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127話 因果応報


「何だ、上手く行ったのか? どうなんだ!?」


 双眼鏡で覗いた先。駅の向こうから漂ってくるのは、蒸気の煙では無い。

 紛れも無く、爆発によるもの。それを知り、男は歯噛みをする。

 汽車が線路を疾駆してはおらず、未だに駅構内に留まっているだろう事は明白だった。


 という事は、最後の手段として足止めに徹したのだろう。

 アレは、不確定な方法だ。本当ならば汽車を走らせてから爆破した方が、相手を始末できる可能性は高かったのだが。

 男は苛立つように拳を壁に打ち付ける。つまり、失敗した可能性が高い。

 

(くそっ! くそっ! 折角あの野郎の絶望する顔が見れると思ったのに!)


 駅前はパニックになってるようだ。爆発の音に何事かと立ち止まる者、様子を伺う者、そして逃げ惑う者。

 その内の何人かがこちらに向かって来るが、男は鼻を鳴らして目を細めた。

 

 とたん、目が合った人々が戸惑ったように頭を振るわせ、のろのろと男を避けて立ち去ってゆく。

 腹の奥底から膨れ上がる万能感。この世に成し遂げられぬ事など何一つないのでは、と思えるほどの悦楽が体に漲る。

 

 

(まぁ、いい。これなら、鉄道機関車の運行は不能だ。他の駅に移動しても間に合わねえ。まだ、まだやり直しは利く。この力を使い、アイツ等のように従わせれば、それでいい)


 思考が単純化されやすいため、あまり複雑極まる作業をこなさせる事が出来ないのが難点。しかし、それを補ってあり余るほどの『特権』を男は手に入れたのだ。過信は禁物であるが、使い所を間違えなければ、実に有効な力だ。

 次だ、次こそは。あの男に文字通りの地獄を見せてやる。そう舌なめずりをしながら、踵を返そうとして――

 

「――うん、あぁあれだ、あの男だね。この雑味たっぷりの舌触り。間違いありませんよ、ミスター」


 現れたのは、眉を顰めた少年。まだ子供と言っていい年だろう。身なりはそれなりに整っていそうだが、妙に余裕ぶった態度が男の勘に障る。『力』を使って退かそうとした、その時だった。

 

「おぉ、これは素晴らしい。流石、商会長が是非にと残していった御方だ。何とも頼りになりますねえ」


 何処かのんびりとした声と共に、少年の横合いから男が一人、顔を出す。

 小太りの、初老の男だ。小さな眼鏡を掛けたその顔は、柔和な表情と相まって、見ているだけで気が緩みそうになる。

 子熊のようなユーモラスな外見のその男は、ステッキを片手にコツコツと地面を叩いた。

 

「失礼、ガモン・ガヅラリー様でいらっしゃいますね?」

「お、お前は――テディ・マディスン!?」


 ギョッとして男――ガモンは唾を呑み込んだ。ゲルンボルク商会の、商会長補佐。重鎮たるこの男が、何故ここに!


 ガモンも一時期は功罪両方で新聞を賑わせた事がある。顔を知られていてもおかしくは無い。

 だが、今のガモンは昔とは似ても似つかぬ風貌だ。肥えていた体は不気味なほどに痩せこけ、短かった髪も伸び放題である。

 なのに、目の前のこの男は、自分を一目で看破した?

 警戒心が高まる中、白い手袋に包まれた腕が伸び、こちらを誘うように手招いた。

 

「荒っぽい真似はしたくはありませんので。少しお付き合いいただけますか? 御話を少々聞きたいのです」

「話? 話だぁ?」


 丁度いい。こちらも聞きたい事があった所だ。のこのこと出て来てくれたのなら、好都合。

 アーノルドの腹心中の腹心であるこの男を、上手く惑乱させる事が出来れば、今回の失敗も帳消しになる。

 ガモンは目を輝かせ、眼鏡の奥に隠された瞳を覗き込もうとして――

 

「おっと、駄目だよ。それは見過ごせないね」


 ――目の前に、酒瓶が飛び込んで来た。

 

