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琥珀色の光 

作者: 石井 謨

               

 入社して五年、希望していた企画職への異動辞令が同期の柳瀬に降り、来年度もドブ板の営業職を続けることが確定した夜、上司の玉川さんがどうだとグラスを傾ける仕草をして誘ってくれた。もう二十年近く前のことだ。

「僕の方が柳瀬の奴なんかよりずっと出来ると思うのですが」悪酔いしている、と自分でも解っていたが止まらなかった。

「他人の評価は八掛けで自分自身には五割増。だから俺はこいつの倍は出来る、と思う相手とは第三者から見ればどっこいどっこいなんだよ」玉川さんは球体の氷を自転させるようにグラスを回して続けた。

「嫉妬の大半はこの認識のギャップから生まれる。俺の方が出来るのに何故彼奴が、とね。それ以上差が付けば妬みと言われる感情は湧いてこない」琥珀色の照明がグラスに光を当てカウンターに影を落とす。

「では玉川さんも柳瀬の方が出来ると思っているんですか」僕は噛み付いた。

「いや、俺の目から見て差は無いと思う。まだ二十代だしな。どんぐりの背比べという表現がぴったりだ」玉川さんは苦笑いをした。

「君は今回のことを不当な人事と思うかも知れない。確かにそれはおかしいじゃないかと思いたくなる人事も無い訳ではない。が概ね会社は正しい。そうで無ければ社員は会社に対する忠誠心を無くしてしまうし、それは会社が最も恐れることだからだ」

「会社の評価も陸上競技の様に全ての要素を数値化して決めれば良いのに」ナッツを口に含んだまま僕は愚痴を続けた。すると玉川さんは表情を改めて「馬鹿言え。結果だけでなく普段の取り組む姿勢や態度など、全ての要素をコンピューターに打ち込んで評価を下す会社なんて地獄そのものだぜ」と言いナッツの入っている皿に手を伸ばした。

「何故ですか。はっきりしていいじゃ無いですか」僕は口を尖らせた。

「逃げられないからさ。今のやり方なら不承不承な評価でも、上司とそりが合わなかったからだ、取引先の業績が不調になったからと色々言い訳が言える。やりすぎは良くないがね。しかし全てを不本意な客観的指数で示すしまえば心の逃げ場所を失ってしまう」

「でも」と食い下がる僕に玉川さんは珍しく自分の言葉を重ねた。

「腐るな。人はちゃんと見ている。焦らず今のままの努力を続けろ。愚痴をこぼすのは良いが正当な努力をしている他人に嫉妬するな」玉川さんは優しく僕の肩を叩いた。

 あの晩はどうやって家に帰ったか記憶に無いほど飲んだがその時の言葉は鮮明に覚えている。優しかった玉川さんはあれから間もなく病に倒れこの世を去った。人生は何と不条理なのだろう。僕はもうあの時の玉川さんの歳を超えた。命日にはこの店に来て琥珀色の照明にウイスキーを当て玉川さんを偲ぶことにしている。


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