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コメディ系短編小説

真面目で堅実な夫の不倫道中

作者: 有嶋俊成

2022年9月30日投稿の「妻を探してください…」の続編です。

  ーーとある調査報告の話…なのだが…



「それでは調査報告を始めさせていただきます。」

 「景明興信所」の従業員である猪頭(いがしら)野石(のいし)が所長である三田村(みたむら)にとある男の浮気調査の報告を始める。因みに“興信所”とは“探偵事務所”と同じようなものである。

「えーまずは自宅マンションから出てくるところです。」

 野石が写真を取り出す。写真には上は白、下は黒のジャージを身に付けた細見の中年男が写っている。この男こそ今回の調査対象である鹿瀬島(かせじま)邦夫(くにお)。四十六歳の会社経営者だ。

 先日、鹿瀬島の妻から「夫が浮気をしているかもしれない」という相談を受け、調査を行うことになった。そこで鹿瀬島の妻には実家に帰省するフリをしてしばらく自宅を留守にしてもらい、油断したところで証拠を抑えるという作戦に出た。

「自宅を出たのは朝の七時過ぎです。」猪頭が伝える。

「休みらしいのに早いな。」三田村が写真を見ながら言う。

「朝の散歩に出たようです。」

「そうか。」

「しかし、念のため後を付けました。」

「ほう、なんか証拠を抑えられたか?」

「いえ特に。しかし、こんな場面がいくつか撮れました。」

 猪頭が言うと、隣に座る野石が写真を何枚か取り出す。写真には鹿瀬島が女性と会話している様子が写っている。女性は一枚一枚、別の女性が写っている。

「なんだこれは?」三田村が写真を見ていく。

「回転準備中の花屋さんとの会話です。」

 写真には三十歳前後と思しき、髪を一つ結びにした女性と話す鹿瀬島の姿が写っている。

「親密にも見えましたが、特別な関係ではないようです。」

「会話内容はわかるか? 一応それで調査対象の女性への接し方がわかるかもしれない。」

「会話は仏花(ぶっか)についてでした。」

「仏花? 仏花って仏壇とか墓とかに供えるやつか。」

「ええ。『近々、買いに来ます。』とのこと。それだけでした。」

「なるほど。」三田村は別の写真を手に取る。「これはパン屋か。」

 写真には開店準備中のパン屋の娘と話す様子が写っている。

「調査対象は若い子が好きだという疑惑がありましたので、もしかすると、と思いましたよ。」

「ほう、それで会話内容は?」

「『パンを振る舞ってくれないか?』というような内容で。」

「お~ナンパか?」

「『元気になっちゃうよ~』と。」

「お~言ったな~。それで変な約束とかしてたか?」

「妹の旦那さんの父親の葬儀でふるまいを出してもらうことになったそうです。」

「パンでいいのかそれは⁉」意外な結果に驚き、思わず本筋から脱線する三田村。

「調査の結果、故人はパンが大好物だったようです。」野石が伝える。

「それはどうでもいいだろ。それでこのパン屋の娘は…」

「特に関係ありませんでした。」猪頭がきっぱりと言った。

「そうか。それじゃ、このおにぎり屋の女の子と話しているのは?」

「朝食を買ってるだけです。」

「この床屋の女の子と話してるのは?」

「店の前のポールに棒人間の落書きがされているのを教えてあげているところです。」

「次いこう。」三田村が写真を置く。


「調査対象は八時前には自宅に戻りました。そして九時頃…」

 猪頭が伝えていくと同時に野石が再び写真の束を取り出す。

 三田村が写真の束を手に取ると、一番上の写真には、ベージュのスーツに紺のマフラーを身に付けた鹿瀬島がマンションから出てくる様子だった。

「いよいよ本番か…」

「ええ。この男の素顔が全て暴かれました。」猪頭は三田村と顔を見合わせた後、資料を取り出し、鹿瀬島の全てを話始めた。

