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鬼人と妖狐  作者: ミント
11/12

八話

 目を覚ますと、あたりが真っ白な一面に包まれていた。


「眩しっ」


 夜目に慣れていたからか、千花の部屋はとても眩しく感じた。俺は反射的に目を瞑ってしまう。

 ーーあれ、、ってかなんで俺は、千花の部屋にいるんだ……?


「まなぶ君……?」


 部屋の明かりに慣れて細目を開けると、そこには千花の姿が映っていた。

 彼女は潤んだ瞳で俺を見つめた後、がばっと勢いよく抱きついてきた。


「よ、よかったぁ……まなぶ君、生きててくれたぁ……」


「え、ちょっ、まっ」


 涙目の千花にそのまま押し倒されてしまった。

 なんでこの場所に戻ったのかは分からない。けれどそんな事がどうでもよくなるほどに、安心感があった。

 まぁ、タイムリープ自体が異常な出来事だしな。こんなこともあるか。


「ううぅ、怖かったよぅ。ま、まなぶ君、殺されちゃうと思ったからぁ……」


「いや、それは俺のセリフだろ。お前、自分の首に包丁突き付けてたんだからな」


「ぐずっ、それは……ほんとに、痛かったよぉぉ」


 死の恐怖から解き放たれた開放感からか、俺達は凄いテンションになっていた。

 ただ、忘れてはいけない。全く何も解決していない事を。


「うるさいなぁこんな時間に!」


 ガタンッと大きな音を立てながら扉が開き、千花の父親が現れた。

 

「お前、誰や」


 千花の父親が怖い顔をして睨んでくる。

 しかし、こんな奴の相手をしている暇はない。妖狐は何故か俺の居場所がすぐにわかるっぽいし、鬼人も後からついてくる。今すぐ逃げないと、死んでしまう。

 千花もそれが分かっているからか、俺と目を合わせた。


「逃げよう」


 俺達は立ち上がり、ベランダの扉を開いた。


「まてこらっ、逃げんな!」


 父親が後ろから俺の腕を掴んできた。

 しかし俺はその手を振り払い、強烈な回し蹴りを喰らわせてやった。


「今お前の相手してる暇はねぇんだよ!」


 父親は俺の蹴りを顔面で受けたらしく、頬を手で抑えながらめちゃくちゃ痛そうにしていた。いきなり部屋に侵入してきた娘の彼氏にまさか蹴られるとは、夢にも思っていなかったのだろう。怒りよりも困惑しているようだ。


 そんなおじさんに背を向け、俺達はベランダへ飛び出す。そして隣のベランダへと続く隔て板を突き破り、俺達は隣の家へ、そしてさらに向こうへと走り出した。


「ふっ、ふふふっ」


 突然、千花が震えたように笑った。


「? 何がおかしいんだ?」


「だってまなぶ君……お父さんに、すっごく酷い事、してたから」


「いやあれは、その、すまん……」


「ううん、違うのっ。ただね、なんだか可笑しくって」


 息を切らせて走りながら、次々と隔て板を蹴破っていく。千花はそうやって隣人のベランダを破壊しながら、何故か楽しそうに笑っていた。

 そのまま走り続けていると、行き止まりになってしまった。俺達は手を繋ぎ、知らない人のベランダの扉に手を掛ける。しかし扉は鍵がかかっており、開くことはできない。


「……」


 俺たちは顔を見合わせた。そして次の瞬間、俺は勢いよく窓を蹴った。蹴ると窓はゴンッと大きな音を立てて振動した。しかしさすがは日本のガラスといったところか、ヒビすら入らなかった。

 

「これ……その、どうかな?」


 千花はさっきの道を引き返し、金属バットを片手に戻ってきた。

 

「おぉ、よく見つけたな」


「えへへ」


 俺はバットを両手で構え、フルスイングの体制に入った。しかし、


「ちょちょちょちょちょ、まったまったまった!!」


 異変に気付いた住人(中年男性)がカーテンを開け、部屋の中から手を広げて俺達に何かを訴えかけてきていた。でもなんだろう、この高揚感は。これがドーパミンってやつかな。


 パリィィィン!


 俺はそんな住人を完全に無視して、フルスイングをかましてやった。しかしさすがは日本の窓ガラス。大きな窪みができただけで、粉々まではいかない。


「うあぁぁぁぁあ!」


 住人は怖くなって、奥のリビングへと逃げていった。俺の何が怖いんだ。俺の方が怖い思いしてんだぞ。

 って事でもう一度フルスイング。今度はキチンと窓ガラスを破ることに成功したようで、俺は内側の鍵を開けて窓を開けた。


「よし、開いた」


「ちょっとまってくれよほんとに! おおお前ら、頭おかしいだろ!」


 眼鏡をかけた中年男性が子鹿のように足を振るわせていた。


「こ、ここ、僕の家だよ……?」


「すみません、急いでるんで」


 俺はそんなおっさんをスルーして、玄関へと先を急いだ。千花は一度立ち止まり、おっさんに軽くごめんなさいをしてから俺の後を付いてきた。おっさんは俺達にビビって何もできてなかった。

 玄関の灯りを付け、キッチンを見つける。そこには、いい感じに人を殺せそうな包丁がぶら下がっていた。


「おぉ、いいなこれ」


 俺は包丁を手に取り、千花に渡した。


「もっとけ」


「えっ……いいの?」


「俺はバッドがあるからな」


 少ないが、準備は揃った。後はこのマンションから出て、野次馬のたくさんいる神社に向かおう。きっと警察が助けてくれる。

 もっとも、遠くでおっさんが110番通報しているのが聞こえるので、助かっても何らかの刑罰が科されるのだろうが。

 

「行こうか」


 俺は玄関の扉を開き、外へ出た。

 ーー左を向くと、妖狐が奥に立っていた。

 

「……っ」


 冷や汗が止まらない。ダメだ、落ち着け、落ち着け。まだ距離がある。あいつの妙な人を操る能力も、ここまでは届かないはず、、いや、分からないけど。たぶん。

 無意識に千花の手を握る。力の抜き方が分からないから、思いっきり握ってしまった。千花は少し痛そうに顔を歪めながら、包丁で右方向を指した。


「か、かいだん!」


 そこは、非常用の階段だった。いつもはエレベーターで登り降りするので気付かなかったが、こんな奥に階段があったとは。

 俺はすぐに千花の手を引き、階段を駆け降りていった。千花が転ばないように、けれど死ぬ気で駆け降りていく。階段は建物の外に付いているので、風通しが良かった。寒さは感じないが、向かい風がとても冷たい。4階、3階ときて、2階に続く階段の途中。階段の、折り返し地点。

 上から、鬼人が降ってきた。


「うあぁぁぁぁ!」


 一心不乱に叫び、走る。三段飛ばし、四段飛ばしにして階段を降りると、着地を失敗して足を捻ってしまった。全体重を乗せた足首に激痛が走る。しかし、足を止めない。


「はっ、はっ」


 頭に酸素が回らない。緊張と恐怖で支配され、ドーパミンだけで動いている。壁に当たり、頭をぶつけながら、それでも下を目指した。

 1階まで辿り着き、唖然とした。

 外へと続く扉が閉まっていたのだ。


「うそ、だろ……」


 扉を開く時間なんてない。鬼人がすぐ、後ろまで来ているのだ。

 握りしめた千花の手が、どこか頼りなく感じた。まるで暖かさを感じなかった。重さを感じなかった。


 隣を見ると、誰もいなかった。



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