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48話 これぞ秘策の展覧会!


「おぉ、あちらにいらっしゃるのはまさか、公爵家の……?」

「『御三家』の方々もお見えになったそうで……! これは凄い……! 素晴らしい!」


 会場に続々と姿を現し始めた上流階級の紳士・淑女の姿に、裏方からそれを見ていた中流階級層の『ご同輩達』が色めき立つ。

 

 無理もない、とマリーベルは思う。

 

 ――中流階級層の上澄みは、しばしば大掛かりで豪奢なパーティーを開催する事がある。

 何とかして上流階級層を呼び込んで箔をつけ、あわよくば繋がりを得ようとする試み――なの、だが。

 

 そういったものを『下品と』見下し、まともな貴族であれば、まず出席しない。仮に顔を出したとしても、侮蔑の嘲笑を浮かべるだけで、即座に帰り、社交場での話のタネにしてしまうのが常だ。その事を、マリーベルはようく知っていた。

 

 それでも、それが例え単なる冷やかし程度、ごくわずかな滞在時間だとしても、貴族の来訪は喉から手が出るほどに欲しい。

 そうやってみな、涙ぐましい努力を重ねているのだ。

 

 そして、それを踏まえた状況下での『これ』だ。それはもうみな、快哉の声を上げている。


 マリーベルもまた、内心の興奮を抑えつつ、周囲にそれとなく指示を飛ばした。


(うんうん、まずまずの参加率ですね! 皆には気を引き締めさせないと!) 

 

 がっつきたくなる気持ちは十分に分かるが、餓狼の如き目つきで涎を垂らしていたら、即座に退かれる。

 来賓が観察するのは品々だけではない。それを開催する、主催側のマリーベル達でもあるのだ。

 

「マ、マリー……わ、わたし、きんちょ、きんちょうして……」


 そこに、夫に付き添われて、ニーナ・リレー夫人がやってくる。

 

 ここ一か月強の大特訓により、逞しく成長した彼女であったが、流石に相手となるのが上流階級層、その上澄みも上澄み連中では普段のようにはいかないのだろう。

 顔色は青白く、今にも倒れてしまいそうだった。

 

「大丈夫ですよ、ニーナ。蒼い血がどうのこうの言おうとも、所詮は同じ人間です。敬う精神は必須ですが、へりくだってはいけません。卑屈な目線は侮りに繋がります」


 ニーナの手のひらをそっと握りしめ、マリーベルは優しく笑いかけた。

 

「私達なら出来ます。あんなに練習、頑張ったじゃないですか。傍にいる旦那様にも、貴女が成長した証を見せてあげましょう」

「う、うん……! わ、わかったわ!」

「気負いすぎないで。貴女の微笑みは、とっても愛らしいのですから。いつものように優しく、たおやかに顔をほころばせれば、きっと誰もが見惚れてしまうわ。ねぇ、ミスター・リレー?」


 そっと目配せをすると、得たりとばかりにウィル・リレーは頷いた。

 

「彼女の言う通りだとも! 君は世界一の淑女だ! 少なくとも、僕にとってはね」


 妻の肩を抱き、ウィルは勇気づけるようにその背を押す。

 

「うん……じゃなくて、はい、あなた……!」


 強く頷き、身を翻そうとした少女であったが、急に何かに気付いたかのように立ち止まり、上目遣いにマリーベルを見つめた。

 

「……貴女こそ、とても愛らしくて素敵よ、マリーベル。女王陛下にだって誇れる、世界一の友人だわ」


 流石に虚を突かれ、マリーベルは目を瞬かせてしまう。

 してやったり、という笑顔を浮かべ、リレー夫人は夫と共に持ち場へと戻っていった。

 

「――ありがとう、ニーナ」


 感慨深い呟きが、立ち去る背中へと吸い込まれてゆく。

 友人の成長と優しさが、胸に染み入るように嬉しい。


(私も、頑張ろう! あの子の為にも――旦那様の、為にも)


 マリーベル達が中流階級層の有力者たちと共同で開催した、華々しき展覧会。

 『限られた層』を対象に、異国の珍しい物品や花々を展示し、場合によっては競りに掛ける。

 

 もちろん、準備には相当の時間が掛かるものだ。一朝一夕で可能な物では無い。

 結婚式前からそれとなく準備をし、中流階級層への社交を通じて交渉、社交期スタートと共に築き上げた派閥の力で体裁を整える。

 目も眩むような忙しさの中、マリーベルとアーノルドはそれをやってのけた。

 

