98話 状況をまとめましょう!
お待たせいたしました!
第四章、開始いたします!
「状況を整理しましょう」
王宮から無事に帰還して、はや数日。
しばしの休息を取り、英気を養ったマリーベルは、自室にて夫と向き合っていた。
目的は単純明快。これまで起こった諸々のアレコレを整理し、まとめようというのである。
なにせ、あちらこちらと情報が錯綜し、それに伴い関連する人物たちは数が膨れ上がるばかり。
ここらで知り得た物を共有し、整理しなければ頭がこんがらがりそうなのだ。
「ちなみに私は、既にこんがらがってますよ!」
「何で自慢げに言うんだ、お前?」
呆れたような夫に対し、ふふふ、と。謎めいた笑みを浮かべるマリーベル。
ちなみに、特に意味は無い。何か格好良さげだから、やってみただけである。
「まぁ、趣旨は分かった。とりあえず、まずは俺達の大目標からおさらいだ」
夫がテーブルの上に紙を広げ、そこにペンを走らせてゆく。
「九の月――今から約四カ月後だな――に開かれる議会。そこで法案改正を提出する。内容は、薬事制定法についてだ」
「国内であまりにも自由に流通し過ぎている薬物に歯止めを掛けるんですよね」
「そうだ。まずは内容物と効果、副作用についての明記だ。これは絶対。ガヅラリーの強壮薬のようなクソッタレた代物を、万能薬とかいう名で販売できなくしてやる」
余程に怒り心頭なのだろう。
その名を口にするアーノルドのこめかみには、青筋が浮き出ていた。
「付随して、効果の激しい薬――劇薬とでも言おうか。それに購入の制限を設けたい。とはいえ、資格と必要性の認定がいるだろうし、これに関しては、浸透するまで相応の時間が掛かるだろうな」
「んで、最終的には国民の一人一人に最低限の保障を与えて、医療行為を誰もが一定の水準で受けれるような仕組みを作る、ですか」
言葉にするのは簡単だが、大分に難しい。というか、そんな事が可能なのだろうか。
既得の権益を享受する者達を敵に回すだろうし、下手を打てば国力の低下にも繋がりかねない。
それは夫も分かっているのだろう。あくまでも最終目標だと告げる。
最悪、自分が生きている内に叶わずとも、のちの世代が継げるようにしていく。
長く、苦しい戦いだ。それでも――とマリーベルは思う。
その過程で得られる物も大きいし、名声もお金もガッポリと入りそうだ。
実に、やりがいのある闘いであろう。
「久しぶりに眼が欲望にギラついてんな。お前のそういう、正直な所は嫌いじゃないぞ。んで、だ。ざっくり言うと議会は貴族院と平民院に分かれている。基本、平民院に提出された法案が上に登り、そこで認可を受け、最終的に女王陛下の印を頂き、決定する」
「それにはまず上下両方の議院で根回しをして、票を取らなきゃいけないわけですね」
「そうだ。こちらは以前から工作は行っている。中層階級以下はお前のお蔭もあって、ある程度の票を確保できそうだ」
とすると、次なるは貴族院。
こちらの議員は選出制ではなく、世襲制だ。
爵位を継いだ者に、自動的に議席が与えられる。
「こちらで確保できているのは、ハインツ男爵家のひとつ。それと、ほぼ確定でメレナリス男爵家。あとは今回の件で八大侯爵家の一部とそれに連なる貴族家門が味方に付いた」
デュクセン侯爵家とグレーベル侯爵家。そしてその、グレーベル首相閣下の養女となったミュウの生家・イーラアイム伯爵家。 後は御三家のひとつである、シュトラウス伯爵家もそう。今回の件で分かるように、こちらに付いたと思って構わないだろう。
ここまではほぼ、確実な味方である。
「本来の小目標だったクラブへの加入と、王太子殿下への接触。これも成功ですよね!」
「まぁ、クラブの方は『お眼鏡に叶う』かはまだ分からんがな。メンバー連中も我が強いらしい。認めさせなきゃならん」
そこで、必須となるのが次なる舞台。
王室主催となる『舞踏会』である。
