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鬼人と妖狐  作者: ミント
8/12

七話

 目を覚ますと、部屋が真っ暗だった。


「はぁ、はぁ、はぁ、」


 顔、超痛かった……。


 昔、マンションから落ちたらどんな感じなんだろうと妄想した事はあったが、まさか本当に落ちる事になるとは……。

 でも実際、めちゃくちゃ怖かったのは落ちる前だけだったな。壁に頭をぶつけたせいで、落ちてる最中の記憶ないし。

 

 あと薄々気づいていたが、まさか鬼人が透明化するとは。ただでさえめちゃくちゃ強いのに、さらに透明化能力付きとか厄介すぎる。

 くそっ、なんであんな化け物に追いかけられなきゃいけないんだ……。


「ふぅ」

 

 呼吸を落ち着かせ、一息つく。

 色々考えるのはやめよう。

 なんでこうなったとか、どうして俺がこんな目にあわないといけないとか、考えても無駄だ。ただ絶望するだけ。

 まずは行動。とにかく逃げるんだ。


 ーーカランコロンカランッ


「……」


 ……ふと、母さんの顔が頭によぎった。


 頭をぶんぶん振って、思考をリセットする。 

 今リビングに飛び出したって、母さんは助からない。また無謀な賭けに出て殺されるよりも、今は自分の身の安全を最優先に考えよう。


 鬼人は透明化して近づいてくる。しかし今から数秒間は俺の部屋にやってこない。

 となればこれからどうするか。

 クローゼットの中に隠れるか、それともベランダに出て手すりを伝い、隣の家に行くか。

 ……いや、考えるな。もういい、クローゼットは怖いから無しだ。ベランダから隣の家に行こう。


「よしっ」


 小さく覚悟を決めて、ベランダの窓を開けた。

 裸足のままベランダへ出て手すりに捕まり、軽快にジャンプする。鉄棒は得意な方だ。このまま手すりに跨ってしまおう。


 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ

 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ


 消防車のサイレンの音が鳴り響く。


 手すりに登り、俺は唖然とした。

 ……昨日行った神社が、燃えていたんだ。


「嘘だろ……」


 家から徒歩5分のところにある神社。住宅が周りに少ない為、ここからだとよく見える。

 神社に併設している公園に、沢山の野次馬がいた。

 俺が幾度となく殺されている間も他の人間は普通に生活しているんだなと思うと、なんだか腹立たしく感じた。

 マンションを抜け出せば、公園に沢山の警察官がいる。信じてもらえないだろうが、あそこに行けば助かるかもしれない。

 

 カタンッ


 後ろから物音が聞こえた。


「くそっ!」

 

 覚悟を決め、両手を付いて手すりにぶら下がる。

 足がぶらんぶらんしてめちゃくちゃ怖い。さっき落ちたのがトラウマになってるのか、息が詰まりそうだ。


 まずい、手が滑りそう。


「まなぶくんっ!」


 下の階から、千花の声が聞こえた。

 右下を見ると足場になりそうな柱が見えた。これを使えばもしかしたら下の階に行けるかもしれない。

 ……でも、千花を巻き込む訳にはいかないよな。


「千花! 危ないから家に戻れ!」


 割と強めに言った。こんなに強く言ったのは、初めてかもしれない。

 しかし千花は、首を横に振った。

 

「いいのまなぶ君。こっちへ来て」


 とても落ち着いた口調で、彼女は微笑んだ。

 千花は今の状況を理解しているのだろうか。

 いや、多分全ては知らないはず。

 けれど千花なら、どんな状況でも受け入れてくれそうな気がした。


 もう1人で抱えたくない。 

 そんな甘えた考えが、俺を動かした。


 足場を柱に移し、彼女を見つめた。

 情けない話、俺が昨日あれだけ好きでもなんでも無いとか言っていた彼女の事を、今はとても必要としている。そんな自分の事が少しだけ嫌いになりながら、俺は地面を蹴り宙を舞った。


