第75話 深く広い海の中へ
三人の乗った馬車は、坂を上って行くような道を走っている。
「ソフィア様はどうしてメーアにいらっしゃったのですか?」
「アルド殿下と一緒に招待されたんですよ!」
(アルドリック殿下と一緒に…?)
トイフェリンはアルドの姿だけでなく、エーデルの皇室の馬車も見ていない。
昨日、部屋にずっと居た時に訪れたのだろうか。
「アルドリック殿下は今どちらに?」
「今朝ヘルヘーニル殿下に呼ばれて、私は海を勧められて連れて行ってもらったんです」
「それはヘルヘーニル殿下に?」
「いいえ。ここの土地に詳しい別の人でした。その後、トイフェリン様たちと一緒にヘルヘーニル殿下は海に来ました」
「そうだったのですね」
ということは、トイフェリンが皇宮を出たのが昼前だったのは、ソフィアを先に海へ行ってもらう予定だったから。
しかしそれよりも気になることがある。
アルドはヘルヘーニルに呼ばれた後、トイフェリンと一緒に海に来た。その間アルドは一人になるのではないか。
それにヘルヘーニルは今、ヴァイゼと一緒に居る。
なんだか、アルドも来ていることを知ってはいけなかったような、そんな気がする。
「大丈夫ですよ。俺がついてますから」
「え?」
不安な気持ちが顔にも表れていたのか、アクストにそう声を掛けられた。
「何かあった時の為にヴァイが俺を連れて行くように言ったんだ。侍女と違って、俺には簡単に手を出せないから」
「そのような意図があったのですね」
そのことについての疑問は解消されたが、やっぱり嫌な予感は拭えない。
会話をしているうちに目的の場所に着いたようだ。
馬車にはさほど乗っていないように思える。
降りてから少し歩くと、低めの崖から海と、遠くに島が見える。
先ほどの海岸よりは高さがある分、海がより広がって見えていた。
「ここからの景色も綺麗ですね!!」
「そうですね!」
柵のような物がない為、少々危ないが気をつければ落ちることはないだろう。
と、思った矢先に―
ここまで一緒に来ていたヘルヘーニルの従者たちが、こちらに向けて剣先を向けている。
「これは一体どういうことかな」
アクストが二人を庇うように前へ出る。
いつもより声も低く、鋭い目つきで相手を睨んでいた。
「我々は命令に従うまでです。死にたくなければ海に落ちると良いでしょう。これくらいの高さなら死ぬことはないですから」
(本来なら私が突き落とす所なのに、こんな展開になってしまうの?!)
前には剣を構えた従者が数人、後ろは崖。本当に逃げる場所は海しかない。
高さで死ぬことはなくても、そもそもトイフェリンは泳いだことがないのだ。
それはソフィアもアクストも同じだろう。
泳ぐなんて、メーアに住んでいる者しかしないだろう。
「どうしましょう…」
ソフィアはアオスでの件があってか、かなり怯えてしまっている。
選択が迫られる中、アクストが言い放った。
「仕方ない、皆で手を繋いで一斉に飛び込みましょう」
「えぇっ!?と、飛び込むんですか?!」
それを聞いて、ソフィアは信じられないという顔をしている。
しかし他に案はないと覚悟を決め、というソフィアの手を握る。
「大丈夫だと信じましょう。この手は絶対に離しません」
「トイフェリン様……。そうですね、私も覚悟を決めます」
「それじゃあ、行きますよ!」
手を繋いだ三人は、アクストの掛け声と共に海へと身を投げ出した。
(お願い…どうにか二人だけでも助かりますように)
そう願い、目を瞑ったトイフェリンの身体は海の中へと―
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