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旅立ちの日

「二年前に出奔した第二王子、アーク・レグナヴィアを見つけ出し、連れ戻せ」


 うちのパパって、冗談とか言うタイプだっけ?

 そんなくだらない妄言を吐きかねない程には、衝撃的な言葉だった。


「アーク第二王子は二年前に行方を晦ませて以来、その消息が掴めずにいました。しかしつい先日、王都で彼を目撃したという者が現れたのです。そこで陛下は、ノア王子にこの件を一任されることをご決断なされました」


 隣に控えていた宰相が補足するが、パニックに陥った思考はそれどころではない。

 十何年かぶりに顔を合わせたと思ったら人探しをしろ? 兄さん旅に出たんじゃなかったの? 俺って第六王子だったんだ。というかなんで俺が?

 ぐちゃぐちゃだった感情は跡形もなく消え去って、今度は空っぽになった感情の代わりにぐるぐると思考が巡り眩暈を起こしそうになる。何も言葉を返せない俺を見て、国王は傍で控えていた近衛に目配せした。重苦しい見た目に反して機敏な動作で駆け寄った甲冑姿の近衛が、分厚い布越しに持った杖を恭しく献上する。

 レグナヴィア王国における王権の象徴、不朽不滅の木と竜の魔石を素材とした唯一無二の魔杖。国王がこれを持つのは、魔杖の力を解き放つほどの危機が訪れた場合か、或いは——


「今一度言う。ノア・レグナヴィア第六王子に、アーク・レグナヴィア第二王子の捜索を命じる。期限は定めん、見つけるまで探し続けろ————これは、“王命”である」


 ——国王が血のつながった王族に対し、絶対の命令を下す時。

 ドクリ、鼓動が胸を叩き、血の巡りと共に全身を熱が伝う。

 胸が、身体が、頭が熱い。為すべきことを為せと魂が叫ぶ。

 激痛と共に、“王命”とは名ばかりの呪いが真っ赤な文様となって左胸に刻まれる。反抗の意志を熱と痛みで奪い去る、目的を達するまでは決して消えない隷属の証。

 痛みのあまり俯いた俺は、見開いた両の眼から数滴の涙を零す。最悪の気分だ、どうして誕生日にこんな思いをしなければならないのだろうか。違う意味で涙が出そうになる。


「出立は半刻後。目撃情報は王城付近で途切れていますが、既に王都を離れた可能性もあります。早めに行動へと移した方がよろしいかと」


 何が「よろしいかと」だ。選ばせるつもりもないくせに。

 涙ぐんだままいけ好かない宰相の侘しい頭部を睨みつけると、不機嫌そうな面をした国王陛下の隣にお似合いの、ガチガチに固まった仏頂面がこちらを見返す。そろそろ七十を超えるはずの老躯だが、かつては天来の謀略家と謳われ、城から一歩も出ることなく一国を落としたという。どうにも嘘くさい話だが、紛れもない真実だ。魔法を覚えたての頃にカツラを吹き飛ばそうとしてバレたことがある俺には分かる。


「謹んで拝命致しました」


 不満を呑み込み、へつらうように頭を下げた。



 謁見を終えた俺が玉座の間を出ると、そこには引っ越しでもするのかと言わんばかりの大荷物と、その傍らでぜえぜえと肩で息をするシルヴィアの姿があった。よく見ると細い腰には装飾の施された高価そうな長剣を佩いている。


「……何してんのお前」

「ハァ…………ハァ……ご、ご無事で何よりです……ハァ……」


 紅潮した顔で息を乱す美少女、と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際に見てみると思ったよりも恐ろしいものだ。城下で時々出るという変質者もこんな感じなのだろうか。


「ハァ……んぐ、団長から……ノア王子が、旅に出ると……聞かされまして……ふぅ……大慌てで身支度をして参りました……!」

「騎士団もグルかよ」


 もしかしたら、廊下で指を差して笑っていたあの建国以来最大の不敬者も知っていたのかもしれない。

「……とりあえず、部屋に戻るぞ。正直理解が追い付いてない」

「えっ…………」


 絶望に染まった少女を捨て置いて、俺は一人自室へと戻った。



 悪趣味な扉を閉め、案の定ギンギンガンガンと下から聞こえてくる騒音を無視して思考を回す。並行して礼服から着替えるのも忘れない。

 まずは、情報の整理から始める。


「兄さんは六年前、『旅に出る』と言って居なくなった。旅の目的は……なんだっけ、聞いた覚えがあるようなないような……まあいいか。それで、全く音沙汰は無かったけど、去年の誕生日にはメッセージカードと短剣をくれた。だから順調に旅を続けてると思ったのに……」


 まさか、旅人ではなく家出小僧だったとは。長年積み上げてきた兄への尊敬と信頼が音を立てて崩れていく。


「……で、近場で見つけたから探してこい、と。こういうのは騎士団の仕事じゃないのか? 訓練してる暇があるなら探しに行けばいいのに……それとも、俺じゃなきゃいけない理由でもあるのか」


 王族でなければならない、というのなら才能に溢れた“きょうだい”たちに任せればいい。それなのに、態々何もかもが半端な王子を選んだ。懐いていたから? それとも、同じ母親から生まれたから?