毎年、五の月の末に開催される伝統あるもの。これに招待されるだけでも多大な名誉にあたる。
特に、中流階級層にあっては、もう一生の夢と言っても過言ではあるまい。
「ここで、俺達の立場を明確にし、社交界の連中に見せ付ける。エルドナークにゲルンボルク夫妻あり、とな」
「おぉ! 格好良いですね!」
これ以上ない大舞台。そこに挑もうというのだから思わず震えてしまう。
それは歓喜と――微かな不安。
無意識のうちに、己の胸元をさすりながら、マリーベルは頷いた。
「専用のドレスは発注済みだ。舞踏会までには十分に間に合う。安心しろ。お前に恥は欠かせねえさ」
「では、私の足を踏まないようにお気を付けくださいませ、旦那様」
「……努力する」
難しい顔で唸り始めた夫に対し、マリーベルはくすりと笑う。
彼が大丈夫と言うのだ。ならば何も心配あるまい。
「さて、この通りに順当に物事が進めばいいんだが……そうはいかねえだろうな。足を引っ張ろうとするやつは無数に居るだろうし、何よりも厄介極まりない連中が居る」
「『同盟』ですね」
そうだ、とアーノルドが息を吐く。
『祝福』を使う『選定者』で構成された相互扶助の集団。
「正体が判明し、確定しているのはまず三人。御三家のサウス・レーベンガルド侯爵と、ルスバーグ公爵家次男のラウル・ルスバーグ。そして、かつて取り潰されたウィンダリア子爵家の遺児、レモーネ・ウィンダリアだ」
このうち、明確に自分達に敵意を向けているのは二人。遊戯の対戦相手たるレーベンガルド侯爵。
そして、先の王宮でのやり取りで一戦交えたレモーネ・ウィンダリアである。
「この二人の明確な目的は不明だな。まぁ、ろくでもないことであろうとは想像が付くが。特にレーベンガルド卿のそれは、遊戯そのものが目的であるようにも思える」
「一番厄介な相手じゃないです?」
げんなりするマリーベル。
だが、それは夫も同じであったようだ。
非常に疲れたような顔で頷いている。
「レモーネの『祝福』は『模倣』。触れた相手の姿と能力を写し取る。条件が揃えば『祝福』も、だ」
「フローラ様のお話では、今のところは動けそうにもない、とはありましたが……」
「向こうにはどんなトンデモな『祝福』があるか分からん。慰み程度に聞いておくべきだな」
本当に不気味な連中である。正直、関わりたくも無いのが本音だ。
「さて、そしてサウス・レーベンガルドの『祝福』だ。これは『未来図』というらしい」
それは、離宮での決戦前に夫から聞いたもの。
「王太子が見たところによると、奴が一定の条件下で『祝福』を起動すると、目の前に選択肢めいたものが浮かぶらしい」
それを選ぶと、そこから先の未来が見える。
何がどうなり、どんな結末に行き着くか。
更に恐ろしい事に、これはほぼ『確定された事象』であるのだという。
「レールが敷かれ、車輪が傾くように選択した未来図へと物事が流れて行くらしい」
「改めて聞いてもズル過ぎません、それ?」
しかし、思い返してみると頷けるものもあるのだ。
あの時、あの場所で。離宮に続く道に『クレア』が居て、マリーベルが合流し、首尾よく室内に入って騎士人形と遭遇する。そしてそれが、ある程度に定められたものであれば、どうだろう。
「確かに恐ろしい能力だ。だが、無敵じゃねえ。それは結局、騎士人形が敗れ去り、『クレア』がお前の味方になってくれた事で証明されている」
恐らく、不確定な要素が混じるのだろう。そう、夫は推測する。
王太子虜囚騒動の際、この件に関わっていた『選定者』は確定しているだけでも九名。女王陛下とラウルも数に入れれば実に二桁の大所帯だ。
『祝福』は『祝福』に干渉し、効果の発動を妨げる。これは一つの原則らしい。
関わる『選定者』が増えれば増えるほどに、未来は変えやすくなるのではないか。
「こちら側の『選定者』を増やしたい所ではありますねぇ。無い物ねだりでしょうが」
