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魔法の紅茶専門店  作者: ミイ
90/139

090.オリビア


...


「ハァアアアアアアアアア...」


「...。」


「ハァアアアアアアアアアアアアアアぁ」


「ねぇ。」


「ハァアアアアアアアアア〜」


「ねえ!!!やめてよジョシュア、その溜息!パンが不味くなる!」

テディはジョシュアを睨んで怒った。


「だってよぉ〜...アンが食事もまともに食べてねぇって言ってたって...クロエがヘンリー様に聞いたって...。」


「そうだけど!君が溜息つきながら作ったパンは膨らみが悪くなってるよ!お客様のためにちゃんとしてよね!しかもイラストパンもどことなく悲しげな顔になってるんだよね!」


「どわっ!?」

ジョシュアは慌ててパンに描かれた顔を見た。たしかにパンが悲しげな微笑みをたたえている...。


「魔道具って感情も拾うんだな...。」

ジョシュアは不思議そうに魔道具とパンを見比べている。


テディはジョシュアの言う通りアンの状態はかなり気がかりだと思った。


「ハァ...」

テディも無意識に溜息をつく。


「あ、お前ため息ついたな!最近アンがいなくて、いつもみたいに猫かぶってらんなくなってるな!」

ジョシュアがニヤニヤと笑う。


テディはジョシュアにあげ足を取られたことに、不機嫌さが増した。




...




ウィルは毎日、過去の魔法使いに関する文献を読み漁っていた。一度面倒を見ると言ったからには、アンを元気にスコットウォルズに戻してやりたい。


そうでなければポートマン夫妻に顔向けなどできない。




それに...


と、ウィルの脳裏には、死んだ仲間の顔が浮かんだ。


戦場で助けられなかった、共に戦った騎士達の無念が浮かぶぐちゃぐちゃな表情、息を引き取る間際のふっと苦しみが取り除かれた表情...それらの死に様が次々と浮かんでくる。



アンの心を救う手立てが無いか、深い沼に沈んでしまった彼女に届く光となる手段、言葉が見つからないかと探す日々だった。



...




「ばあさん...アンはどうしているだろうか...。」


「そうですね。こんな時こそ、両親がしっかりしてくれていればと思ってしまいますね。」

祖母は祖父に目をくれる事もなく、淡々と編み物をしながら話す。


「心配にはならんのか?可愛い孫の事だというのに。」

その様子にムッとした祖父が不機嫌に言う。


祖母は編み物を置き、眼鏡を外した。


「心配に決まっているでしょう。あの子の母親ですらもう10何年、家から出る事もないのに!更にその子どもも王宮から出ないとなれば私の育て方が間違っていたのだと考えない日はありません。」


淡々と祖母は語るが、母親であり祖母という立場を考えれば苦しみは人一倍である。それに思い至った祖父はハッとして、マズい事を口走ったと後悔する。


守るべき対象として見ていた妻は、己などよりもずっと強い人間なのだと理解した。それだけの責任を誰かに転嫁するでもなく、受け入れてすべき事をするのみと動き続けられる。逆に、努力して考えすぎない事もできる強い人間だった。


腹を痛めて産んだ最愛の我が子が衰弱していく様子を、もう希望も持てない程の長い年月世話し続けてきた。本人が生きる事を望まぬも、無理矢理にでも生かしてきた親としての自分達を悔いない日々など無かった。その行為は親として絶対的に正しくも、本人が望まぬ故におよそ正しいわけではないパラドックスである事は、経験した人間でなければ理解し難い。




一度、孫可愛さにアンの母親を置いて王都へ赴いた。その頃はアンの母親はまだ調子が良かったからだ。



祖父は苦悶の表情で横を見る。


「オリビア...。」


横になりすうすうと眠りにつくアンの母の名を、己が子の名を呼んだ。



アンに会った2人が王都から帰ると、オリビアは静かに眠っていた。その様子を見て、帰ってきたばかりの2人はホッとしたのだが、実際には逆だった。


全く食事も摂っていなかった。本当に文字通り何もしていなかったのだ。


用意した食事はそっくりそのままで、朝家を出る際に声をかけたそのままの状態で寝ていただけだった。


その後数日間、オリビアは食事も水分も摂ることさえなく、危険な状態になったのだ。




何か一つでもかける言葉を...

すべき行動を間違った途端、


たった1つの分子が崩れたら壊れてしまうガラスのように、人の心は割れてしまう。




その怖さを、祖父母はよく分かっていた。

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