「おわっ!」


「きゃっ」


 無事に千花のいるベランダへと着地したのだが、勢い余って千花を下敷にしてしまった。

 間一髪地面に足がついたので、千花を踏み付けたりはしないで済んだみたいだ。


「すまん、大丈夫か?」


「うん……まなぶ君は?」


「ああ。まぁ、大丈夫だ」


 身体は全然問題ない。

 でもなんか、泣きそうになった。


 何回も殺された。

 親も殺されていた。

 これらは数分の出来事だったが、俺は今まで1人で苦しんでいたから。だから千花に心配されて、凄く安心したのだ。

 

 って、安心している場合じゃない。今度こそ死んでたまるか。


「入るぞ、千花。ここに居たら殺される」


「う、うん」


 俺は千花の手をひき、部屋の中へと入った。

 夜目に慣れていたからか、千花の部屋はとても眩しく思えた。

 ふわふわの絨毯の上に座る。とにかく手触りが良くて、とても癒される絨毯だ。

 初めて入ったが、千花の部屋はとても綺麗に整理されていた。普段温厚で丁寧な性格の千花にピッタリな部屋だった。


「大丈夫……?」


 千花が心配そうに俺の顔を覗き込む。

 部屋の内装を見る余裕があるほどには冷静さを取り戻したものの、俺はまだ肩で息をしていた。恐らく顔の血色も悪いだろう。


「あぁ。……すまん、巻き込んで」


「ううん、全然!」


 俺に気を遣わせないように、ぶんぶんと首を振って否定する千花。ああちゃんと、いつもの千花だ。


「その……まなぶ君は、追いかけられてるんだよね?」


「まぁ、そうだな。……千花も、さっきの記憶があるのか?」


「うん……。でもそれだけじゃなくて、なんというかその……さっきのその前も何回か、タイムループ? みたいなのをしてて」


「嘘だろ……」


 つまりはあれか? 俺がタイムループする度に千花もタイムループしてたって事か?


「まなぶ君も何回かタイムループしてるんだよね? それも、殺される度に」


「なんで俺が死んだって分かるんだ?」


 タイムループに気付くのはわかるが、俺が死ぬところを千花は見ていないはず……。


「私がタイムループする時、上からまなぶ君の叫び声が聞こえてきたから」


「そうか……」


 どうせ死ぬのならと思って感情を爆発させていたのだが、冷静になってみると結構恥ずかしい。まさか千花もループしてるなんて思わなかったしな。


「その、本当に大丈夫……? 辛かったよね……」


 そっと、千花が俺の手を握る。

 初めてだった。千花から俺の手を握ってくれたのは。

 千花は気を遣っているのか恥ずかしいのか、いつも何もしてこない。

 電話するのも俺から。

 手を繋ぐのも俺から。

 デートをするのも、キスをするのも、全て俺から行動してきた。

 そんな千花が俺を心配して、手を握ってくれた。それが何より嬉しくて、目頭が熱くなった。

 

「ありがとう千花。もう大丈夫だ」


「うん」


 千花の優しさに触れ、心が癒されていく。

 ーーそんな最中、部屋の扉が開いた。


 ガラガラガラッ

 

「誰やおまえ」


 入ってきたのは、千花の父親らしきおじさんだった。

 しかしこのおじさん、千花と全然似ていない。強面で、強靭な身体。極道のゲームやった事あるけど、あれに出てた感じの見た目をしてる。しかもかなりお怒りのようだ。


 なにせ娘の部屋に彼氏が深夜、無断で入ってきたのだ。怒っていないはずがない。

 入ってきたのが鬼人ではなかっただけまだマシだが、これはこれでまずいよな。


「あの、すみませんこんな遅くに。でも今、ちょっと大変なことになってて……」


「俺は誰やって聞いたんやけど」


「あの、彼氏です。千花の」


「なんやて?」


 うわぁ、どうしよう……。

 俺が苦手なタイプの人だ。何を言っても聞いてくれなさそうな、この感じ。

 

 しかもこのおじさんがどれだけ恐ろしいのか、千花は唇を振るわせながら縮こまってしまった。何かを訴えるかのような素振りを見せてはいるが、喉の奥がつっかえて声が出ていないみたいだ。


