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鬼人と妖狐  作者: ミント
7/12

六話

 目を覚ますと、部屋が真っ暗だった。

 

「あれ……なんで俺……」


 頭がぼーっとする。

 意識がはっきりしない。

 ストレスのせいか、感情の整理ができない。思考がまとまらない。


 さっきまでのは……夢?

 夢? 夢だよな? 夢であってるよな?

 そうだ、携帯を見よう。


【3月20日AM 4:12】


 見たことのある時系列。あぁやっぱり夢じゃない。

 でもわからない。

 だって、さっきの俺は、


 し ん で な い


 ……いや、まてよ。

 前回リビングで大暴れして、それから急に意識がなくなって、目を覚ますとベットの上に居た時。そういえばあの時も死んでなかったな。

 でもあの時は隣に千花がいて、でも普段の千花じゃなくて、それからなぜかいきなり首を絞められて、それから鬼人が現れて、千花が殺されて。

 そしてまた、過去に戻った。


「ん〜?」


 ダメだ、全く訳がわからない。

 あの時なんで千花は俺の部屋にいたんだ? というかなんであんなに様子がおかしかったんだ?

 あと、なんで千花が死んで、俺が過去へ戻ったんだ? というか過去へ戻ったから、千花は生きてるよな? 千花もループしてるよな? 死んでないよな?


 そもそもの話、どうして俺はこんな目に遭っているんだ? というかタイムループってどういう原理?


「……」 

 

 考えれば考えるほど、訳がわからない。

 とにかく今は、何か行動しないと。

 今すぐ動けばもしかしたら運良く母を助けれるかもだし。俺も逃げれるかもしれないし。よし、行動だ。


「よいしょ……あれ?」


 身体が、思うように動かない。

 

「おかしいな……」


 何度試しても、動かない。

 まさか鬼人の仕業か? それとも妖狐?


 ……いや違うな。俺、疲れてるんだ。


 あぁしんどい。疲れた。何もしたくない。

 でも痛いのは嫌だ。何回経験しても、あの痛みだけは慣れる気がしない。

 あんなに痛い思いをするくらいなら、もういっそのこと本当に死んでしまいたい。もう生き返りたくない。生きていたくない。だってその方が、楽だから。

 だけど、死ねない。何度死んでもまた、この時間に戻ってきてしまう。


「ああああぁぁ、あああああぁぁぁ」


 頭は冷静なのに、身体が言う事を聞かない。何かをするのが面倒だとかそういう事を考えているわけじゃないのに、何かのアクションを起こすのを身体が面倒に感じてしまっている。


 ーーカランコロンカランッ


「うううううぅぅ」


 何かが落ちるその音に、身体がストレスを感じた。身体がストレスを感じたのを、脳が理解した。

 頭と身体が別離していて、行動と思考が伴わない。何かしないといけないのに、身体が言う事を聞いてくれない。


「もう、むり……」


 こうしてこの世の全てを諦めた、そんな時だった。


 ーーヴゥーッ、ヴゥーッ、ヴゥーッ、


 不意に、携帯のバイブ音が鳴った。

 着信相手は【黒瀬千花】


 その名前表記を見て、心臓が大きく跳ね上がる。


「千花……!」


 俺は千花が無事だった事に安堵した。

 しかし何故このタイミングで千花から電話が来たのかはわからない。

 このループと何か関係があるのかもしれないし、もしかしたら前回と同じく、いつもの千花ではなくなっているのかもしれない。

 それでも俺はこの千花の名前を見た瞬間、驚くほど自然に身体が動いていた。


「……もしもし?」


「もしもしまなぶ君!? まなぶ君なの!?」


 耳が痛くなるほどの大きな声が、スマホから鳴り響く。


『うるっさいなぁボケ! ちょっとこっちこい!』


 同時に、電話の向こうで千花の父親の怒鳴り声が聞こえた。どうやら夜中に大声を出したせいで怒られてしまったそうだ。

 そういえば前に、父親が乱暴な人だと聞いたことがある。まぁ父親は夜遅くに帰ってくるらしいから、俺もどんな人かは全く知らないが。


「ご、ごめんね。……ちょっと、小声で話すね」


 父親に怒鳴られて冷静さを取り戻したのか、いつも通りの千花にもどった。そんないつも通りの千花に、なんだか少し安心する。


「あぁ、ど、どうしたんだ?」


 人と話すのは随分と久しぶりな気がする。凄く嬉しい。しかしその反面、また千花が狂い出すのではないかという恐怖もある。


「えっとね。その、実は……」


 ーーガチャッ、ギィィィィィイ

 

