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123話 いざ、新王国へ!?


養母・べルネラが社交界中の耳目を集め、それらを一身に浴びていた、そんな頃。


「うわぁ……うっわぁ……」


 マリーベルは、キョロキョロと辺りを見回した。

 レンガ造りの街並みは、真新しい物が少なくない。あえて言うなら、古典様式の造りに近いか。柱廊状の玄関は、神殿のような雰囲気を感じさせる。『叡智の出発点』とも評された、古代リルーサ文明期を参考にした、と思しきものだろうか。それがあちらこちらに、ちらほら見えた。

 

「でっかぁい……!」


 しかし、古代文明のそれとは、そのスケールが違う。

 円柱に支えられた水平ブロック(リルテン)の上にでん、と立つ建物。どれもこれもが馬鹿みたいに大きかった。

 古き伝統を尊ぶ、エルドナークの街並みとはまるで異なる、その光景。

 まるで、誇らしげに胸を反らしているかのようだ。技術を広く知らしめようとでもいうのか、見ているだけで威容を感じる。

 

「これが、新王国……! 噂には聞いていましたが、実際に見て体験するのとじゃ、大違いですね……」


 そう。ここはマリーベルの故国では無い。建国からさして時を置いていないにも関わらず、エルドナークやアストリア等の大国と経済面や技術面で渡り合う、新しき国。自由と活気を求める者達にとっての、新天地だ。

 

「その言葉は、ここでは使うなよ。発音でバレちまう。ここはコルティスタだ。王も貴族も居ない国。それをな、この国の人々は誇りにしているのさ」

「は、はい……っ」


 アーノルドの言葉に、マリーベルがぴんと背中を伸ばす。いけないいけない、そうだった!

 思わず、誰かに聞かれなかったかなぁ、と視線を巡らしてしまう。

 

「そうキョロキョロするもんじゃないよ。あからさまな態度は、格好のカモになるからねえ」


 やれやれ、と。横合いから呆れたような声が飛んできた。

 その声の主、肩を竦めていた少年の瞳が、不意に見開かれる。


「あ、向こうにテントがあるよ! 屋台の群れかな? 食べ物の匂いがプンプンするね! 行こう行こう、すぐ行こう!」

「あからさまな態度!」


 どの口がそう言うのか。

 少年――フェイル・セルデバーグは目を輝かせ、今にも走り出しそうだ。

 

「先に商会に行ってからだ! って、恨めしそうな顔をすんな! メシは食わせてやるから、ちったぁ我慢しろ!」


 駆け出す直前、アーノルドに首根っこをひっつかまれ、少年貴族は足をばたつかせている。

 高貴なる者のどうちゃら、とか。その姿からは全く見えない。道行く人々も、何処か微笑ましげにこちらを眺めている。

 まぁ、下手に身分を勘ぐられるよりもいいか。マリーベルはそう納得する。

 

 これが、気楽な旅行であれば、マリーベルもフェイル同様にはしゃいでいたかもしれない。

 だが、そうではないのだ。今は上流階級社会で立場を失うかどうかの、存亡の危機である。

 

(なのに、ここでこんな風にしていて、いいのかなぁ……?)


 どこかウキウキとした夫の姿を横目に、マリーベルはそっとため息を吐いた。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

『新王国へ行くぞ。もう旅券も全部用意してある」


 夫がそう言いだしたのは、僅かに数日前のこと。

 反論する間もなく、あれよあれよと言う間に汽車に乗っけられ、国境を幾つか跨ぎ、気が付いたらマリーベルはここに居た。

 

 稲妻もかくや、という速度だ。東の国では思い立ったが吉日、とかいう言葉があるそうだが、夫の行動はまさにそれ。

 電光石火の早業であった。

 


「――お帰りなさいませ、商会長オーナー


 商会に入ったマリーベル達を出迎えたのは、小太りの初老の男であった。

 物腰柔らかな口調と、何処か愛嬌のある顔立ち。

 何故だろう。何処か、見覚えがあるように思えたのは気のせいか。


 なんにせよ、こうして向かい合っているだけで親しみが沸いて来る。

 人と相対するにあたって、それは特筆すべきものだろう。

 その服装も、母国の男性諸氏が身に付ける三つ揃えと似てはいるが、やや様式が異なる。

 流行を何よりも気にして、時には節制し、窮屈とも言えるベストやシャツ、ジャケットを着こなすのが、エルドナーク紳士だ。体型を服に合わせるのが当然、と言い切る者も少なくない。