 上流階級層への『訪問』は、この展覧会への布石。

 舌戦を交わしながら、それとなくこちらへの出席を仄めかす。

 後は、招いてもらったお礼状と一緒に、こちらの招待状を同封して送付。


 元来、エルドナークに於いて『訪問』を受けた者は、返礼がてら他家へと赴く風習がある。

 屋敷アンソニーが忌避されるなら、別の場を用意すればよい。

 そうすることで、貴族たちの面目を保つことにも繋がるし、『上』と繋がりを持ちたい中流階級の上層アッパーも大いに喜ぶ。 上手くいけば誰もが得をする、これ以上ない形の社交形態。

 

 何としても、成功させる。この機会を逃すわけにはいかないのだ。


 気合を入れ、マリーベルもまた、夫の元へと歩き出した。

 

 

 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 現在のエルドナークは鉄道網の発達により、西方大陸屈指の流通を誇っている。

 ご禁制とされる一部の麻薬類以外、ありとあらゆるものが持ちこまれるのだ。

 

 しかし、そうとあっても、門外不出の宝や最新技術の塊は貴族の目すら惹くもの。

 

 新王国を始めとする周辺諸国に強固なパイプをもつ、アーノルドだからこそ実現できた展覧会。

 

 それは、かつて開かれた王国大博覧会を彷彿とさせる、立派で豪奢なものであった。

 

「これは素晴らしいね。アストリアの最新蒸気自動車か」

「こちらも中々だぞ。過去に立ち返ったようなデザインの二輪自転車だ。乗り心地も良さそうじゃないかね」


 紳士達がまず目を留めたのは、やはり新技術のお披露目だ。

 伝統を重んじるとはいえ、新しい時代の波に乗り遅れるのを由としない。

 そんなプライドのせめぎ合いに、来客限定の展覧会はするりと滑り込む。

 

「ふふふ……良いですね、良いですね。やはり蒸気自動車こそ時代の寵児。約束された勝利の車です」

「何で、お前が勝ち誇るんだ……? いや、確かにスゲエとは思うけどよ」


 ディック肝いりの企画、最新式モデルの蒸気自動車は、中々に盛況であった。

 賑わう貴族達を見て、満足そうに眼鏡を光らせる様は、実に楽しそうだ。

 

「いやぁ、聞きかじった話でしたが、事実でしたねぇ。古き尊ぶお貴族連中も、車の出す速度スピードには心を惹かれるって」


 マリーベルもまた、その様子を見てうんうんと頷く。


 貴族と言えば馬車のイメージがあり、実際にそれを好む者が多いのも事実。

 だが、元来の貴族とは、その元を辿れば初代王と、それに従う二十八騎の『騎士』に辿り着く。

 馬を駆るのは優美な趣味であると同時に、早さと力強さを今尚もって追い求めるその精神が強く作用しているのだ。

 

「アストリアの方では、馬のレースと同様に、自動車のレースも計画しているらしい、うちも、それにいっちょ噛ませてもらうつもりだ。上手くすれば、莫大な利益と集客が見込めるし、更に貴族がスポンサーに付けば、万々歳だ」

「低価格化も視野に入れられますしね。そうすれば、もっと大衆に広く使われる事でしょう。何と素晴らしき未来! 待ち遠しいですねぇ」


 いつになく嬉しそうなディックに、しかしマリーベルは疑問を覚えた。

 

「でも、通りをそんなにいっぱい車が走り出したら、危なくないです? 旗持ちだって間に合わなさそうな……」

「いや、分からんぞ。ちょっと前にガス式の信号機があったろ? 爆発事故を起こして撤去されちまったアレ。そのうち、もっと安全な仕組みが出来上がるかもしれん。アストリアの方では、電気式のそれを既に開発中らしいぜ」


 へぇぇ、とマリーベルは感心する。

 技術の発展とは凄いものだ。

 

「んじゃ、そのうち、人が運転しなくても自動的に走る車とか出来るかもしれませんね」

「それはそれで危なさそうだけどな。まぁ、夢は膨らむさ。何せ、その『証明』の一つがあっちにあるからな」


 アーノルドが顎で指したその先は、最も多くの人だかりが出来ている。

 会場の奥まった場所にあるそこは、一段上がった階層で仕切られており、その上には大きな白い布が掛けられている。

 

「さて、時間だ。そろそろメインの『お披露目』といくか」


 アーノルドがマリーベルを促し、来賓客の方へと歩を進める。

 

「おお、ミスター! 『人形』が見られる、というのは本当かね!?」

「動くのか? まるで意志を持つかのような出来だというじゃないか!」


 興奮したような貴族達の言葉に、アーノルドが恭しく礼を取って応える。

 見渡す限り、居並ぶのは紳士達が多い。奥様達はどちらかというと退屈そうな顔をしているものも居た。

 自分達は美しい宝石や装飾具を見に行きたいのに、夫の趣味に付き合わされる。

 そんな風に辟易しているようにも思えた。

                                  

「それでは、お披露目いたしましょう。我が国への初の来訪となる人形――『fantocheフォントーチェ』の公開です!」


 アーノルドが促すと、アストリアの技術者であろう青年が笑みを浮かべながら白い布を引いた。

 

