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61話 初めての王宮出仕!

お待たせ致しました!

更新再開です!



 ――馬の嘶き声が響き、車輪の回転が緩やかになり始める。

 その変化を如実に感じ取ったマリーベルは、浮き立つ気持ちを抑えきれず、そっと窓辺に寄った。


「……そろそろ、見えて来る、頃合いです……よ」

 

 向かいの席に腰掛けた少女――デュクセン侯爵令嬢・フローラが、くすりと笑ってそう言う。


「わぁ……!」


 マリーベルは、思わず声を上げる。果たして彼女の言葉は正確であった。

 視線の先に見えるは、荘厳で雄大な白亜の宮殿。円柱状の太い飾り柱が立ち並び、複雑な文様で彩られたペディメントを支えている。レーベンガルド侯爵家で見た、古典様式のそれに近い形状。しかし、こちらの方が更に洗練されていて、その様は正しく優美とすら言えた。

 

 王都・中央区セントラルのさらに中心にそびえ立つ王宮。

 近代の建築技術の粋を集めて作り出された、女王陛下が君臨せし居城。

 エルドナークが世界に誇る――パルティアナ宮殿である。

 

(訪れるのは、これで二度目。前回はデビュタントの為の拝謁。けれど、今回は!)


 マリーベルは、そっと拳を握りしめる。

 ここが、これから自分が挑む新たな戦場だ。

 体の芯から湧き上がる震えは、畏れと不安と――期待。

 

 知らず、少女の口元に笑みが浮かんだ。

 遂に、自分は……自分達はここまで来たのだ!

 

(見ていてください、旦那様! マリーベルはやりますよ! 貴方の元に必ずや、吉報を持って帰ります!)


 ふんす、と。気合を入れるマリーベル。そんな若奥様の姿を、侯爵令嬢は頼もしげに見つめるのであった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 宮廷に上がったマリーベル達を出迎えたのは、清楚なドレスに身を包んだ一人の女性だった。

 年の頃は、フローラよりも少し上。二十を幾つか超えているだろう。どこか鋭い、切れ長の眼。薄いブラウンの髪を後頭部で結い上げたその姿は、一部の隙も見当たらない。生真面目さが全身から溢れ出てくるような、見た目からして『お固い』ご令嬢であった。

 

「お初にお目に掛かります、レディ・フローラ・デュクセン。私はイーラアイム伯爵家の次女、ミュウ・イーラアイムと申します」

「はじめまして、レディ・ミュウ・イーラアイム。貴女が私の傍仕えになるのかしら?」


 うっすらと笑みを浮かべながら、フローラが淀みない口調でそう問いかける。

 先ほどの吃音気味のご令嬢はどこへやら。マリーベル顔負けの猫かぶりっぷりであった。

 

「はい、仰る通りにございます。私がお妃候補様付き(レディース)筆頭となり、その下に幾人かの侍女を束ねる予定となっております」


 そう答えると、ミュウはフローラに向かい、淑女の礼を取る。その仕草に躊躇いや惑いは無い。初顔合わせだというのに、気張った様子もまるで無い。余程にコルセットを強く巻き付けているのだろうか。細身の腰と背には、一本の芯がスッと通っているかのような、そんな錯覚さえ覚えるほどだ。マリーベルの苦手な人種タイプである。

 

「分かりました。今後ともよしなに、レディ・イーラアイム。それでは、こちらも紹介しましょう。聞いているかとは思うけれど、貴女の同僚になるレディ・マリーベル・ゲルンボルクです」


 道を開けるように、スッとフローラが横に身を寄せる。その際、彼女の指先がスカートの布地を三度引っ張るのが見えた。

 マリーベルとフローラが、事前に決めた『合図』である。

 

(……『読めた』のね。成るほど、この娘は『選定者』ではない、と……)


「初めまして、レディ・ミュウ・イーラアイム。マリーベル・ゲルンボルクと申します」


 マリーベルが儀礼的挨拶カーテシーを行うと、ミュウもまたそれに応じ再び腰を落とす。

 

 その瞳は無機質・無感情。こちらを値踏みするような様子すら無い。

 やりにくそうだなぁ、と。マリーベルは内心で舌を出す。

 実家の家政婦を思い出すような、やり手の匂いがぷんぷんとする。

 

「女王陛下に拝謁のご許可を頂きたいのだけれど、ご容体はいかがかしら?」

「……陛下は、お会いにはなれないかと」

「そう、分かったわ。では、アルファード殿下に取次ぎをお願い。到着のご挨拶をしたいわ」


 フローラがテキパキとした口調でそう告げると、そこで初めてイーラアイム伯爵令嬢の顔に微かな惑いが浮かんだ。


「……殿下は、その。本日はご政務でお忙しいとの仰せでございます。また、ご挨拶は日を改めて、と――」

「そう」


 フローラの背が震えるのが、後ろに居るマリーベルには見えた。

 

 彼女の心から何を読み取ったか。その仕草が何よりも如実に物語っている。

 

(王太子殿下……それはちょっとムゴイ仕打ちですよ)


 誰の目も無ければ、恐らく侯爵令嬢に駆け寄り、その背を撫でていた。

 ほんの目と鼻の先に居るにも関わらず、何も出来ない自分を歯がゆく思いながら、マリーベルはそっと目を伏せた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

  

  

 フローラの為に用意された部屋は、彼女の立ち位置を知らしめるが如く広く立派な物であり、マリーベルの目を大いに愉しませてくれた。

 

