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鬼人と妖狐  作者: ミント
6/12

五話

 目を覚ますと、部屋が真っ暗だった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 なりふりなんて構ってられない。

 恐怖心から逃げてちゃダメだ。

 

 自分だけじゃないんだ。

 母の命が懸かっている。

 あんな光景はもう二度と見たくない。

 母の死だけは、なんとか阻止しないと。


 俺は勇気を振り絞り、部屋の扉を開けて走り出した。

 リビングの家具を押し退け、玄関の前までたどり着く。


「ぇっ……」


 しかし、この世の中はどうにもならない事の方が多いようで。


「そん、な、、」


 母は既に、刺された後であった。 


「どうして……」


 俺はあまりの無力さに立ち止まり、膝を落とす。


 淡い期待だった。

 ただ、2回も家族が殺されているところを見るのが辛かった。

 感情がぐちゃぐちゃになって、頭が痛くなって、吐き気がする。

 希望を失い絶望した俺は、大きな声でただただ叫んでいた。


「なんで!! なんでなんだよ!!」

 

 身体がのけぞり、天を仰ぐ。

 今の俺には、豆電球の光すら眩しく思えた。


「あぁぁぁぁあ!! くそっ!! くそっ!!」


 行き場のない感情を吐き出すと、身の周りの物を次々と破壊する自分がいた。

 ドンッ、パリンッ、ガシャンと、全てが壊れる音がする。

 

 どうせまた殺されるんだ。

 だったら、何をしたって良いじゃないか。


 ーーピンポーン


 また鳴った。


 いい、もう気にしない。

 どうせ誰も助からない。


 母も、俺も。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 割れた皿の破片が手に刺さり、血が地面に滴り落ちる。

 辺り一面に割れたガラスが散らばり、食器棚が倒れ、床には穴が空いていた。


「ふう」


 スッキリした。


 なんでかな、物凄く気分がいい。

 今ならなんでもできそうだ。


「ははっ、はははっ」


 楽しい。

 すごく、すごく楽しい。


「あははははっ、あははははははっ」


 嬉しい。楽しい。

 なんだか外へ出て踊りたい。

 

 こんなにふわふわした感覚、初めてだにゃー。


「わぁーい」


 玄関のドアを開けて、外へ飛び出たー。


 外は結構寒かったー。

 そういえば3月だし、上着を着てたら良かったなぁー。


「おぉー」


 6階から眺める月はまん丸で大きくって、周りに町が見えたー。

 隣にはなんか見たことないお姉さんが立っていて、そのお姉さんがすっごく幸せそうに笑っててー。


「あらあらうふふ。貴方、いい音するのねぇ」


 あれ、目眩が……。



 目を覚ますと、部屋が真っ暗だった。


 なぜか、自分の部屋に戻ってきている。

 あれ? なにがどうなってるんだ?

 リビングで大暴れしてからの記憶が全くない。

 今ここで寝てたのはなぜ? いつ死んだ? 母さんはどうなったんだ?

 というか本当に、さっきまでの出来事は現実なのか……?


 様々な疑問を抱きながら立ち上がり、部屋の電気をつけた。


「おはよう。まなぶ君」


「うわぁっ」


 気がつくと千花が、俺の部屋で正座していた。



 ……はぁ?



「な、なんでいるんだよ。千花」


「急に会いたくなっちゃって。ダメ?」


「い、いや、ダメとかじゃないけど……」


「そっか。良かった」


 いやいやいやいや。

 絶対おかしいって。

 なんで千花がここに? ってかどうやって?

 

 まさかさっきまでの事と関係あるのか?

 俺の考えすぎ? 

 まあうん、そうだな、一度冷静になって推測しよう。

 まずさっきまでのは夢ってことに一旦しておこう。そしたら何もないのに突然千花が夜な夜な俺の家に忍び込んだって事になるんだけど……。  


 まぁ確かに千花はこのマンションの5階に住んでるし、ってか真下の部屋だし、柱とか伝って来られない事はない。すぐそこのベランダの鍵が空いてたのなら、母にもバレずに侵入可能だ。

 もしかするとどうしても会いたくなって来たってだけかもしれないな。うん。


 ……いやいや、それはそれで普通に怖いって。


 よし、現実逃避はやめよう。絶対にさっきまでの事となにか関係がある。そうに決まってる。

 そもそもこいつは、本当に千花なのか……?