「おぉ……!?」


 どよめき声が上がる。

 

 天幕が除けられたそこには、一体の『人形』が鎮座していた。

 のっぺりとした丸みを帯びた体と、四肢。

 顔は目鼻らしきものがあるものの、人のようにくっきりとした形を取っているわけではない。

 凹凸というものがあまり感じられないその姿は、無機質の極致と言えた。

 ただひとつ。右胸――人間でいうなら心臓部に位置するそこに、花の文様が描かれている以外は。

 

「残念ながら、こちらは我が国では動かせません。この胸部に備えられた『花』と呼ばれる特殊な鉱石が動力源なのですが、不思議な事にアストリアの人間でなくては目覚めさせることすら出来ず、また国土を離れれば途端に活動を停止してしまうのです」


 アーノルドの説明に、紳士達はざわめく。


「ですが、今回。ほんの一瞬だけなら、稼働も可能と証明されております。ごく、僅かな一瞬ですので、お見逃しなく」


 アーノルドが手を翳す。

 すると、それに呼応するかのように人形が静かに目を開き、一歩、また一歩と前へと動き出した。

 

「お、おぉ……!? な、なんと滑らかな動きだ!?」

「ま、まるで人間のようだ――」


 しかし、四歩を歩いたそこで、人形は足を止め、停止してしまう。

 そこが限界、ということなのだろう。

 

「ここまで、となります。これ以上はどれ程に技術が進歩しても不可能だろうと結論づけられているとか。フットマンの代わりにお供をしたり、美味い紅茶を淹れる事は叶わぬようですね」


 おどけたようにアーノルドが首を竦めると、微かに笑いが巻き起こる。

 しかし、それを打ち消すような危惧の声もまた、そこかしこでちらつき始めた。

 

「だが、恐ろしいものだな。アストリア国内では普通に動くのだろう?」

「戦に使われれば、脅威であるな……」

「それよりも、人力の代わりとなるのが問題だ。例えば大規模な工事。休む必要も無く動き続ける存在、というのは凄まじいぞ」


 恐るべき技術革新に、さしもの有閑貴族達も戦慄を隠せないようだ。

 気の弱い貴婦人などは、血の気が引きかけている者までいる。

 

「失礼、少々御婦人方には刺激が強すぎたかもしれませんね。あちらに軽食を用意しております。良ければ、茶など嗜みながら、休憩なされてはいかがでしょう?」


 アーノルドのその申し出は、『社交』開始の合図でもあった。

 何人かの紳士や淑女たちは、その意図を悟ったのだろう。

 お手並み拝見、というように笑みを浮かべながら、給仕係の先導に従って歩き出す。

 アーノルド達もまた、その最後尾から彼らを追おうとして――

 

「……ミスター・ゲルンボルク」 

 

 ――横合いから、声を掛けられた。

 

「いつぞやの披露宴ではろくに挨拶も出来ず、申し訳ない事をした。改めて弟の不躾な態度を詫びさせて欲しい」

「これは、ルスバーグ公爵閣下……! こちらこそ、せっかく閣下にお越し頂いたというのに、ご挨拶も出来ず、失礼を――」


 丁寧に紳士の礼を取る彼――ルスバーグ公に、アーノルドも一瞬遅れてそれを返す。

 

「『アレ』には私も手を焼いているのだ。全く、いつまでも浮ついた態度を取りおって……!」


 やはり、公爵閣下から見ても『名探偵』は頭の痛い存在のようだった。

 疲れたようにため息を吐くその姿は、とても演技には見えない。

 

「しかし、見事なものではないか。各国の珍しい品々が、たんとある。特に『人形』だ。アレは中々に素晴らしいと――」


「そうかね? 如何にも成金らしい内装インテリアだ。見世物以外の価値があるとは思えんね」


 突然、水を差すように響いた声に、アーノルド達はそちらを振り返る。

 

「……随分と失敬ではないか。紳士の吐くべき言葉とは思えんが」

「そう感じられたのなら、お詫びしましょう閣下。最近、どうも目に余る光景がありふれていてね。伝統とはなんたるか、理解しない者が多すぎる」


 肩を竦めるようにして、『彼』は嗤う。

 年の頃は四十か、もう少し上か。コートの上からでも分かる、逞しい体つきの偉丈夫だ。

 あからさまな侮蔑の視線を隠そうともせず、『彼』はアーノルドを見据えた。

 

「残念ながら、妻は不参加ではあるが――招きに応じてやったのだ。文句はあるまい? ミスター・ゲルンボルク」

「ええ、光栄に存じます。レーベンガルド閣下」


 アーノルドが恭しく礼を取ると同時、『彼』――サウス・レーベンガルドは意地悪気に口元を歪めた。

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