 昨今の流行を反映しているのか、豪奢で艶やか――とまではいかないものの、白い壁は傷一つなく輝いており、家具や小物も下品で無い程度に『お高い』物がバランスよく配置されている。実にマリーベル好みのお部屋であった。

 

 ミュウを下がらせたフローラは、そこでようやく気を抜けたらしく、ホッと息を吐く。

 

「お疲れ様です、フローラ様」

「ありがとう、マリー……」


 彼女の顔色は、どことなく優れない。

 無理も無いだろうと、マリーベルはその様子を労しく思ってしまう。

 

「殿下……アルファード様、は……私に、会いたく、ない、ようね……」

「フローラ様、そんな――」

「『読めた』の。そう言って、私を近づけないように、と……」


 気鬱げにフローラは首を振り、チェアへと腰掛けた。

 

「ミュウに、二心は無い、わ……。こちらをそれとなく、気遣うような素振りも、ある……。お父様の、息も、掛かって、いるはずだ、し……少なくとも、敵ではないと、思う……」


 ただ、と。フローラは自身の唇に指先を当てた。

 

「彼女は、ランドール殿下の、名前を、思い浮かべた、わ……」

「ランドール殿下――第二王子様、ですね」


 マリーベルの言葉に、侯爵令嬢は頷く。

 

「それがどういう意味を指すか、わからない……心で思わない事を、読むことは、出来ないの……」


 つまり、油断はするなと。そう言う事だ。

 

 古くから、王宮は伏魔殿と称されるもの。華やかな外見とは裏腹に、その内情はドロついていると養母からも忠告されたものだ。

 誰が敵で誰が味方か。それを見極めるに特化したフローラが『こちら』側にいるらしい、というのはまだ、幸いであった。

 

「……ふし、ぎ。あの方が傍に居る時は色々と、戸惑った、もの、だけど……いざ、その温もりが感じられなく、なる、と……不安で、しかたない、の……」

「フローラ様……」

「婚約者候補の、務めだから、と……隙あらば私を抱き寄せたり、匂いを嗅いだり……部屋まで押しかけてきて、鎖を、取り出した、り……あの日々が、なつか、しい……」

「フローラ様……」


 居なくなって正解じゃないです? と言いたくなるのを、マリーベルは必死でこらえた。

 ついでに思考も戸締りするよう、息を吸う。

 

 幸いにして、こちらの考えは読まれなかったようだ。フローラは憂鬱そうに肩を落としたままである。

 ほう、と。切なげにため息を吐くその様は、恋する乙女そのもの。

 

「頑張りましょう、フローラ様。そんなへんた――もとい、情熱的な王子様が変わってしまったなら、そこに何か訳があるはず。フローラ様を危険から遠ざけるためだけなのか、はたまた別の理由があるのか。私達で、突きとめましょう」

「マリー……」

「その為に、貴女はここへ来たのでしょう?」


 フローラの前に跪き、その手を取る。彼女は瞳を揺らしながらも、毅然とした表情で頷いてくれた。

 流石は次期王太子妃候補。その心根は深窓の令嬢とは程遠いのだ。

 

「そう、ね……ごめんなさい、マリー……」

「謝らないでください。こうなれば、一蓮托生! 私もはりきってお務めに励みますよ!」

「そう言ってくれると、ありがたい、わ……でも、あの、ね――」


 その時だ。

 コツコツという歩行音が少しずつこちらに近付いてきたかと思うと、程なくして扉をノックする音が響く。

 

「失礼いたします、レディ・フローラ・デュクセン。ミュウ・イーラアイムにございます。レディ・ゲルンボルクの『教育』の件について、お話をさせて頂きたく――」


 ――何だそれは。

 マリーベルが驚愕と共に振り向くと、フローラは申し訳なさげに身を縮こまらせた。

 

「――ごめんなさい、マリー……」

「え、ちょ……!」

「彼女、とても、やるき、満々、で……」


(さっきのごめんなさいは、こういう事なの!?)


 マリーベルが仕入れた王宮での侍女活動、その事前知識は急いで詰め込んだもの。

 でも、確か。それを補佐してくれる人を手配するって――

 

「失礼いたします」


 戸惑う内に、扉が開いてミュウが入って来る。

 やたらときびきびとした動作。軍人と言われても通じるくらいの無駄の無き所作だ。

 

「レディ・ゲルンボルク」

「は、はい……!」

「まだ日は高いです。今から隣室で、『指導』を致しましょう。ここに宮廷作法書も用意しました」

「そ、その分厚い奴です……? え、何冊あるの……?」

「ほんの三冊。追加で二冊。とどめに一冊。全て覚えろとは言いません。要点をかいつまんでお教えしますので、ご安心を」


 冷や汗が背を垂れる。

 勉強は不得意では無い。嫌いでは無い。苦手じゃ無い。

 けど、好き好んでやりたくは、無い!

 

「マリー……」

「く、ぅぅ……わ、わかりましたぁ……ご指導の程、よろしく、お願い、致します……」


 泣く子と王太子妃候補にゃ勝てぬ。

 他のお傍付きとふれあい、内情を探るのもまた、マリーベルのお務めだ。

 先ほどの言葉が、巡り巡って首を絞めつける。ギュウギュウと。

 

「――では、参りましょうレディ。貴女を何処に出しても恥ずかしくない『傍仕え』に調教してさしあげます……」


(旦那様の所に、帰りたいぃ……旦那様ぁぁぁ……)


 果てしなく不穏な単語ワードが混じったその言葉。

 それを耳にしながら、マリーベルは早くも夫の顔を愛しく追い求めるのだった。

 

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