「お前、本当に千花なのか?」


「どうして?」


「お前昨日の晩、何してた?」


「もう、どうしちゃったの? ずっと通話してたじゃん、私達」


「じゃあ一昨日は? 一昨日は何した?」


「一昨日は休みだったから映画デートして、帰りに神社に行って、お参りしたじゃん。なに、忘れたの?」


「お前、なんだよ。なんでそんな……」


 まるで、別人のような。。


「なんで? どうして疑うの?」


「いや、なんかおかしいだろ。だってお前普段、そんな話し方じゃない、、」


「話し方? 私、おかしい?」


「おかしい、って言うのも変な話だけどさ。。なんかいつもと雰囲気違うし、なんかお前らしくないって言うか……ってか、やっぱりこんな時間に来る時点で普通に変だろ」


「どうしても会いたかったんだもん! なんで? なんでダメなの!?」


 様子がおかしい。千花じゃない別の誰かと話している気分だ。

 俺の知ってる千花はもっとよそよそしくて、おどおどしてて、人の顔色を伺うような話し方をする子で……。

 少なくとも、こんな雰囲気の女の子ではない。


「お前、誰だよ。どう見たって千花じゃない」


「私おかしくない!」


「っ!?」


「おかしくなんかない! おかしくなんかない! おかしくなんかない!」


 千花は暗い表情で俯き、ぶつぶつと呟く。


「おかしくないおかしくないおかしくないおかしくない……ぁっ」


 ドサッと、急に千花が倒れた。 

 まるで、電池が切れたみたいに。


 それから千花はゆらゆらと立ち上がり、


「うぅ、ううぅ、うううぅ」

 

 低い声で唸り声を上げながら立ち上がり、不自然に首を90度傾け、天を仰いだ。そして狂ったように両手で顔を掴み、ぶんぶんと激しく頭を揺らす。


「うがぁぁぁ!!」


「……千花?」


 うめき声を上げ、苦しそうに顔をしかめる千花。


「コ……コロス」


 千花は泣きそうな顔をしながら、俺に殺意を向けてきた。憎しみと愛情が葛藤し、言葉が暴発してしまっているみたいだ。


「だ、大丈夫か……?」


 そんな千花を見て、俺は何もできずにいた。頭がパニックだ。なにをどうすればいいのかが、全く分からない。


「うぅ、うがぁ」


 ただ千花が苦しそうにしていて。

 何が起きてるのか分からなくて。

 あまりにも怖くなって俺は、思わず部屋の扉を開けた。


 すると急に、千花が襲いかかってきた。


「があぁ!」

 

「わぁっ!? わっ! ……うっ!」


 ドサッ


 千花に物凄い勢いで首を絞められ、そのまま押し倒される。


「う、うぅ……」


 あまりに強力な握力による絞首により朦朧とする意識の中、左頬に暖かい大粒の液体が滴り落ちてきたのを感じた。

 それから段々と緩まる千花の握力。

 ぼやけた視界の中、口から血を流しながら千花は言った。


「まなぶくん……逃げて」


 辛そうに唇を噛み、顔を歪めて泣いている千花。その表情はとても切なくて、美しい。


「あらあらまあまあ。美しい心音ね」

 

 後ろから突然、知らない人の声が聞こえた。

 音の方へ振り返るとそこには、知らないお姉さんが立っていた。


 その姿は、まさに妖狐。

 人に化けた狐の妖怪。


 モコモコした長い耳。

 すらりと高い身長に、腰まで伸ばした黒い髪。

 黒の着物によく似合う白い肌。

 全ての人間を魅了するような美しい顔立ち。

 そしてその大きな瞳は、何故か縫い付けられていて開いていない。


 そんなお姉さんは、心底楽しそうに笑っていた。

 しかしその不気味な笑みからは、まるで感情が読み取れない。感じた事のない、不思議な雰囲気を纏っていた。


「誰だよお前! 誰なんだよ!」


「ふふふ、感情的な音ね」


 状況が整理できない。

 目の前にいる千花は苦しそうな顔をしながら俺の首を締めていて。

 後ろでは知らないお姉さん、もとい妖狐が笑っている。


 俺はもう何回も死んでいて。

 母は既に殺されてしまった。


 ……? ……? ……?


 もう本当に、この状況のなにもかもが意味不明。

 とにかく、これだけは言いたい。

 もう痛いのは嫌だ。


 頼む誰か、、誰か代わってくれ。。


「うぐっ……!」


 ……急に。


 本当に急に、目の前が赤く染まって。。

 同時に、千花の呻き声が聞こえた。


「あ、ああぁ……」


 隣を見ると、また鬼人が現れていて。

 その手に持った槍で、千花の心臓を貫いていた。


「ふぐっ……」


 ……びちゃり。

 千花が吐き出した大量の血が、顔にかかる。


「うぐぅぅ、こぽっ……」


「ち、千花……?」


 千花は苦しそうに再度血を吐き出すと、やがてその瞳から光を失い、そして全ての体重を俺の身体に預けてきた。


「おいちかっ!! しっかりしろ!」


 無駄だと分かっていても、大きな声で揺さぶってしまう。当然、千花からは何の反応もない。

 俺はあまりのショックに、気を失いそうになった。


「千花……」


「ねぇ。さっきも言ったけれど、私の許可なく先に行動するのはやめてくれないかしら?」


「……」


 俺達をよそに、不機嫌そうな顔で妖狐は鬼人に対して文句を垂れる。しかし、鬼人は無表情のまま。


「もう、せっかくの予定が台無しじゃない。目的を忘れたのかしら?」


「……」


 妖狐はその美人な顔を顰め、ため息をついた。

 本当になにがなんだか全くわからない。

 ただわかるのは千花が死んでしまったことと、これから俺が殺されるということだけ。

 

 段々と身体が震えてきた。またあの痛みを味わうのだと思うと、怖くて仕方がない。


「もういいわ。なら早くかたずーー

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