「その、突然不審者に襲われて、ここに逃げてきたんです!」


「はぁ? 不審者ってなんやねん。俺さっき帰ってきたばっかりやから気づかんかったけど、お前どうせずっとここおったんやろ。変な嘘つくなや」


「いや、ほんとですって! 本当に襲われてて、俺、さっき上の階からベランダ降りてきて……」


「ベランダ? ……せや、お前よう見たら上の階のやつやんけ」


「そうです! 上の階で今、ツノが生えた男に追いかけられてるんです!」


「はぁ? お前、もしかして薬やっとるんとちゃうか……?」


「ちがっ、俺は……」


 ダメだ、全然信じてもらえない。


「ほんま、話ならんわ。とりあえず上の階行って親御さんとーー」


 ーーピンポーン


 不意に、チャイムが鳴った。


「見てみぃ、お前の親御さん迎えに来はったんとちゃうか。ほんま、こんな夜中に面倒なやっちゃで」


 そう言って、おじさんは玄関へ向う。

 お母さんが迎えに来た?

 そんなわけない。そんなわけがないんだ。


「待ってください! 俺の話をーー」


 ドサッ……。

 

 それは、突然の出来事だった。


 玄関へと続く廊下の途中。

 おじさんが、急に倒れてしまったのだ。


「……へ?」


 さっきまであんなにお怒りだったおじさんが、今は全く動かない。目も開いていない。

 俺はおじさんを軽く揺らしながら、声をかけた。


「おじさん! おじさん!」


「ん? ……あぁ」


 呼びかけるとおじさんは何事もなかったかのように立ち上がり、辺りを見回した。


「おじさん?」


「んー、あぁ」


 両手をだらんとぶら下げ、目は虚。

 さっきまでイライラしていたはずのおじさんはどこへやら。操り人形のように腰を上げ、玄関へと歩き出す。

 その様子は、とても不気味であった。


「まって!」


 俺は咄嗟におじさんの肩を掴んだ。

 しかしおじさんは俺の掴んだ手など無視して強引に進んでいく。

 まるで人間とは思えない力だった。

 引っ張られた俺は廊下で転び、ゴンッと床に頭を打ちつけた。


「まなぶくんっ!」


 ーーガチャッ、ギィィィィイ

 

 千花が俺の元へ駆け寄ってくるのとおじさんが玄関の扉を開くのは、ほぼ同時であった。


「あらあらまあまあ。こんなところに居たのね、まなぶ君」


 インターホンを鳴らして玄関から現れたのは、妖狐だった。


「お前……! どうしてここが分かった!」


「あらあら、耳障りな音ね」


 ガタンッ


 妖狐が怪訝そうな顔をすると突然、おじさんが俺の首を掴んできた。


「ぐぐっ」


 凄い力で押さえつけられてはいるが、締め付けは少し甘いようだ。顔は振れるし、声も出る。まだ殺すのは早いという事か。


「お父さん! 何してるの!?」


「千花……! ちょっと離れてろ」


「……?」


 俺が浅い呼吸でそう言うと、千花が何かを察したように少しおじさんから距離を取った。


「ねぇまなぶ君。どうして貴方は私達が来ることを知っていたのかしら?」


「なんのことだ……?」


「あら、知らないふりするのね」


「あぁ……。俺はただ、急に彼女に会いたくなっただけだ……」


「あらあら、ふふふっ」


 彼女が笑みを浮かべると、おじさんは俺の首からそっと手を離した。

 しかし同時に、目の前が真っ暗になっていく。まるで自分が誰かに乗っ取られるかのような感覚に、吐き気を催した。


「ぐっ、がはっ」


「なら、直接見せて貰うわ」

 

「動かないで!」


 薄暗い視界の中、千花が刃物を持って妖狐に構えているのが見えた。


「あなたは一体……何者なんですか?」


「あらあら、物騒ね」


 妖狐が顔を顰めるとおじさんが立ち上がり、千花と対面した。


「お父さん……?」


 その後おじさんは千花が構えた包丁の刃を素手で握りしめ、千花の動きを止めた。


「え、あ、や、やめ……」


 おじさんの手から血が滴り落ちる。鋭利な刃が五本の指にめり込み、肉が抉れていた。

 それを見た千花は手を震わせ、包丁を離した。

 包丁を手にしたおじさんはそのまま持ち手を変え、刃を千花に向けた。


「やめろぉぉ!」


 俺は咄嗟におじさんの腰に手を回し、無我夢中で引っ張った。不意を付けた為、思ったよりも簡単に千花から引き剥がすことができた。

 しかし包丁を持ったおじさんはよろめきながら、俺の太腿に刃を突き刺した。


「ぐっ、あぁぁっ」


「まなぶくん!!」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 あし! あぁぁあし! あし!


