヨタヨタとベッドルームに向かいました。
20キロ近い重装備で毎日がんばっている王妃様は、疲れがたまっていました。
肩も首も背中も太もももコリまくりで、全身バキバキでした。
毎晩、毎晩…、疲労困憊で意識を失うように眠りに付くことしかできない王妃様は、限界を感じていました。
もう少しで素晴らしい国が完成するというのに、私は志半ばで倒れてしまうのね…そんな気持ちでいつものようにベッドの上に倒れこんだ、そのときです。
「なんだん、まあ!!あんなクソ重たい服着とったら疲れもたまるにきまっとるがね!!じょんじょろ長い頭の毛も頭上にまとめてわざわざ持ち上げて…なにやっとんの!!こんなん首に負担がかかってまうだけだがや!!なんなんこの国のとろくさい風習は!!せっかくの功労者が虫の息とかあほすぎるやんけ!!!」
薄暗い部屋のど真ん中がギュルギュルとねじ巻いて、おかしな言葉遣いをする妖精のようなものが現れました。
王妃様は大変驚きましたが、体中のいたるところに乳酸菌がたまっていて動くことができず、視線を向けることぐらいしかできません。
「驚かせてごめんちょ!あんねぇ、奥さんのがんばり、でら評判になっとるんだわ!!ほんだもんでさ、このたびめでたくご褒美を渡そうって話になっただわ!!今渡すでね、ごめんね~、ちょっと脱がすけど、叫ばんどいてちょ~よ……ほいやっ!!!」
ベッドの上に横たわる王妃様は、不思議な力でひんむかれて、すっぽんぽんになりました。
重たくて痛くてギシギシの疲労感200000%の体が、生まれたままの姿で大の字になって宙に浮きました。
「明日もあさってもささってもしあさっても忙しいと思うけど、せめて寝るときぐらいは身軽になってみりん!あっちゅー間に疲れが取れるでね!!つかさあ、こんな重たい布団かぶって寝とるのかね?だもんで疲れがさらに蓄積すんだわ。ええかね、今後はこの・・・ガウンだけを着て寝りんよ?」
驚きのあまり口をパクパクしている王妃様の体を、ぬくたい…暖かくてやわらかいすべすべの何かが包み込みました。
すると…どうでしょう!!!
整髪料でゴテゴテになってべたべたの髪がサラサラになり、落としきれていないファンデーションがペロンと剥がれ、吹き出物だらけの顔が卵の殻を向いたようにつるんとし、ちょっと右を向いただけでぎゅりぎゅりと音が出る首がしなやかになって、フォークに手を伸ばすだけでつっていた背中が柔らかくなり、階段を下りるたびにバキボキと鳴っていたひざの関節が滑らかになり、そこらかしこの痛みがなくなって、視界もやけにクリアで…まるで生まれ変わったように全身がスッキリとしたではありませんか!!
「これはいったい?!あの、ありがとうございますええと、ええとー?!ちょっと待って、はだか!!み、みないでー!!!…って!!!なんか着てる?!でも何も着てない、ナニ、これ!!!」
やばい部分を隠そうとした王妃様は、全身が何かで覆われていることに気がつきました。
わりかし分厚くて、ギュウギュウ押さえても手が届かず、とても隠したい部分を隠せそうにありません。
「ええかね、よう聞きんよ。これは一般人には見えんガウンだでね。これを着ると温泉効果があるだわ!!温泉って知っとる?日本人ならみんな大喜びで浸かりにかかる、体にいい効能がある湯のこと…知らんかしゃん?ここはねえ、どえらい効能のお湯がありまくっとるのに、一滴も掘り出さすと…まあそれはまんだええわ!!ともかく、コレは妖精特権で引っ張ってきたやつだでね!!この世界にはまたとない代物だわ!!あんばいよう使いんよ!!毎日使わなかんでね?またすぐに来るもんだい、それまでにちゃっちゃと健康そのものになっときんよ!ほんじゃあね!」
微妙に言葉の意味のわからないところもありましたが、王妃様は、どうやらいわゆる魔法の道具を授けてもらったらしい…ということを理解しました。
王妃様のガウンは、透明で見ることはできません。しかし、触ることも、着ることもできました。