「まず、鹿瀬島はマンションの駐車場へ向かいました。」

「高級車にでも乗るのか?」

「いえ、車の中に置きっぱなしだった手袋を持って、二十分かけて歩いて駅まで向かいました。」

「おお、そうか。」

「因みにその手袋はピンク色でした。」

「趣味悪っ。」三田村が写真に写るピンクの手袋を身に付けた鹿瀬島に身震いがする。

「それと鹿瀬島の自家用車は中古の軽です。」野石が言った。

「う~わ外れた。はずっ。」

「駅に着いた後、駅前の喫茶店に入り、誰かを待っているようでした。」

 猪頭の報告と同時に三田村が写真をめくると、喫茶店の四人掛けテーブルのソファーに座る鹿瀬島が写っていた。

「窓際の席に座るとは、かなり油断しているな。」

「十分くらい経った頃です。女性が現れました。」

 女性が現れた…その言葉に三田村の顔は真剣そのものになる。

「女性は鹿瀬島を見つけると、飛びつくように鹿瀬島の目の前の席に着きました。」

 三田村が次の写真をめくる。鹿瀬島と女性が出合い頭に嬉しそうに手を振り合う様子や向き合いながら席に座る様子が写真に写っている。

「ほぉー若っかい女だなー」

「しかもその女性、ピンク色の手袋をはめています。」

「こりゃ確定だな。」

「ここで僕たちも喫茶店に入り、近くで会話を録音することに成功しました。」

 野石がカバンからノートパソコンを取り出す。

「でかした!」三田村が手を叩く。

「それでは流します。」野石が音声の再生ボタンをクリックした。

〈今日で三年だねー〉

 ノートパソコンからはこもった感じの男の声が聞こえてきた。鹿瀬島だ。

〈もうそんなに経つんだ~〉

 若い女の声も聞こえてくる。

「三年…」三田村が呟く。「こいつら、三年も続いているのか…?」

〈手袋、ピンク色でそろえてから三年だよ? すごいよね。〉

「こいつらキモッ…」

〈革のピンク手袋なんてなかなかないわよ。〉

「しかも革だったのかよ。それ付けて良いの戦隊のピンクだけだぞ。」

〈しかも百円ショップで売ってるとはな~〉

「おもちゃだろそれ。」

〈ほんとにありがとうね。私の死んだおばあちゃんの好きな色に合わせてもらっちゃって。〉

「あ、なんか申し訳なくなった。」三田村は先程までの発言を心の中で撤回した。

 その後は二人の他愛もない会話が続いた。最近のお互いの状況や今日することなどの類だ。

「会話はここまでです。この後、二人で喫茶店を出て、電車に乗り込みました。」

「金持ちの割にタクシーとか使わないんだな。」三田村は再び写真を見始める。写真には駅のホームのベンチで隣り合って座る鹿瀬島と女性が写っている。

「そして、二つ先の駅で降り、近くの服屋に入りました。」

「ブランドもののプレゼントだな。」

「一軒目はしまむら、二軒目はユニクロ、三軒目はワークマンでした。」

「庶民的だな。しかも三軒目のワークマンって作業服の店だぞ。」

「買ったのはシャカシャカとヒートテックとヘルメットでした。」

「普通、コートやセーターを買うんだよ。しかもなんだよ最後のヘルメットって、しっかりワークマンじゃねぇか。」

 猪頭曰く、ヘルメットは防災用とのことだった。


「昼頃になると駅に戻りました。」

「次はどこに行くんだ?」三田村が写真をめくりながら言う。

「昼食を取るようでした。マクドナルドで。」

「会社経営者が不倫デートでマクドナルドか…」列に並んで笑い合う鹿瀬島と女の姿が写真に写る。

「二人でハッピーセットを頼んでいました。」

「かわいい大人だな~」

「僕らはビッグマックを食べました。」野石が言う。

「あ~あれ大きいし美味しいよな~じゃねぇよ。」素行調査中に贅沢をするな。

「その後、二人は再び電車に乗り込み、さらに二つ先の駅へ向かいました。」

