第四話 「ハウス内の三つのストーン+1」後編
夜のお店で働いている事や所謂源氏名に娘の名前を使っている事。
年齢に相応しくないその大胆な服装。
それら全てがどうしようもない現実となって二人の間にのしかかり、僕はいたたまれない気分になる。
…沈黙。
それでも、美月さんは自らの仕事を行い、僕のグラスにお酒を注いでくれた。
毎晩…ではないかもしれないが、こんな肌を露わにした服装で接客し、男達の無遠慮な視線に晒されているのだろうか。
それを考えると僕の胸はチリチリと嫉妬の炎が燻るのだった。
「三ツ石コーチ…三ツ石さんは、こういうお店よく、いらっしゃるんですか…?いえ、ここでお見かけするのは初めてですよね」
「ええ、初めてです。美月さんは、毎晩ですか」
「いえ、週に二日ほど。昼間のお仕事が休みの前日に」
「その…望ちゃんは?お家で?」
…聞いてはいけない事を聞いてしまったか。
恐らく望ちゃんは家で一人だろう。
美月さんは寂しそうに笑った。
僕は自分のペースを超えてお酒を飲んだが、美月さんもそれに付き合い、僕らはどうしようもない現実を忘れるように、飲んだ。
一時間後。
僕らはかなり酔っていた。
「美月さんは、最近、ずっとやってないんですか?…カーリン…グ」
僕の言葉を全て聞かずに美月さんが反論する。
「そんなヤルだなんてはしたない!私、主人が亡くなってから一度もヤッてませんの!」
「ご主人が亡くなる前は?お二人でやってたですか(ご主人もカーリング経験者だったのかな)?」
「それはもう!ヤッてました!こう見えて私、結構動けますのよ!?」
「(腕、ぽよぽよだけどスイープ力あるのかな?)美月さん、力あるんですね。ポジション、ドコが得意だったんですか(スイープ力活かすならリードかセカンドかな)」
「もちろん騎○位です!」
…違うぞ。
何か噛み合ってないぞ?
日付が変わる頃。
僕は美月さんから美月さんへと戻った彼女とタクシーに乗っていた。
彼女がふらふらだったから…というのは口実だろうか。
なんとか美月さんから自宅の場所を聞き出し、上司に冷やかされながらタクシーに乗り込んだ。
そして辿り着いた、いかにも安普請なアパート。
1階の端っこの部屋に外灯が点いている。
きっと望ちゃんが母親の為に点けているのだろう。
酔っ払って、僕のコートを羽織っただけのあられもない姿の美月さん。
古臭いアパート。
母親の為に灯した明かり。
そこで一人待っているであろう、望ちゃん。
望ちゃんが握っていた古ぼけたカーリングブラシ。
一つ一つが僕の頭の中でフラッシュバックする度、ギリッギリッと胸が痛んだ。
…僕のこの感情はただの同情だろうか?
美月さんに肩を貸しながら、なんとか部屋の前に辿り着く…。
そして。
その変化はいきなり訪れた。
「…気持ち悪い…です」
「…え」
「…吐く…わ」
「ちょ…望ちゃん!開けて!」
インターホンを連打する。
「美月さん、whoa!!望ちゃん、hurry!!」
しかし時すでに遅く。
美月さんは僕に向かって盛大に嘔吐した。
「三ツ石コーチ、すみません。うちの母が」
パジャマ姿の望ちゃんが精一杯謝る。
「うん、驚いたけど、大丈夫だよ。僕外片付けてくるね」
その晩は、結局美月さんのアパートに泊まる事にした。
翌朝。
僕はソファーでギシギシと軋む身体を起こし。
とりあえず台所を借りて朝ごはんを作る。
そこに望ちゃんが起きてくる。
望ちゃんの支度は既に整っていた。
毎日自分で自分の事はやっているのだろう。
また謝ろうとする望ちゃんを手で制し一緒に食事をする。
すると。
「あ〜う〜頭、痛〜い」
美月さんが下着姿であらわれる。
そりゃもう昨夜の比じゃないくらいに、あられもない。
望ちゃんと食事をしている僕と目が合った。
崩れ落ちる彼女。
「あ…う…やはり。やはりですのね。ごめんなさい。介抱して頂いたコト覚えてます。その、お見苦しいところを…私、私…」
頭を押さえながら今にも泣きそうだった。
「いえ、僕こそすみません。でも、その、僕、美月さんのいろんな所見て、それでも。それでも…!」
美月さんに駆け寄る、僕。
「お母さん」
と、望ちゃんがランドセルを背負いながら美月さんに話しかける。
もう登校の時間なのだろう。
「私…クリスマスプレゼント欲しいもの見付けたの」
美月さんと僕はキョトンとしている。
望ちゃんが靴を履く。
「お父さん。お父さんが欲しいな。あと、出来れば…私は弟がいいな」
それだけ言うと玄関をバタンと開けて出掛けてしまった。
残されたのは下着姿の美月さんと、僕。
僕らは顔を見合わせ、同時に吹き出した。
一年後のクリスマス。
望ちゃんの願いは二つとも叶うのだった。
小さなハウスにストーンが三つ。
そしてそこに小さいストーンが加わり、寄り添っていた。