 

 だが、彼のそれはどうだ。生地は高級であると、すぐさまに看破出来る。着こなしも実に自然なものだ。

 余計な装飾も無く、袖のボタンに洒落っ気を利かせているわけでもない。

 ひたすらに機能的、とでも言おうか。そういえば、待ちゆく人々の格好にも、似たような共通点があった。

 

「実用主義。それがこの国の良い所でもあり、味気ない部分でもあるな」


 妻の視線を察したか、アーノルドがそう補足する。

 大らかというか、雑というか。恐らくはその両方を兼ね備えているのだろう。

 不思議な魅力のある国だと、マリーベルはそう思う。

 

 駆け寄って来た社員と思わしき人々に指示を出し、アーノルドは渡された用紙を捲る。

 その横顔が何処となく凛々しく思えて、マリーベルの胸がぎゅうっと切なくなった。

 

「マリーベル」

「あ、はいっ!」


 夫の手招きに応じ、マリーベルが慌てて駆け寄った。

 皆の目線が集中するのを感じる。いけない、今の自分はまだ商会長夫人だ。

 醜聞がここにまで届いているかは分からないが、外面は良くしておかないと!

 

 マリーベルは淑女のようにそっと微笑み、しずしずと夫の傍に寄りそう。久しぶりの猫かぶりである。

 すると、どうしたことか。途端に、わあっと言う歓声が上がった!

 

「すごい、めっちゃくちゃに美少女じゃないっすか商会長! どんな手を使ったんです!?」

「年の差ありましたよね? 十二歳とかでしたっけ? 見た目も何もかも、犯罪臭が漂う!」

「可哀想に、この器量なら貴公子とかそういう美形も、より取り見取りだったでしょうに……」


 同情と憐憫。嫉妬さえ漂う視線に晒され、マリーベルは大いに戸惑った。

 

「てめえら! いいから仕事に戻れ!」


 怒鳴り声一閃。蜘蛛の子を散らすが如く、さぁっと社員たちが駆け出してゆく。

 マリーベルが呆然としていると、微かに笑い声が響く。

 そちらを見ると、初老の男が、何処か懐かしそうに目を細めていた。

 

「いやあ、こうでなくては、ね。商会長の怒声は効きますな」

「ちったぁ、俺の威厳とかそういうのも考えてもらいたいがね!」

「奥様の前で、見栄を張りたかったのですかな? 無駄な努力と存じますがね」

「煩い」


 渋面になったアーノルドを、男は微笑ましげに見つめる。

 そこに、確かな親愛の情を感じ、マリーベルはホッとした。

 

 何処へ行っても、旦那様は旦那様なのだと。そう思えたのだから。

 

「……お幸せそうで、何よりでございます」

「え?」


 気が付けば、男の眼差しが、マリーベルに向いていた。


「あなた方のお顔を見れば、分かりますとも。良き縁に巡り合ったこと、祝福をさせてくださいませ」


 恭しく頭を下げる男に、マリーベルはどう答えて良いか分からず、夫の方を見てしまう。

 

「――ご苦労だったな、テディ」

「いえ、左程の事はございません」


 主の労いの言葉に応じ、テディと呼ばれた男は、マリーベルに向き直った。

 

「申し遅れました。私はテディ・マディスン。コルティスタが誇る大都市、このリスプレーンに於いて、ゲルンボルク商会・会長補佐役を任ぜられております」

「こちらこそ、失礼を。私はマリーベル・ゲルンボルクと申します。主人の、補佐役であらせられますのね――」


 と、そこで。マリーベルは彼の名乗ったファミリー・ネームに気付く。

 

「……マディスン?」

「ええ」


 得たり、と。テディが頷いた。

 

「商会長の秘書。ディック・マディスンは、私の()()にございます。どうぞ、今後ともお見知りおきを」

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