「こ、このガキッ!」

 

 咄嗟に前に出た少年がそれを投げたのだと知り、ガモンは怒りを込めてその生意気そうな顔を睨み付けた。

 目と目がかち合い、中空に火花を散らす。少年の意志を捻じ曲げようと、瞳に力を込める、が。

 

「ぐほっ!?」


 あまりの苦痛に、男の背筋が折り畳まれる。鳩尾に走った、それはあまりに鋭い衝撃。

 いつの間に接近したものか。気が付けば目と鼻の先にテディの姿があり、それが突き出したステッキが、深々とガモンの腹に沈み込んでいた。呼吸すらままならず、ガモンは喘ぐように口をパクパクとさせる。

 

「ミスター・マディスン。そいつの触媒は『目』だ。視線を合わせるのが発動の条件だと思うよ」

「成るほど成るほど、ありがとうございます」


 のんびりとした声とは裏腹に、振って来たのは苛烈な一撃だった。

 足元を勢いよく払われ、ガモンの体が前のめりに倒れ込む。あっと思った瞬間、視界が黒く塗りつぶされた。

 それが、布か何かを巻き付けられたのだと悟った時にはもう、手遅れであった。


「色々と、コソコソ動き回っていたようですね。不心得者を上手く抱き込んだものだと思っていましたが、こういう事でしたか」

「……知っていやがったのか」


 成るほど、つまり。自分はしくじったと、そういうわけだ。とすると、アーノルド・ゲルンボルクは既に王都へ……?

 ガモンは憎しみに心が狂いそうになるのを、必死に抑える。

 自分の人生は、いつもこうだ。上手く行ったと思った瞬間、奈落の底に突き落とされる。

 操り人形に成り下がるのを是としたわけではない。利用されるだけの生き方なんて、望むはずもなく。


「くそう、なんでだ……くそう、くそう……! なんでテメエらばかり、美味いことを独り占めにして……!」

「貴方の事情など存じませぬが」

「がっ!?」


 背に、ステッキが突き下ろされる。急所を押さえられたか、あまりの激痛に言葉すら叶わない。

 

「なんのかんのと言っても、散々に甘い汁を啜ったのでしょう? 今更恨み言を呟くのは如何なものかと」

「うわぁ……」


 怖々とした少年の声が、ガモンの耳に届く。

 今、あの男は。柔和そうな面構えを装っていたその紳士は。

 一体、どんな顔でこちらに対しているのだろうか。

 ガモンの背筋が一気に冷えてゆく。

 

「補佐! 昔の顔が出てますぜ! 車を用意しましたから、早くこっちへ!」

「おっと、いけない。商会長の事を揶揄できませんね」


 声と共に、ガモンの背中が軽くなる。

 ステッキを引いたのか、痛みは遠ざかってゆくがしかし、無言の圧力めいたものは尚更に重みを増していくかのようだ。

 数多くの荒事をこなしてきたガモンをして、恐怖に身が震え出す。

 

「――美味しい食事と、快適な寝床。最高級のおもてなしをして差し上げますよ、ミスター・ガヅラリー」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


「ご協力、感謝いたしますよセルデバーグ様」

「なあに、このくらい。容易いことですとも。ミスター・マディスンには色々と珍しい食べ物をご馳走になったし。こっちとしても商会に世話になっている身だ。協力は惜しみませんよ」

「何とも頼もしい御言葉。今夜のお食事もご期待くださいませ」

「やったね!」


 その言葉だけで、十分に満たされる。ここが走行中の自動車内で無ければ、踊り出していた所だった。

 今、フェイル・セルデバーグが滞在しているのは、新王国では無い。エルドナークの国内である。

 向こうの肉料理も中々のものだった。味が舌に残っている内に食べ比べをしてみたい。

 この街はローストビーフに関しては中々の名店があると聞く。フェイルは浮きだった気持ちのまま、後部座席に身を沈み込ませた。


「にしても、補佐役の貴方が向こうを離れても良かったのかな?」

「この私一人が居なくても、少しの間くらいは何ともありませぬよ。むしろ、清々として羽を伸ばしていないかが心配ですな」

「そんなものですかねえ」


 色々と奔放とはいえ、貴族育ちのフェイルには実感の湧かない話だ。

 とはいえ、興味はある。将来、身の振り方の一つとして、選択肢の最上位に位置するものではあるからだ。

 先ほどのこれを見越したのか、フェイルをテディの元に残していった判断といい、機を見るその嗅覚といい。

 『下』に付く相手として、アーノルド・ゲルンボルクは中々の良物件であった。

 