「ぐ、ぐぅぅ」


 この包丁、抜いた方がいいのか?

 それともそのままの方がいい?

 ダメだ! 死ぬ程痛い!


「ぐあぁっ!」


 あまりに痛みが激しかったので、俺は勇気を振り絞って包丁を引っこ抜いた。


「あらあら痛そうね。ふふふっ、目的が果たせそうだわ」


 妖狐がなにか言っているが、そんなのが聞こえなくなるくらい痛い。死んでやり直したい。


「このっ!」


 ぐさっと、おじさんのアキレス腱を包丁で切り付けた。おじさんには申し訳ないが、この状況を打開するにはこれしかない。

 おじさんは無言で膝を落とし、片膝立ちになった。切れたアキレス腱は非常に痛々しく、両足で立つことは難しそうだ。


 カランカランッ


 あまりにグロテスクなものを見た衝撃で、俺は包丁を落としてしまった。その隙を見たのかおじさんが俺の肩を地面に叩きつけ、上に乗っかってきた。


「くそっ、こんのっ」


 足が痛い。身動きが取れない。

 体が疲れているのか、あまり気力が続かない。

 天井の豆電球がやけに眩しく、床が冷たく感じた。あと、おじさんはとてもタバコ臭い。


 そんな中、俺はもう一度全力を尽くして立ちあがろうとした。


「ふんぬぅっ」


「ふふふっ。貴方、彼女想いなのね」


 妖狐は目を閉じたまま愉快そうに笑う。

 そんな彼女を前にして、千花が包丁を拾った。


「あれ……なん、で……」


 しかし包丁の刃は、何故か千花自身に向かっていた。正確には、千花の首元に。


「あれ、手が……手が勝手に……」


 徐々に首元へと近づいていく刃。

 千花は足をブルブル振るわせ、振動で歯をカタカタ鳴らしながら包丁を見つめていた。

 

「お前! 千花に何をした!!」


「あらあら、ふふふ」


 千花の手を止めようと暴れるも、おじさんに押さえつけられて身動きが取れない。

 どれだけ足掻こうと、どれだけ喚こうと、力の無い俺はおじさんから抜け出す事ができない。


「ま、まなぶくん……いやだ、、嫌だよ……」


「やめろぉぉぉ!!」


 目の端に涙を溜め、顔を小刻みに揺らしながら。

 徐々に徐々に、首元へと近づけていき。

 最後は自分の首へと、包丁を刺した。

 少しだけ。


「がぁぁっ」


 致死量程ではない血がドロドロと、首元から溢れ出ていた。千花は唇を真っ青にしながら、声にならない唸りを上げる。


「千花……!」


 千花はあまりの苦痛に呻吟していた。

 その間俺は、何もしてあげられなかった。ただその顔を見つめて、自分はあんなに苦みたくないとか、そんな事を考えてしまった。そんな事しか、考えられなかった。

 あぁ俺は、正真正銘のクズ野郎だ。


 ーーパリィンッ


 不意にベランダの方から、ベランダの窓ガラスが割れる音が聞こえた。

 その音が聞こえると妖狐は不機嫌そうな顔でこの現場を眺め、ため息を漏らした。


 そして、ベランダの方から鬼人が現れた。

 鬼人は血を吐き涙を流す千花を見つけると、容赦なく槍で胸を突き刺した。

 ぐさっと、骨を砕いて長い刃を突き刺す音が聞こえた。いや、実際そんな音は聞こえないのだが、頭がそう勝手に効果音を付け足した。

 致死量を超える大量の血液を体の中心から垂れ流した千花は、ゆっくりと両膝をついて倒れ込んだ。


「ねぇ。さっきも言ったけれど、私の許可なく勝手に行動するのはやめてくれないかしら?」


「……」


 妖狐は不機嫌そうな顔で鬼人に文句を言った。しかし、鬼人はそれを無視して俺に近付いてくる。


「もう、せっかくのーー

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