ただし、着るためにはすっぽんぽんになる必要があり、上から何かを羽織ることはできませんでした。
ガウンを着るだけで、まるで念入りに湯に浸かって汚れを落とし贅沢に化粧水やヘアケアオイルをまぶしたかのような状態になりました。ガウンを着て眠れば、一晩で疲労回復しました。
明らかなオーバーワークになっても、気絶寸前になっても、ガウンを着てぐっすり眠れば筋肉痛も吹っ飛び、次の日には満面の笑顔でフルパワーで活動できるようになるのでした。
王妃様は、毎晩ガウンを身に着け就寝するようになりました。
すべてを脱ぎ捨て開放感に包まれた後、とびきり心地の良いガウンを羽織り、大の字になってぐっすりと眠りました。
ダメージが蓄積しない身体を得た王妃様は、毎日精力的に政治を行い、国はやがて清廉潔白そのものになりました。
笑顔の国民があふれる国になりましたが、それをよく思わないものもいました。
私腹を肥やしていた一部の貴族、他国の商人などが結託し…、ある日王宮に火を放ちました。
王妃様はそのとき、就寝中でした。
きな臭さを感じた王妃様は、ガウン姿のまま部屋を飛び出しました。
疲労感のない、パワーが充電された自慢の健康体で長い廊下を駆け抜け、侍女たちや王様、息子、娘、義母に義父、その他王宮で暮らす人々をたたき起こしながら、両手に義祖母と足の悪い庭師を抱えて火の手の及ばない石造りのテラスへと避難しました。
火事は無事消し止められました。
王妃様は、多くの人に裸を見られてしまいました。
王宮に住まう、身内、使用人。
たまたま滞在していた来賓、業者。
騒ぎに気づいて集まってきた、好奇心旺盛な国民。
昇った朝日が、見えないガウンを着込む王妃様を神々しく照らしました。
それを見て、誰かがいいました。
「はだかの王様の嫁も、はだかの王妃様だ!!」
くすくすと笑いが起き始めたその時、王妃様はぬくぬくのガウンに身を包んだまま石造りの手すりの上に立ち、腰に手を当て、国民たちに言い放ちました。
「私は毎晩、裸で就寝しております!私の健康の秘訣は、裸で寝ることなのです!」
下手に隠せば、ますます見たくなるのが人というものであることを、王妃様は知っていました。
なぜならば、少し怪しいなと思った業者はいろいろと隠し事を重ねており、それを暴くことにドハマリしている自分がいたからです。
また、王妃様は、今までクソ重たい衣装に身を包んでいたおかげで自然と鍛えあげられた自身の肉体美に並々ならぬ自信がありました。ここぞとばかりに見せ付けて絶賛の声を得たいと…少しばかり、思ってしまったのです。
「裸で寝て健やかだったからこそ、この火事でも身軽にすばやく脱出できました!すその長いナイトドレスや、体を冷やさないための衣類をごてごてと着ていたら、私は逃げ遅れていたやも知れません!自力で避難できない大皇太后様やかけがえのない人を救うこともできなかったのです!!」
誰もが、はだかの王妃様から目が離せなくなりました。
「体を覆い隠したいと思う気持ちはわかります。しかし、時には裸になって体を開放することも必要なのです!締め付けるものをすべて取り除けば、体をめぐる血も健やかに流れるのです!私は此度の出来事は、時代の変換を促すものになると確信しています!!皆で共に衣服を脱ぎ、裸になる常識を作っていこうではありませんか!!!」
国民は皆、王妃様の演説に魅入りました。
裸の王様の嫁はやはり裸なのだと笑いものにしようとする人はいましたが、王妃様のすばらしさを知る国民はみな裸で就寝するようになりました。
魔法のガウンを授けた妖精の加護なのかどうかはわかりませんが、裸で寝るようになった人たちはみな、健康で健やかに暮らすようになりました。
また、王妃様の発案で地面を掘ったところ温泉が湧き出て、国中至る所に公共の入浴場が設けられる事になり、すっぽんぽんになってお湯を楽しむ文化が急速に広まりました。
人々のコミュニケーションが活気付き、出生率が上がり、どんどん国は豊かになっていきました。
後に、この国は…裸の王国と呼ばれるようになったのでした。