 疑問は尽きない。確かなことがあるとすれば、それは——


「一時間もしないうちに、家なし金なし当てもなしの二人旅だ」


 どういうわけかシルヴィアが付いてくる気満々なのは有難いことだが、年頃の女性と二人旅となれば気を遣うことも増えてくる。風呂や食事は魔法を使えば何とでもなるが、果たしてそれだけの余裕があるのだろうか。街の外には危険が多いと聞くし、快適な旅のためにも進路ははっきりさせておきたい。


「どうにか足取りを掴めればいいんだけど……」


 何着もある運動用の服へと着替え終え、何か手掛かりは無いものかと部屋の中を歩き回る。部屋は大量の本や武具、趣味で集めた物などで溢れかえっているが、どれも兄には繋がらない。

 早くも詰んだか、と項垂れると、先ほどシルヴィアから受け取った贈り物が目に留まった。

 そっと、小さな包みを手に取る。誕生日のことがすっぽりと頭から抜けていたらしい去年は何も貰わなかったが、「来年のお誕生日に二年分お渡しします!」と意気込んでいたのを覚えている。

 間の抜けた彼女のことだから忘れている可能性の方が高いが……一体何を送ってくれたのだろうか。僅かな期待を胸に贈答用の魔法紙の包みを剥がすと、高級感のある小さな箱が見えた。


「これは……指輪?」


 箱の中にあったのは、渦巻く銀細工の中心に緑色の魔石が嵌め込まれた、嵐のような意匠の指輪。魔銀の一大産地として名を馳せるレグナヴィア王国ならではの、実用性と芸術性を兼ね備えた素晴らしい贈り物だった。

 とりあえず、右手の中指に付けてみる。


「……いいな、これ」


 恐らくは魔法が込められた高級品なのだろうが、まずデザインが良い。どういう代物なのかは礼をしたあとで本人に聞こう。

 今年は兄からの贈り物は無かったが、その代わりに素晴らしい贈り物を貰えた……と、満足したところで気付く。


「……プレゼント?」


 勢いよく顔を上げ、部屋全体を見回す。家具の配置は記憶のままか、見慣れないものが置かれてないか。クローゼットを漁り、ベッドの下を覗き込み、棚に並べた本を端から確かめて……見つけた。


「昔読んでもらった、冒険家の物語」


 旅立つ時に兄が持って行ったはずの本が、そこにはあった。魔法によって保護された分厚いカバーは昔と変わらない鮮やかな赤色で、パラパラとめくったページも劣化することなく保たれている。

 どこの誰が書いたのかも分からない冒険譚。王国出身の冒険家が各地を渡り、出会いと別れを繰り返しながら面白おかしく旅をするという、どこにでもあるような物語だ。と言っても、随分と昔のことなので内容はほとんど覚えていないが。

 思い出の品をプレゼント、などという粋な計らいではないだろう。尊敬してはいるが、このねじ曲がった生意気な性格が形成されたのは他ならぬ兄の影響だ。その兄からの贈り物、何らかの意図があるに違いない。

 確信をもって調べるも、特に書き込みもなく、何かが挟まれているわけでもなかった。なら、この本を贈ったこと自体に何らかのメッセージが込められている?

 仮にそうであるとしたら、考えられるのは——

「——この物語と同じ道程(みちのり)を進む、とか?」


 安直な発想だが、俺の頭ではこれが限界だ。幸いにも王都を出てから暫くは一本道が続くため、すぐに結論を出す必要もない。後でシルヴィアとも相談しながら考えれば何とかなるだろう。

 一先ずの方針が定まった——未来の自分に丸投げしたとも言う——ため、必要最低限の荷物を鞄に詰めていく。服、何故かあった寝袋、趣味で集めた生活用の魔道具など幾つかを放り込み、最後に分厚い本を鞄に詰め込む。いくらでも入る魔法の鞄が欲しくなるが、残念ながらそんな便利アイテムは御伽噺にしか出てこない。

 少なくない量のコレクションを諦めた甲斐あって、鞄は何とか限界寸前で踏みとどまってくれた。頑丈な魔獣革製のものにしておいて良かった。

 ズシリと重い鞄を肩から提げて、兄から貰った短剣を懐に忍ばせたところでいざ出発。

 暫くは見納めになる悪趣味な扉を開こうとドアノブに手を掛け——勢いよくドアが開いた。

 ゴンッ! と景気のいい音と共に跳ね飛ばされた俺は、荷物の重みも手伝ってそのまま仰向けにすっころんだ。


「えっ? …………お、王子ぃ————!!?」


 流石に学ぼうよ……。もはや声に出す気力もなく、床を通して聞こえる気合の入った掛け声を聞きながら、俺は静かに目を閉じた。


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