(なら、これもひとつ付け加えておきましょうかね)


 相手は商売人だ。なら、お高く売り込んでおくことが肝要。損はあるまい。

 

「電報を添えた方が良いと思いますよ、ミスター。アレはどうにも変だ、おかしな『味』がした」

「といいますと?」

「見てくれだけを取り繕って、中身がスカスカ。手抜きのパイを食べさせられた気分だね。あれじゃぁ、駄目だ。僕達にはまるで効かない、効果が無い」

「紛い物だと、そういう事でしょうか」

「さて、ね」


 近年、数を減らし効果を薄めてきた『祝福』の使い手たち。

 それがまさか、あんな男に発現しているとは、にわかに信じがたい事実であった。

  

(……いや、おかしいと思った事は、他にもあった。例えば、そう。レモーネ・ウィンダリアが行使した『霧』の『祝福』だ)


 アーノルドもも薄々と気付いてはいるんだろうが、どうにも変だ。実におかしいとフェイルは思う。

 『変化』の副産物としての『祝福』の行使――にしては、発動の条件が奇妙である。

 あの時、レモーネは自身の姿を担い手に変じないまま、複数の『祝福』を発動させた。『クレア』の造形を保ったまま、である。

 そんな都合の良い使い方が出来るのだろうか。もしかしたら、アレも今回の件と同様に……?

 

 そも、ガモン・ガヅラリーは本当にレーベンガルド侯爵の息が掛かっているのだろうか。

 手際が良いと思えば、日中堂々と襲い掛かるようなお粗末さが見える襲撃計画。

 そのちぐはぐさ。どうにも疑念が晴れない。

 

(うん、分からない! いやあ、考えすぎているとどうにも駄目だね、お腹が空いて来る)


 自分は探偵では無いのだ。そういうのはあの自称名探偵か、アーノルドに任せようとそう思う。

 気分を転換させるように、フェイルはおどけた調子で口を開く。

 

「ところで、ミスター? 警察に引き渡せないのはわかるのだけれど、これって誘拐とか拉致とか、そういう類の犯罪行為では?」


 蒸気自動車の後部スペース、そこに放り込まれている男を思い、フェイルが指摘する。


「いえいえ、そんな。人聞きが悪ぅございますよ」


 そんな皮肉めいた言葉を聞き流し、テディはハンドルを握ったまま、あくまでにこやかに語り掛けてくる。

 

「こちらが聞きたい事があり、向こうにはそれについて提供する物がある。ゆえにこれは商談でございます」

「物は言いようってやつですね?」

「ほっほっほ、実は結婚のお祝い品をどうしようか悩んでいた所でして。いやぁ、これは良い贈り物になりそうですねえ」


 それ以上はもう、聞くのが怖い。流石はあの眼鏡秘書の甥である。いや、アレよりも数段性質が悪いのではないか。

 アーノルド・ゲルンボルクの周りに居るのはどうしてこうして、こんなにも癖のある人物ばかりなのか。

 自分の事は大いに棚に上げ、フェイルは子供らしからぬため息を吐く。

 

(まぁ、食事代くらいは働いて差し上げましょうかね。だから、そっちはしっかりと頑張ることだね。これで負かされたんじゃ、お話にならないよ?)


 見上げた空は、雲一つなく晴れやかで、何処までも蒼く輝いている。

 この空の下、今まさに戦いを挑もうとしている男達に向け、フェイルはただ、その勝利を祈った。



次回は明後日、8/16(水)に投稿いたします

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