 千花が何かを伝えようとしたその時。

 不意に、部屋の扉が開いた。


「あっ、あぁっ」


 その聞き覚えのある音に、光景に、俺は小さく悲鳴をあげる。

 恐怖で手の力が抜け、携帯をベッドの上に落としてしまった。


「……なの」


 千花の声が微かに聞こえたが、全く耳に入ってこなかった。今はただ怖くて怖くて仕方がない。

 ここに居たら殺される。

 どこか、遠くに逃げないと。


 ガラガラッ


 俺は振り返る事なく、一直線にベランダへと飛び出した。

 今は3月の真夜中。外は冷たい風が吹き、外気で顔が痛くなる。しかし身体は興奮してるからか、薄着でもそんなに寒くない。


 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ

 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ


 近くで火事でも起きたのだろうか。外は消防車のサイレン音がけたたましく鳴り響いていた。

 しかしそんな事はどうでもいい。今はとりあえず、身を隠せる場所を探さないと。


 辺りを見渡すと、隣の家へと続くベランダの仕切り、隔て板が見えた。

 隔て板には『非常時にはこの壁を破って隣戸に避難することができます』と書いてある。これだ。これを破って隣の家に助けを呼ぶしかない。


「よしっ」


 正直、俺のせいで隣の人を巻き込んでしまうことに対しての罪悪感はある。しかし、今は緊急を要する非常事態。5回も殺され、今も鬼人に狙われているこの状況下で、周りを見ている余裕など無い。

 俺は少し助走をして、勢いよく体当たりする。


 ドンッ


「いったぁ!」


 板はぶち破れた。それなのに何故か、大きな物にぶつかった。


「なんだよ、これ」


 隔て板を破った先にはなぜか、大きな家具が置いてあった。タンスか? 裏を向いてて正直何かわからないが、とにかく大きい木材が目の前に現れた。

 

 自室の窓を振り返ると、当然だが部屋の扉は開いたまま。まずい。このままでは鬼人に追いつかれてしまう。


「ふぐっ、うおぉぉぉぉぉお!」


 死ぬ気で押した。しかし、ピクともしない。なんだこの家具、何か入ってるな。くそっ、なんでここに荷物なんか置くんだよ……!


「あぁもうっ!」


 俺には時間がない。隣の奴がここに家具を置いていたことを腹立たしく思うことすら馬鹿馬鹿しい。他にどこか、身を隠す場所は……。

 鼓動が速くなる。身体に汗が滲み、焦って頭が真っ白になる。落ちるかもしれないが手すりを伝って隣の家に行こうか、それともまた家具を押し続けようか。


 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ

 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ


 消防車のサイレン音が、やかましく頭に響く。うるさくて、うるさくて、頭が落ち着かない。

 すると不意に、後ろから物音が聞こえた。


 カタンッ


「っ!?」


 振り返ると、誰もいなかった。

 しかし、鬼人は目の前にいる気がする。      

 

 俺はベランダの手すりに捕まり、外へ飛び出そうとジャンプした。しかし、


「なぁっ」


 何も無い場所から急に現れた鬼人に足を掴まれてしまった。

 やっぱりそうだ。

 この鬼人、透明化してやがる。


「わあぁぁぁぁ!!」


 しかし気づいた時にはもう遅かった。鬼人に足を掴まれた俺はベランダから持ち上げられて外に垂らされ、左右にぶらんぶらんと揺らされた。

 顎を上げると地面が見える。高い所が苦手では無かったが、いざ殺されるとなるとめちゃくちゃ怖い。心臓止まりそう。


「わっ、わぁっ!」


 鬼人は何が楽しいのかその後何回もぶらんぶらん俺を振り回した。

 俺は振り子みたいに顔を揺らしながらも、いつ手を離されてもいいように腹筋に力を入れて耐えていた。

 やがて鬼人は手を離し、俺は急速に落下する。


「おぉぉぉぉおおお!!」


 こうなったらなんとか下の階のベランダに入ろう。それしか助かる道はない。


 ドンッ


「がはぁっ」


 しかし簡単には掴まれず、顔面を壁に強打。そのまま一直線に落ちていく。

 幸い顔面を強く打ったおかげで気を失うことができた。めちゃくちゃ痛かったけど、落ちている間は怖くない。

 なんかこの時、走馬灯みたいなのを見た。高校入試の時の事とか、千花をいじめから救った時の事とか。

 千花には言ってないが、あの後いじめっ子の彼氏と殴り合ったんだよなぁ。今のこの現状よりマシだけど、正直あれも怖かった。あーこんな事は絶対千花に言いたくない。ダサすぎる。


 まぁそんな、どうでもいい走馬灯を見ながら。


 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ

 ウゥーゥゥカンカンカンカンッ


 俺が落ちている間も、消防車のサイレンは鳴り響いていた。

 

 

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