096.ループ368回目
夕方、先程国王とヘンリーに伝令を伝えた衛兵が再び戻って来た。衛兵は、日頃分単位でしか予定を組まない国王がまだ残っていた事に驚きの表情を見せた。
その衛兵は、3人の者を連れていた。
いつも冷静なヘンリーだが、入ってきた3人目の人物を見ると目を丸くした。
「ポートマン夫妻、よくお越しくださいま...
...嘘だろう...!オリビアか...!?」
グレイソンが珍しくヘンリーの上擦った声に気が付き振り向いた。そこには、まさにアンの20年後の姿といった母親らしき女性が佇んでいた。
一目でアンの母親と分かる。それほどに2人は似ている。
だが、アンからは寝たきり状態だと聞いたことがあった。風の魔法でも治すことはできないと。
その当人が今目の前にいるというのは、どういう事なのだろうか。
「アン...!!!」
エレンは痩せ細ったアンの姿を見た途端、気丈に振る舞っていたのを保てなくなった。アーサーはエレンの肩を強く抱き、歯を食いしばりながら涙を零した。今のアンは瑞々しい香り高い生花のような姿ではなく、まるで時間が経ってしまったドライフラワーのように美しかった事を思わせるような、そんな悲壮を帯びていた。
オリビアは、周りに構うことなく弱々しい足取りながらアンの元に駆け寄った。
「〜〜〜っ!!」
オリビアは、声をかけるにも一言目は咄嗟に声が出なかった。声よりも先に、涙が出た。
幸せを願った一人娘が、15年ぶりにまともに見ることのできた愛する我が子が、
痩せ細り今にも息絶えようとしていた。
それはオリビアにとって、どんな拷問よりも耐え難い事だった。
10ヶ月、大切にお腹で育て、産まれたときには世界一幸せだと思った。生きていてくれれば、それだけで自慢の娘。笑顔を向けてくれたら、それだけで自分は幸せだった。
自分の命よりも、ずっとずっと大事な存在。
「...っ!!アン...!!お母さん...ごめんね...あなたに何もしてあげる事ができなくて...!
ずっと、闇に囚われて抜け出せなかったの...!
やっと、やっと抜け出せたの!これからは15年分、あなたとの時間を取り戻したいの!!
アン!!!」
声をかけても揺すっても、アンは目を覚まそうとしない。自分の命ひとつで、この子を救えるならば、苦しみを代わってあげる事ができるなら、とオリビアは涙を流す。
「あぁ...アン、あなたが生きてくれるならば、どんな事にだって耐えてみせるわ...!!闇にさえもこの身を投げ出すわ!」
オリビアはそれから何時間もアンに声をかけ続けた。手を摩り、抱き締め続けた。
そして、
「アン、ほら、見て...!!!」
オリビアはそう言うと、部屋中にありったけの魔力を込めて魔法を放った。15年ぶりに目覚めたばかりのオリビアが魔力を使う事は、身体には大きな負担だった。
元々精霊付きではないオリビアの魔力はあるかないか分からないくらいのものである。ほんの少し、下位精霊の力を借りて光を放つ事ができるだけだ。
それでも構わずに、魔法を放つと、キィーンッと甲高いグラスを鳴らしたような小さな音が降り注いだ。嫌な音ではなく、それはそれは美しい音色だ。精霊の祝福の音だ。
オリビアはフラついてそのまま足腰に力が入らず後ろに倒れそうになる。それを、ドサッとヘンリーがギリギリで受け止めた。
皆が突然の魔法に驚き、天井を見ると、その美しさに声も出なかった。精霊達だけがザワザワと急に煩くなったのだが、殆どの者達にその声は届かない。
「ほら、アン!
あなたが大好きだった、"星屑の魔法"よ...!!」
夕闇の暗さに煌めく無数の星のような小さな小さな光の粒が、部屋中を埋め尽くした。それはまるで、数えきれないほどの夜空の星を玩具箱に詰め込んで、ひっくり返したような美しさだった。
「お母さんに...!もう一度やり直させてほしいの...!あなたの人生を幸せで満たせるような親になりたいの...!」
オリビアは泣きじゃくりながら、何度もアンの名を呼ぶ。そして、再び立つこともできないオリビアが手に魔力を込めて天井に光を放つ。周りから勢いよく星々が舞い上がり、降り注いだ。
「女神がいるのならば、このような姿なのだろうか...」
オリビアの姿を見て、誰かが囁いた。天に手を掲げて星屑を降らせ続けるその女性の姿は、神々しくも胸を締め付けられた。
そして、
ーーーーーアンの瞳に無数の光が映った。
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