「本当にタクシーとか使わないんだな。というかこの駅から二つ先の駅って…うちの最寄り駅じゃんか。」

 鹿瀬島と女が向かった駅は、景明興信所の最寄り駅だ。

「うちの最寄り駅に降りて向かったのはケーキ屋です。」

 三田村が写真をめくると景明興信所の近所のケーキ屋のショウウィンドウを前に楽しそうにケーキを選ぶ鹿瀬島と女の姿があった。

「ケーキ? 誰に買っていくんだ?」

「頼んだのはチョコレートのホールケーキです。」

「ホールケーキ? その場で食べるわけじゃなさそうだな。」

 ケーキ屋には飲食スペースがあるが、さすがにふたりで大きなホールケーキを食べるわけがないだろう。

「ケーキを買うと店を出ました。」

 写真にはしまむらとユニクロとワークマンの紙袋を持った鹿瀬島とチョコレートのホールケーキが入った箱を持つ女が談笑しながら歩いている様子が写っている。

「女の家に向かうのか? いや、だとしたらこのケーキは…」三田村が頭を回転させる。

「二人はしばらく歩き、十分ほどで目的地に到着しました。」

「うん…ん?」三田村は胸騒ぎを覚える。「ここ…うちじゃん。」

 なんと二人は景明興信所が入るビルの前にいる。

「は?え? どういうことだ?」三田村は困惑する。

「二人は目の前のビルの階段を昇っていきます。」

「うん、だからうちのビルじゃん。」

「二人はエレベーターに乗り、ビルの三階に辿り着きます。」

「だからうちの興信所が入ってるところじゃん。」

「そして、通路の先のドアを開け…」

「なんでうちに入ってきてんだよこの二人!」

 三田村が持つ写真に写る二人は「景明興信所」と書かれたガラス張りのドアを開けている。

「ちょっ、どういうことだよどういうことだよ!」

「そして二人は奥へ進み…」

「俺の部屋だー!」

 写真をめくると三田村がいる所長室の前に立つ鹿瀬島と女が。


 ーガチャッ


 突然、所長室のドアが開かれる。三田村は衝撃のあまり目を見開き、ドアを見つめて椅子の背もたれに背中を押し付けている。

「ハピバスデートゥーユー、ハピバスデートゥーユー」入ってきたのはベージュのスーツに紺のマフラーを身に付けた細見の中年男。手にはピンク色の手袋をはめている。

「鹿瀬島ぁー⁉」

 入ってきたのはチョコレートのホールケーキを持った、調査対象であるはずの鹿瀬島邦夫。

「ハピバスデートゥーユー、ハピバスデートゥーユー」

「女ぁー⁉」

 鹿瀬島に続いて、不倫相手とみられていた女も入って来る。こちらも同じくピンク色の革手袋をはめている。

「三田村さん! 誕生日おめでとうございまーす!」野石がクラッカーを破裂させる。

「おっ、お~なんだ?」調査対象の鹿瀬島が目の前に現れ、急に誕生日が祝われ、なにがなんだかわからない三田村。

「今日は十二月十二日。三田村さんの誕生日です。」猪頭が放心状態の三田村に近づく。

「…つまり、“サプライズ”と言うやつか。」

「そうです。」

 猪頭からそう言われた三田村、周りを見回して体を脱力させる。

「うわーびっくりしたー。え、なにこれ? こんなサプライズなかなかないよ?」

 嬉しそうな三田村。周りにいる猪頭、野石、鹿瀬島、女も笑顔で三田村を見つめる。

「アイデアを捻りに捻った結果、こういう形になりました。」

「いやぁ、ありがとうね皆さん。鹿瀬島さんも不倫男だと思ってすみませんでしたぁ。」

「いえいえ、謝る必要は無いですよ。不倫は本当ですから。」

「え?」

「奥様から慰謝料替わりに協力してきなさいと言われたそうです。」野石が説明する。

「このゲス男ぉ!」

 三田村の誕生日と鹿瀬島の不倫は平和に終わった…だろう。



  ーー終わり

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