「まぁな。何せ、実際に声を掛けていつでも駆けつけてくれそうなのは、お前とアン、それにもう一人くらいだしな」
関わるのが王太子だのその妃だの首相だの第二王子だの、大物過ぎるのである。
「レーベンガルド侯爵の発動条件は?」
「王太子が『視た』所によると、月の満ち欠けに関係するんじゃねえか、って話だな。満月に近い程に選択肢が増えやすい――って奴らしい」
「触媒も壮大なスケールですね……」
それでは流石に防ぎようがない。
新月に近い日を狙って行動を起こす、くらいしかないではないか。
「んで、後はラウル・ルスバーグだが……」
「味方なのやら敵なのやら、ってやつですね」
「あぁ。わけがわからん男だ。アレに比べれば、まだレーベンガルドの方が分かり易いくらいだ」
恐らく、今度の『舞踏会』でぶつかり合うとすれば、彼だろう。
その『祝福』は高速移動系の何かであろうとは思うが、不明な所が多い。
マリーベルと同じ、肉体強化系なのだろうか。それとも……
「んで、最後にもうひとり。『霧の悪魔』だ」
王太子殿下が『視て』いる途中、その行程を阻んだ謎の人物。
『霧』を受けたアルファード王子は、只でさえ薄れた記憶を、ほぼ失ってしまっている。
他の事はともかく、『悪魔』に関連する事象をほぼ覚えていないのだ。
「微かに残った断片から察するに、王太子のそれと類似した権能と思うんだが……」
「霧って、レモーネも使ってましたよね。姿を隠したり、人を眠らせたりしたアレ」
「そこなんだよなぁ。本体がその『悪魔』なのか、それとも他に該当する奴が居るのか」
まさに、真実は霧の向こうである。
「グレーベル首相閣下も、レーベンガルド卿との交渉に臨もうと夜を徹して準備をしていたらしいが、そこに霧が忍び寄って来たらしい」
彼もまた『選定者』だ。辛うじて意識は保ったらしいが身動きが取れなかったらしい。
シュトラウス伯爵が駆けつけるまで、僅かに動くことくらいし出来なかったようだ。
王太子奪還作戦の開始直前、『伝心』の『祝福』が発動しなかったわけは、そういうことであるらしい。
「『霧』だけ、効果が複数あるのが気になるし、眠りのそれが俺やレティシア達に作用しなかったのも変だ」
「時間か、それとも効果範囲か。他に理由があるのか、良く分かりませんね」
「あぁ。つまり、これで同盟は最低四人のメンバーを抱えている事になる」
判明した事実は、こちらにとって有利か不利か。
情報過多にくらくらし始めた頭を抑え、マリーベルは息を吐いた。
(それに、まだまだ疑わなけりゃいけない人は居る。しかも、身内側に)
例えば、悪食警部だ。
彼から手渡された小袋、その中身が解放された瞬間、明らかにレモーネは動揺し、錯乱した。
それについて、アーノルドもマリーベルもある程度の推測を立てている。
夫がラウルに『依頼』した調査の、そもそもの依頼主。
それが彼だとするのなら。ベン警部とレモーネの関係は――
こん、こんと。控えめにドアがノックされたのは、その時だ。
「ん? どうしたアン」
アーノルドが入室を許可してみれば、入って来たのはお馴染み、幽霊メイドのアンであった。
彼女は少し困ったような仕草で、申し訳なさそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、ご主人様、奥様。その、フェイル様が――」
「またあの坊ちゃまか。何だ、腹でも減ったってのか?」
「はい、ティーを所望されていまして」
マリーベルは夫と共に、壁掛け時計を見る。時刻は夕方、五時を指していた。
「……分かった、俺達も行く。頭が煮詰まりかけてた所だったから、丁度いい」
「甘い物は疲れた脳に効くと言いますしね!」
これ幸いと、夫婦は重い腰を上げた。
身なりを軽く整えながら、アーノルドがふと呟く。
「しかし、あの坊ちゃま……いつまで家に居る気なんだ?」
夫の疑問に返す言葉を、もちろん妻は持ち合わせては居なかった。




